32 原作攻略対象との初めての遭遇
私はルイと手をつないで馬車を降りた。
「行きますわよ。ルイ」
「うん!」
オレンジ色の太陽が私たちをさんさんと照らす。
ルイがわぁ、と声をあげた。
帝都は壮大な都であり、繁栄の象徴だ。
美しい建造物と壮麗な景観が広がっている。
遠目にも大きな城がそびえたっているのが見える。城は堅固な石造りで築かれている。近くまでいけばわかるが、華やか装飾が施された塔や門が城壁を飾っている。
まさに国の中枢なのだ。
「てーと、すごい……!」
ルイがきらきらした瞳であたりを見回している。
「じゃあ、私とルイとマッテオは少しこのあたりを見ながら屋敷へ向かうわ」
だから馬車は屋敷へと入れておいて、と御者に頼む。
ヴォルフや傭兵たちにも屋敷へ行っておくように伝えた。
帝都にあるラヴァル家の屋敷である。掃除くらいにしか使われていないが、一応所有しているのだ。
中心地の広場を歩いていると、大道芸人や物売りなどがひしめき合っていた。
「ねえ、あれなに!」
そういってルイが駆け出していく。
「待ちなさい。ルイ。あまり走り回るんじゃありませんわ」
私がいった瞬間のことだ。
「わっ!」
ルイが人にぶつかってしまう。
「いたた……。ご、ごめんなさい」
ルイはぶつかってしまった相手に謝る。
「ご迷惑をおかけして申し訳ございませんわ」
いって私が近づいていく。
するとルイがぶつかった男がこちらを見ていた。
長い黒髪の男だ。鋭い目つきをしている。
身長はやや高めか。細身の体系だが、首筋あたりから引き締まった筋肉がのぞいて見える。
ダークトーンの服装を身にまとい、どこかスタイリッシュに見える。
私は、不吉が服を着たような男だ、と思った。
彼に見つめられるだけで、嫌な動悸がする。
彼はその鋭い瞳を、にこりともしないままいった。
「いや、こちらこそ申し訳ありません。よそ見をしていました。幼子は元気なほうがいい」
私は彼をどこかで見たような気がした。
彼の漂わせる不吉な雰囲気は当分の間忘れることができなさそうだった。
私は帝都の屋敷へと戻っても、その彼の雰囲気をずっと覚えていた。
まるで一人で真夜中に見た黒猫を見たような、もしくは誰もいない夕方に墓場でただ一羽鳴くカラスを見たような、そんな不吉さだった。
そして翌日、どこから話を聞いてきたのか。
ガブリエル皇子が私の屋敷にやってきたのだ。
「やぁ。アデライード嬢。使者も出さずに来て、すまないね」
客間で私は彼を出迎えた。
「皇子ともあろう方であれば、そのような儀礼を守る必要があるのではなくて?」
私たち、そんなに仲良くもないでしょう? と私は視線で伝える。
「だが君に急いで伝えることがあるのだ。代金は今日のデートでどうかな?」
私は、こいつ本気か? と思ってため息をついた。
「……そうですわね。あなたの情報にそれだけの価値があれば、いいですわ」
「まず、アデライード嬢。君の爵位継承はまだ確定ではない。これはいいね?」
「ええ。わかっていますわ。そのために、帝都に来ているのですから」
「君のような令嬢に爵位を継承させることは、あまりあることではない。だから、まだ君の爵位を狙っている者がいる」
「……マルクおじ様で終わりかと思いましたのに。まだ歯向かう気があるんですのね」
「その話の続きだ。マルクを後ろから操っている人間がいた。それが、闇ギルド『黒鴉の巣』のマスターだ」
「黒鴉の巣……?」
どこで聞き覚えがある気がしますわね。
「フェルナンド・ダークウッドという男だ。彼は、マルクが幻覚剤を帝都にばらまいているように見せかけていた。その裏で彼がいたというわけさ。証拠はないけどね」
ガブリエル皇子が肩をすくめて見せる。
思い出した。
フェルナンド・ダークウッド。
それは『トワロマ』の攻略キャラクターの一人だ。
彼は闇属性の魔法を使う男だ。冷静で計算高い性格であり、常に冷たく落ち着いた態度を崩さない。
その知識と技術で闇ギルドを成長させ、帝都でも有数の実力派ギルドになっている。非常で無慈悲な一面があり、目的のためには手段を択ばない。
過去は明るく純粋な人間だったが、大きな出来事がありねじ曲がってしまった。
そんな設定だった気がする。
見た目は、長い黒髪の、不吉な男だ。
私は昨日ルイがぶつかった男を思い出す。
――あれ、フェルナンドじゃありませんの?
「知っているのか? アデライード嬢」
「……知りませんわ」
「そうか。それでだ。その彼が、まだ君の爵位を狙っているようなのだ」
「それは、ありがとう存じますわ」
ガブリエル皇子は、稚気を少しにじませていう。
「君のお眼鏡には叶ったかな?」
この前私がガブリエル皇子に言ったセリフだった。
「悪くないですわね」
「じゃあ今日はご予定はおありですか? レディ」
「……ないですけど」
「では、私にあなたをエスコートする栄誉をいただけませんか?」
ガブリエル皇子が片膝をつき、私の手をとって甲にキスをする。
「~~~っ!」
いきなり何をするのだ。この男は!
私は手を振り払って、背を向ける。
「では、準備をしてきますわね」
「私の情報が気に入ってもらえたようで何よりだ」




