34 皇子様と公園で
至福のランチデート。
それは私に今まで知らなかった幸せをもたらした。
しかし、その幸福はいつまでもは続かない。
おなかが――いっぱいになってしまうからだ。
私は惰弱なる自分の胃を呪いながら、店を出た。
ガブリエル皇子の目的は未だにわからない。
本当にご飯を食べて、家族のことを少し話しただけ。
彼はいったい何がしたいのかと、私は考えていた。
そしていつの間にか、二人で街を散歩することになっていた。
街の喧騒が遠ざかる。
私とガブリエル皇子は静かな公園に足を踏み入れた。
陽光が優しく差し込み、木々の葉がそっと風に揺れる。
その様子はまるで自然のオーケストラが奏でる調べのようだった。
私はその光景に心が緩みそうになるが、気を引き締める。
「ガブリエル皇子」
と私がいうと、彼は首を横に振った。
「外で身分が露見することは避けたい、できたら、私のことはエルと呼んでほしい」
「では、エル様。お尋ねしますけれど、何が目的なんですの?」
ガブリエル皇子は、ふ、と笑った。
「あなたの目的が見えません。私に協力してもいいことなどありませんし、このような散歩なども時間の無駄ですわ」
ガブリエル皇子が柔らかく笑う。
「そんなことはないよ。私は十分楽しんでいるからね」
「……はぁ。それに、私の家門が狙いかと一瞬思いましたが、あなたには必要ありませんわよね」
「必要ない、というと無礼な発言になりそうだね。しかし、私の狙いは君の家門ではないのは確かかな」
青い空と緑が広がる公園内を二人で歩く。
ガブリエル皇子の声は穏やかで、まるでそよ風が耳に触れるような優しさがあるように感じた。
今まで会ったときには決して見せなかった表情と声だ。
それを聞いて私はさらにわからなくなってしまう。
「私はね。君を尊敬しているし、おそらく君が好きだよ」
不意にそんなことを言われた。
何気なく、何の前触れもなく、ごく自然に口にされた言葉だった。
私は少しときめいてしまう。
が、そんなわけがない。
商人をふんじばって商品を破壊して、酒場のマスターに無理やり水を飲ませ、さらに悪徳商人の親玉の屋敷を焼いた女に、そんな感情を抱くはずがない。
「信じられませんわ」
「それは残念だね。君が信じられるようになるまで、私は言い続けようか」
「っ……。とにかく私は信じません。あなたはなんで――」
私にフェルナンドの情報を渡したのか、と尋ねようとした。
だが、また『好きだから』と煙に巻かれてしまうだろう。
「なんでもありませんわ」
「そうか。この公園は美しいね。君と一緒に歩いているから余計かな?」
とガブリエル皇子がささやいた。
「……はいはい」
もしかしたら、本当に? と思ってしまう。
だが、どちらにせよ私に色恋などにかまけている余裕はないのだ。
爵位の継承、戦力の拡充、領土の発展。
爵位と戦力と領土の豊かさを背景に、恐れられる人間にならねばならない。
やれなければいけないことは山ほどあるのだ。
だが、ガブリエル皇子は――。
もしかしたら――。
ちょっとだけ、信じてもいいのかもしれない。
それは甘さかもしれないし、弱さかもしれない。
新たな弱点を作ることになるかもしれない。
けれど、私はそんな気持ちになったのだ。




