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狂犬令嬢は悪魔になって救われたい~婚約破棄された令嬢に皇子様が迫ってくるけど、家門のほうが大事です~【完結です!】  作者: もちぱん太郎


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37 乱入した元婚約者

 私は社交界に出た。

 社交界でまともにやっていけるということは、貴族にとって必要なことだからだ。

 コネクションを作ったり情報を集めたりするために、社交界は必要不可欠ということになっている。


 特に私は幼いこともあるため、余計なところで反対されたくはないのだ。

 そのため公爵家主催の社交パーティに出たのだ。

 そこで絵画の話など教養を見せつけることで、ある程度は認められた。


 そう思ったとき、元婚約者であるヘンリー・ド・ノーサンバーランドが現れて私になれなれしく声をかけてきた。

 婚約破棄されたとき隣にいたカロリーヌという男爵令嬢も隣にいたのだ。


 婚約破棄した相手に、その時の浮気相手を連れた上で、なれなれしく声をかけるなど、公爵家の令息として信じられない所業だった。




 社交界の最中、ヘンリーが自信に満ちた笑みを浮かべてアデライードのもとへと歩み寄ってきた。

 彼の表情は、まるでこの世界全てが彼の意のままに動くとでも思っているかのように見えた。


「アデライード。久しぶりだな。元気だったかな?」


 彼の声は公爵家の令息らしく優雅に響いたが、その中には傲慢さが滲んでいた。

 何事もなく声をかけてくるヘンリーに、胃が煮えるような怒りが沸いた。

 だが、社交界で取り乱してしまえば評判は急落してしまう。


「君の美しさは相変わらずだな。それにしても、僕たちは前に婚約していたんだから、もう少し嬉しそうにしてもいいんじゃないかな?」


 は?

 私はこの男の発言が理解できなかった。

 ヘンリーに美しいなどというセリフは一度として言われたことがない。

 そして婚約破棄をした相手を目の前に、嬉しそうにしろとは。


――もしかして、私の忍耐力でも試しているんですの?


 会場の意識が私たちに集中していることを感じる。

 それはそうだ。


 興味深いゴシップストーリーが、目の前で動こうとしているのだ。


 登場人物は三人。

 過去に婚約破棄された侯爵令嬢。

 真実の愛に目覚めた公爵令息。

 そして、令息の愛を勝ち取った男爵令嬢。


 なんてわかりやすい戯曲なんだろうか。

 何も起きないわけがない。


「貧相な素材だな。もう少し高い素材を使ったほうがいいんじゃないか?」

 そう言ってヘンリーは私のドレスの裾を手に取り、指を這わせた。


 ぞぞぞぞ――っと、背筋に鳥肌が立つ。

――いったい以前の私はこんなののどこがよかったんですの!?


 と、記憶を取り戻す前の自分に罵声を飛ばす。

 私が返事をすることができないでいると、ヘンリーが口を開く。


「もしよかったら僕が君のドレスを作ってあげようじゃないか」


 いい考えだろう? とヘンリーがいった。


「お断りですわ」

 私は会場に響き渡るように、ぴしゃりと言った。


 ヘンリーは一瞬呆けた顔をした。

 それから、見下すように笑う。


「ああ。そうか、理解できないのか。僕が君に、再び婚約してやろうって言ってるんだ。ここまで言えば理解できるかな?」


――はぁ!? 何をいっているんですの!?


 するとカロリーヌが美しい声で、会場にアピールするようにいう。


「彼が正しいですよ、アデライードさん。ヘンリーはあなたに最善を尽くそうとしているんですよ。彼を拒否する理由なんて、一つもないわ」

 にこにこと微笑んでいる。


 私は怒りと同時に恐怖を覚えた。

 え?

 なんで??


 どうして婚約破棄をした令息が再婚約をしようっていってきたのか。

 そして、横から奪った女がそれを応援しているのか。


 わからない。


 しかし戸惑いの様子を見せることも、怒りのままに暴れることも許されてはいない。

 少なくともこの場では。


「不要ですわ。あなたと再び婚約するなど、天地が裂けてもありえませんわ」


「ああ。そうか。まだわかっていないのか。わかりやすく教えてあげるよアデライード」

 愚かな目下の人間に、賢い自分が教えてあげる、とでもいいたげな話し方だ。


 ヘンリーの口角が上がり、自信満々の笑みを浮かべながら彼女に言った。

「アデライード、君が一度は捨てたものを、再び手に入れるチャンスだよ。ラヴァル家が苦境に立つ今、私が手を差し伸べている。これ以上私を待たせないでくれ。わかるね?」


 ああ。この男は、まだラヴァル家が破綻寸前だと思っているのか。

 

 カロリーヌも声を上げた。

「その通りよ、アデライード。ヘンリーがあなたとラヴァル家を救おうとしているのよ。どうして彼の善意を拒むの?」


 この女も同様だ。

 どうして再びヘンリーが私と婚約したいのか、この女が私とヘンリーの仲を結びつけようとしているのかはさっぱりわからない。

 だが、こいつらは何もわかっていない。


 こいつらは、私は未だに溺れていると思っている。そして、手の一つでも差し伸べれば必死で掴むと思っているのだ。


「ヘンリー。ありがとう存じますわ」


 私がお礼をいうと、周りの貴族たちがざわついた。

 どうなるのかを注視している雰囲気だ。


「……は? 僕を呼び捨て……? いや、いい。だが、ありがとうということは受け入れた、ということだよな。賢い判断だね」


「いいえ。あなたとの再婚約など金輪際ありえませんわ。ただ、あなたが以前、私に慰謝料の金貨を床から拾わせたことに対するお礼ですわ」


 私が言うと、周りの貴族たちがざわつく。

「そんなことを……?」

「なんと下品な……」

「婚約者にそんな扱いをするなんて……」

 という声が聞こえた。


 ヘンリーは焦ったように叫ぶ。


「な、な!? 僕はそんなことはしていない!」


 私は静かにヘンリーの視線を返し、鋭い視線で彼を見つめた。


「あなたが金で関係を終わらせようとしてくれたおかげですわね。そのお金で、ある程度立て直せましたの」

 私は怒りとともに金貨を一枚一枚この手で拾った。

 カロリーヌが横から欲した金貨を拾ったのだ。

『いらない』といえば少しはすっきりしただろうが、そうしなかった。

 そのおかげで今がある。


 あの金貨で傭兵を雇い、情報を集め、衛兵にスパイを入れることができたのだ。

 だからマルクを倒せたし、マルクの屋敷から資金を回収することもできた。


「君はまだ僕が君を捨てたことを怒っているのかい?」


「当たり前ですわ」


「あれは君を成長させるためだったのさ。君が僕の本心を理解していないだけだよ。君が僕を拒否するのは、君を救いたいという僕の善意を理解できていないんだ」


 そんな無茶苦茶なことを言った。


 呆れた。


 アデライードは深く息を吸い込んで、ため息をつくように言った。

「ヘンリー。私が何を望んでいるか、何も理解できていませんわね。あなたの金も助力も私には必要ない。それを理解してくださいまし」


 この会話は会場中に響き渡っていた。

 貴族たちは感心したような顔で私を見ている。


「だがね。アデライード。君は僕の家の、公爵家という力の大きさを理解していない」

「そうですよ。アデライードさん」

 などとまだ彼らは言い募る。


 公爵家という単語を出して強気になったのかヘンリーは私に向かって自信に満ちた声でいう。

「アデライード、僕は本気だ。君とラヴァル家を助けるつもりだ。わかるよね」


 私は彼を真っ直ぐに見つめ、鋭い視線で彼に向かって言った。

「ヘンリー、あなたが本気だと言うのなら、私も本気で答えますわ。私はあなたの助けなど、必要ありません」


 一瞬、会場全体が静寂に包まれた。

 それから私は再び言った。


「ヘンリー、あなたが私に向けるその目、その言葉は、一度私を傷つけたものと同じですわ。あなたが自分で投げ捨てた私が、あなたを再び必要とするとでも? 私はあなたの思うがままの人形ではありませんのよ!」

 その声は強く響いた。


 ヘンリーは驚きで固まる。

 彼が何も言えぬ間に、私は決定的な一撃を加えた。


「あなたが投げ捨て、私が必死で拾った金で、私たちは立ち直りました! あなたが金で片付けようとしたからですが、私はそれをあなたのおかげだとは思いません! 私たちはあなたの慈悲など求めていません! 私たちはあなたの評価を求めてもいません! 私たちは自力で立ち上がり、自力で生きていくことを選びました!」


 その言葉は会場に響き渡り、集まった貴族たちは息を飲んだ。

 私はこの時は知らなかったが、アデライードの力強さ、自尊心、そして彼女の自立への確固たる意志は、その場にいたすべての人々を感銘させた、と後で他の貴族に伝えられたのだった。


 拍手が小さくなった。

 その拍手は次第に大きくなっていく。


 ヘンリーの顔がゆがむ。

 それは怒りか、羞恥か。

 ヘンリーは旗色が悪いと思ったのか、いきなり背を向けた。


「ここには道理的にものを考えられない人しかおられないようだ! 失礼しますね!」


 そういって会場の出口へと、足早に歩きだす。


「ま、待ってくださいまし」

 カロリーヌが追いすがった。


「とにかく、アデライード! 考えておけ。何が最善かということをな。次の帝宮パーティで君は僕と踊ることになる!」

 そう言い捨てて、ヘンリーたちは消えた。


 一番初めは自分のパートナーと踊ることが昔からの習わしである。

 特に帝宮のパーティは権威があり、それは厳格な決まりとなっている。

 婚約していない令嬢がそこでダンスを踊ると、婚約が決まったということを周囲にアピールすることになるほどには、大事なダンスになっていた。

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