ガブリエル・ルイス・ダ・シルバ 3
俺、ガブリエル・ルイス・ダ・シルバは彼女に出会って衝撃を受けた。
アデライード・ド・ラヴァル。
部下がいうとおり、彼女はたしかに恐ろしい人物なのだろう。
法を超えて悪を処罰するような人物だったからだ。
俺は生まれながらに皇子としての責務を背負っており、皇族という血筋に恥じぬ人間になろうとした。
結果、帝都の貴族学院を飛び級で卒業し、十五歳の時から帝都の警備隊として悪を取り締まっていた。
皇族として民のためにできることをやろうとしていたのだ。
悪とは法を犯す存在であり、法にのっとってそれを処罰する。
俺はずっとそうしてきた。
だから、悪を処罰するために法を犯すなどという発想すらなかった。
アデライード。
彼女は俺の考えなど軽く飛び越えてきたのだ。
最初に出会ったときは、雨のスラム街だ。
そのときは軽い興味を持っただけだった。
だが次に出会ったとき、彼女は常軌を逸した行動をしていた。
変装して、自分の領地で強盗を行っていたのだ。
相手が悪とはいえ、決して俺にはできないことだった。
詐欺装備を売る店に、詐欺美術店、さらに詐欺を行っていた酒場。
彼女はその三つの店舗に強盗を行った。
その店が行った悪事を考えれば、彼女のしたことなどかわいいものだ。
そして俺は部下とともに彼女率いる一段と正面から戦い、その結果、彼女の行動を見守ることになった。
そこだ。
その結果こそ、驚くべきものだったのだ。
俺が考えることより彼女はさらに先を見ていた。
もし俺のように正面から査察に入った場合、いくつかの店舗は摘発できただろう。
しかし、それだけだ。
彼女は、悪徳商人が所有する店舗だけを狙って叩き潰すことで、不正の証拠を一つの場所に集めたのだ。
結果彼女は悪徳商人マルクの所有する違法な店舗のほとんどを摘発した。
さらにそれに先んじて悪徳商人マルクの情報を衛兵に少しだけ流していた。言い逃れができるくらい少しだけ。
マルクとつながった衛兵はマルクをかばうような動きをした。
そのことで、マルクとつながっていた衛兵も処分することができた。
少ない手数で最大の効率を上げたのだ。
彼女は知性があり、勇気があり、汚名を恐れない覚悟がある。
俺には汚名を恐れない覚悟などなかった。
皇族として相応しく、という俺の考えからは程遠いものだった。
現在十六歳の俺より四つ年下の十二歳だ。
だが、その覚悟と知性は俺よりも上をいくだろう。
彼女がすることを見てみたい。
彼女から見える世界を知りたい。
彼女の近くにいたらどうなるんだろうか。
俺は強くそう思った。
彼女に近づけば、俺も汚名など恐れない男に変われるだろうか。
恋というよりは憧れに近いかもしれない。
だが俺は確実に惹かれていた。
そして俺は悪徳商人マルクのことを調べていくうえで、彼女の家門の危機がまだ終わっていないことを知った。
フェルナンド・ダークウッド。
恐るべき男がマルクの後ろにいたのだ。
闇ギルド『黒鴉の巣』のマスターであり、冷酷な男だ。
彼に人には言えぬことを依頼する貴族もおり、貴族に顔が利く。
このまま放置すれば彼女にとって良いことにはならないだろう。
もしかすると、聡明なアデライードはとっくに気が付いているかもしれないが。
だが、知らない可能性もある。
教えに行くか。
そろそろ彼女が帝都にやってきている可能性もある。
そう考えると、俺の心が沸き立つのを感じた。
俺が執務室でそんなことを考えると、横合いから声をかけられる。
「あれ。ガブリエル皇子。何かいいことでもあったんですか?」
部下の一人だ。
「いや、特に何もないさ。ちょっと用事を思い立った。出かけるぞ」
と言って、ラヴァル家の屋敷に足を運んだ。
だが、まだアデライードは到着していないようだった。
翌日もラヴァル家に行ってみると、どうやらアデライードは到着していたようだった。
客間に通された俺は、彼女を待つ時間がやたらと長く感じた。
やってきた金髪の少女を見て、俺は口を開く。
「やぁ。アデライード嬢。使者も出さずに来て、すまないね」




