40 パーティの準備ですわ♪
帝宮からの招待状が届いた。
そしてガブリエル皇子からの警告の手紙も届いた。
フェルナンドが帝宮のパーティで何かをしようとしているということだ。
具体的な内容ではない。
だからこそ、何が行われるか解らなくて恐ろしく感じる。
しかしそれでも、私は帝宮のパーティへと向かうことに決めた。
それが、自分と弟と家門のためになると信じて。
私の心は決まった。
これから訪れる戦いに向けて、私は様々なことの準備を始めることにした。
私は書斎で、とある本を読み返した。
これはラヴァル領の屋敷からわざわざ持ってきた本だ。
その黒皮の装丁には、薄い金の文字で「貴族の礼儀作法」と刻まれている。
私が記憶を取り戻す前の話だ。
書斎の重厚な雰囲気と共に過去の思い出が甦る。
私がまだ幼い頃、乳母が読み聞かせてくれたこの本。
乳母の優しい声で教えられた、言葉使い、歩き方、立ち振る舞い。
それはかつての私にとってまるで聖書のような存在だった。
本を読み進めるたびに、過去の記憶がよみがえる。
私が初めて踊りを覚えた日。
初めてティーセットを正しい順序で並べた日。
初めて自分で手紙を書いた日。
それぞれのページが、私の成長の証だった。
何度も読み返すことで、私はその本のすべてを自分のものにした。
私は深呼吸をして、その本を閉じた。
次にドレス選びに取り掛かった。
今あるドレスはすべて安物だった。
だから私は伝手のある職人を呼び寄せた。
新しいドレスを職人に見せてもらい、ああでもない、こうでもないと、メイドのアンナと職人と私の三人で話し合った。
そして黒いドレスに決めた。
パーティに置いて黒のドレスは一般的ではない。
黒は喪服や、厳粛な場に用いられる色だからだ。
しかしあえて黒を選ぶことにした。
何物にも染まらない黒を選び、意志の強さを表す。
そして、他に並び立つ令嬢のいない唯一無二。
誰とも重ならない色だ。
そこに金色の刺繍をすることで、豪華でエレガントな印象を与える。
そのドレスを身にまとってみる。
するとメイドのアンナが両手を握り合わせて叫んだ。
「お嬢様。素敵です! ビューティフルです! ワンダフルです!!」
「あ、ありがとう。うちの使用人で一番のセンスを持つアンナに言われると、嬉しいわね」
「私だけではありません! 誰に見せてもそういうでしょう! 高貴な黒! そして金の彩りが豪華でエレガント! なまめかしく揺れるベルベットの美! 瞬く金は星の輝き! ああ。まるでお嬢様は、夜空でございます……」
アンナは「ああ……」と額をおさえ、座り込んだ。
「あ、アンナ……?」
「お嬢様。美しすぎますぅ……」
私はアンナのリアクションに、逆に不安になった。
なのでそのドレスをまとったまま、屋敷を歩いてみることにした。
「ねえ、ヴォルフ。どの服、どう思いますの?」
ヴォルフは甘いマスクをゆがめた。
「あー……。俺ぁ、そういうの疎いが。疎いがな、いいんじゃ、ねえの?」
ああ。
この人、女性をほめるのに慣れていないな、と思った。
私をほめるのが恥ずかしいというより、自分が女性をほめるということに恥ずかしがっている気がする。
「ほんとうですの?」
私はにやけながらヴォルフに尋ねると、彼はすごい嫌そうなをした。
「……嘘いってどうなるよ」
楽しい。
最初は気のいいおっさんだと思ったヴォルフは、実はすごいイケメンで、さらに恥ずかしがりだった。
ゲーム本編で無口キャラだったのは、騎士になったのに荒々しい口調が治せず恥ずかしいからのようだし。
「ちゃんと思ってることを言ってくださいまし」
「……悪くねえよ」
「悪くないっていうのは、平均より下ではないという意味ですの?」
「そうだよ」
「じゃあ平均より上ですのね?」
「……ああ」
「どれくらいですの?」
「う、美しいんじゃ、ねぇの?」
「ねえねえ。それってどれくらいですの? 物に例えるとしたらなんですの? ヴォルフは見てどう思いましたの?」
「うるせえ! しつけえぞ、お嬢!」
ヴォルフはすねてしまったようで、そのあとしばらく返事をしてくれなかった。
――ちょっとからかいすぎましたわね。
廊下ですれ違った使用人には褒められたし、たまたま屋敷に来ていた傭兵にも褒められた。
元孤児の見習い騎士ロランなどは、顔を赤くして逃げてしまった。
なにこれ。
楽しい。
――さ。息抜きになりましたし、もっと頑張りましょ。帝宮のパーティ、待っていろ、ですわ!




