39 老執事への依頼
私が招待状を再び手に取ったとき、紙の質感は以前とは違って感じられた。
それはただの紙ではなく、私の運命を握る一枚だからだ。
私はゆっくりとそれを開き、私を招待する文章を再び読む。
招待状という名の試練に感じられた。
私の頭の中はフェルナンドのことでいっぱいだった。
私には確かに原作ゲーム『トワロマ』の知識がある。
しかし、最初は気づかなかったが、一つ欠点があることに気づいた。
まるで虫食いのように情報が抜けているのだ。
その情報は唐突に思い出されたりもする。
フェルナンド・ダークウッドが原作キャラで、悪役かつ攻略対象ということはわかる。
闇属性の魔法を使い、闇ギルドのギルドマスターだ。
冷徹な性格で、他人の価値を認めていない。
などなどわかることは多い。
だが、その闇の力でどこまでできるか、とか、彼の配下で有力な人物はいたか、など、思い出せないことも多い。
彼がどれほどの人物か把握できないのだ。
だというのに、私はなぜかわかった気になってしまう。
それは一番危険なことだと感じられた。
そのフェルナンドが私に対して何か企んでいるらしい。
それから私はガブリエル皇子からの手紙を読み返す。
そこには明確な警告が記されていた。
フェルナンドが帝宮のパーティで何かを企んでいるという。
ヘンリーも何かしてくるだろう。
帝宮のパーティではマッテオとヴォルフを連れて、万全の警戒態勢で臨もう。
原作の『アデライード』は、乗り切ったのだ。
原作では私とマッテオとラヴァル家は健在だった。
さらに傭兵やヴォルフといった、私自身が手に入れた力もある。
ならば原作の『アデライード』よりも有利な状況にいる私は、きっとなんとかできるはずだ。
私の心臓がどくどくと脈を打つ。
恐怖と争いへの覚悟が入り混じる。
そして確かな決意がある。
私は逃げない。
ラヴァル家の娘として、ルイの姉として、アデライードとして、前世の私として。
自らの運命に立ち向かうのだ。
私がガブリエル皇子からの手紙を握りしめた。
この手紙も、私が私だったからこそ届いた手紙だ。
この紙切れが、私の勇気と決意を象徴するもののように感じた。
私はマッテオを呼び出した。
「マッテオ」
「なんでしょうか。お嬢様」
「私、行きますわ。帝宮のパーティに」
私が言うとマッテオは軽く目を見開いた。
そして満足そうにうなずいていった。
「ええ。それはすばらしい決意ですな。しかし、ヘンリー様が何をしてくるか」
「そうですわね。だけどそれは些事よ」
そういって、さっき握りしめたせいで、少しくしゃっとなった手紙を見せる。
ガブリエル皇子からの手紙だ。
マッテオは険しい表情をした。
そして考え込むように言った。
「フェルナンドも、ですか」
マッテオにはフェルナンドに対する調査を頼んでいたのだ。
「彼は恐ろしい男です。新興の闇ギルドのマスターですが、すでに、貴族の界隈にも彼の影響力が浸透しています。これはもしかすると、帝宮のパーティを避けたほうがいいかもしれませんな」
マッテオがそこまで警戒する男だ。
以前、マッテオと引き分けたことがある。
さすが主役クラスのキャラだけあって、一筋縄ではいかなかった。
「それが賢明かもしれませんわね。ですが、帝宮からの招待を断ったとなると、爵位継承に支障があるかもしれないわ。今まで評判を積み重ねてきたけれど、一気に落ちますわね」
「ですが、それでも爵位継承できる可能性はあります」
「ええ。あるわ。可能性はね。でも確実ではないわ。それに、帝家から直接された招待を断ったら、相手の器次第では報復人事もあるかもしれない。そんな道は進みたくないわ」
「けれど危のうございます」
「ええ。危ないかもしれないわ。だけど、私、もう決めましたの」
「……お嬢様。この短期間で、ご立派になられましたな」
そう言ってマッテオが目を伏せた。
「付き合ってくれるわね?」
私はそう言ってから、その問いはマッテオに対する侮辱だと思った。
だからマッテオが返事をする前に、続けていった。
「いえ。この道、ともに進みなさい。マッテオ」
私の強い視線がマッテオを貫く。
マッテオがこちらを見る。
私が生まれた時からずっと共にいた執事だ。
昔の記憶から比べると、年老いたな、と感じる。
髪は白く染まり、顔つきも変わった。
だが彼への信頼は変わらない。
いいや、変わらないどころか、いっそう強くなった。
「もちろんです。このマッテオ、地獄であろうともお供いたしますぞ」
「ええ。地獄でも天国でも、ともに参りましょう。マッテオ。先に死んだら許さないんだから」
マッテオが苦笑する。
「お嬢様も厳しい命令を仰る。ですが、全力を尽くしますぞ」
「それでマッテオ、一つ頼みがあるの」
「なんなりと」
「フェルナンドに対する調査を頼んでいたけど、あれ、全力でお願いするわ」
「承知いたしました」
「つまりマッテオ。あなた自身が行って」
「ほ?」
「彼を尾行できる人材があなた以外にいれば、そちらでもいいのだけど」
「承知いたしました。では、護衛はヴォルフ殿にお任せしましょう。彼を近くに置いてください」
「わかったわ」
私はヴォルフに護衛するように指示を出し、マッテオに日中の探索を頼むのだった。




