28 もうちょっとだけ我慢ですわ~
私はマルク邸に乗り込んでいた。
マルクに蛇のような雰囲気で出迎えられ、その娘のマルグリッドには舐めた口をきかれてしまう。
そしてその無礼な娘(しかも私と同じくらいの年齢!)が私の義娘になると聞いて、めっちゃ気持ち悪く感じた。
私は前世の記憶があるとは言え、この世界のアデライードでもある。
前世の私がベースとも言えないし、かといってアデライードそのものとも言えない。
両方が混ざったような存在なのだ。
そして自認する年齢としては、ふつーに十二歳なのだ。この話を聞いた人がどう思うかはわからないが、私としてはそれくらいの年齢のつもりなのだ。
ご理解いただきたい。
それが「父親より年上の旦那ができます。その娘はあなたと同じ年齢です」などといわれてみたら、そりゃあ、非常に気持ち悪いと思うのは仕方ないと思うのだ。
私は心の中で、うえーと思いながらマルクを見る。
マルクは口を開く。
「ではその騎士たちはこの部屋で待たせていたまえ」
騎士たちは別の部屋に案内されていた。
私はマルクとヴォルフだけを連れ、客間へと通される。
客間はパッと見、金もってんなあと思うような感じだった。
豪華な装飾と高級な家具で飾られている。金色と赤色の豪華なカーペットがしかれ、壁には美しいタペストリーが飾られている。
大きな暖炉もあった。
そこでマルク椅子に腰かけながらいう。
「さて。今日ここにきてくれたのは、婚約について前向きに話すという内容だったが、心は決まったのかな」
「……ええ。そのつもり、ですわ」
絞りだしたような声で言う。
つらさというよりも、不快感のせいだ。
マルクは満足そうにいう。
「賢明な決断だ」
「でも、いくつか気になる点がありますの」
「なにかな」
「サヴァロさんからも、支援するとお手紙がありましたの。それにラッファンさんは、もうマルクは落ち目だと……」
私が言うとマルクは目に見えて態度を変えた。
「なんだと?」
今名前をあげた人たちは、我が家門を狙っている可能性がある連中の名前だ。マッテオが調べてくれた。
「どういう、ことですの?」
私は気弱げな態度で聞いてみた。
「……いや、問題はない。最近の襲撃は、そうかラッファンか」
「襲撃ですの?」
「貴様には関係ないだろう。アデライード」
マルクは顔をしかめていう。
「お前はただこの婚約の書類にサインすればいい」
彼は威圧的な態度で言った。
人を丸のみにしようとする蛇のような、一般人であれば恐れてしまうような雰囲気だ。
しかし、私は軽く受け流せた。
鼻で笑ってしまいそうになる。
前回私はこの程度の男を恐れてしまったのかと。
そのすぐあとに見せられたマッテオの威圧感に遠く及ばない。
ヴォルフが脅すような声を出してきたほうがよほど恐ろしい。
ガブリエル皇子の剣の前に躍り出たのと比べたらそよ風に等しい。
私は、彼の威圧を恐れるふりをするほうが大変なくらいだった。
だが私はおびえた演技でいう。
「か、関係ないことはないですわ。マルク様と婚約するのであれば、マルク様が倒れてしまえば、こちらも共倒れですもの」
このセリフでこの話の判断役は私になるはずだ。
マルクは私に対して『家門を存続するためにマルクを頼るしかない』と印象付けてきた。
だがマルクを頼っても家門が存続されないのなら、私は彼の手をとる理由はなくなる――と彼は考えるはず。
その状況でどちらが切実かといえば、私よりもマルクだ。
マルクこそ侯爵という地位を欲しがっている。
彼こそ、私に気に入られなければいけない立場なのだ。
彼は『マルクと婚約すれば、家門が助かる』と私に思わせなければならない。
という訳で、説明とプレゼンをしてもらいましょう。
マルクは深く息をはいてからいった。
「ああ。わしの店がいくつか襲われたのだよ」
「そうなんですのね。大丈夫ですの?」
私は、自分が掴もうとしている命綱が大丈夫なのか確かめるようなつもりになって言う。
そんな汚い命綱を掴むつもりなど毛頭ないのだが。
「問題ない。いくつかはつぶれるかもしれんが、わしの事業はまだまだたくさんあるし、一番利益をあげているものは無事だ」
「ど、どんな事業を?」
「なぜそのようなことを教えねばならんのだ」
「……もしマルクさんが倒れれば、私の家も同時に倒れるでしょう?」
マルクは不愉快そうに、だが一定の理解を示す。
「武具屋や、美術屋、酒場も複数ある。この街だけではなく、他の街でにもある。あとは奴隷事業だな」
「奴隷……? 違法な奴隷は帝国法で――」
「奴隷はいくらでも手に入る。それに、仲良くしている法律屋もいるからな。いくらでも合法にできる」
ほーん。
最低ですわね。
その法律屋っていうのも、後でなんとかしなきゃいけませんわね。
私は不安そうな表情の裏で、後始末のことにすら思考を及ばせていた。
――非合法の奴隷はなんとかしなければいけませんわね。
そういえば、マルクの娘のマルグリッドはイケメン騎士を欲しがっていた。
奴隷屋を持っているのならば、容姿の優れた奴隷を用意したりしているんだろうか。
気になったので聞いてみた。
「奴隷というのは、この屋敷でもお使いに……?」
「娘と妻が、いや、元妻が使っていたな。だがあいつらは、すぐ壊してしまう」
「こ、壊す?」
びっくりな単語が出てきて聞き返してしまう。
「そんなことはどうでもいいだろう」
不愉快そうにマルクがいう。
「でも私の騎士団が、お嬢様に目をつけられてしまったから……」
よよよ、と泣くようなしぐさで言ってみる。
「……手を出さないように言っておく」
「いったいどんなことをするんですの?」
「いう必要があるか?」
あるわけないよな? といった様子でマルクがいう。
「で、でもお嬢さんが私の騎士たちに手をだしたら……」
「そんなことはさせん。まぁ……拷問じみたことだよ。わしには理解できんがね」
「こ、殺すんですの?」
「結果的にはな。だがそれ用の奴隷は別に用意する」
とんでもねえガキですわね……。
私は脇道にそれてしまった話題を元に戻す。
「そういえば、店が襲われるといっていましたわね……」
「ああ。だが気にする必要はない」
「で、でも店が襲われてしまったら、その、いろんな取引の書類とか……」
「そういったものはもう引き揚げさせてある」
マルクはそう言った。
いえーい。大正解ですわ。
私は数日前、街から帰るときにマッテオにあるお願いをした。
人を使ってマルクの事業を見張るようにいったのだ。
結果、店からマルクの屋敷に人の出入りがあった。
それは書類を移したということだろう、と私は思っていた。
その確認のための会話だったのだ。
「じゃあ、ちょっと暴れても大丈夫ですわね」
私はドレスの裾を軽くまくりあげて、ある道具を取り出す。
「は……?」
マルクが呆気にとられた顔になった。
――雷鳴爆装。
なんかすごい物騒な字面だが、攻撃用の道具などではない。
現代風に言えばただの信号用の爆竹だ。
地面にたたきつけるとドーーーン! とすごい音がするだけの、通信用アイテムである。
「マッテオ、ヴォルフ。お成敗の時間ですわぁ!」
そういって床に雷鳴爆装をたたきつけた。
激しい爆発音がして、耳鳴りがキィーーーンとなる。
それと同時に、マルクの護衛のうち二人が吹き飛んだ。
マッテオとヴォルフが今の一瞬で二人を無力化したのだ。
解き放たれた獣の素早さで、残りの護衛たちにとびかかる。
この合図で今頃傭兵たちも暴れはじめているだろう。
「お、お、おまえ! こんなことして許されると――」
「許されますわぁ~! だって、あなたが、免罪符をこのおうちに運んでくれたんでしょう?」
「……な!」
「わざわざご苦労様ですわ♪」




