25 星空の夜。姉弟のひととき
私は街にあるいくつかの悪徳商人の店で暴れまわった。
そのせいでガブリエル皇子一行に強盗だと思われ戦う羽目になった。
ガブリエル皇子はさすがにいくつかのルートのラスボスということで、恐るべき力と剣技の冴えを見せた。
マッテオや私の護衛たちは善戦をしたが、負けの目が濃厚だった。
だから私はガブリエル皇子の剣の前に飛び出て、交渉をした。
その結果七日という日数を稼ぐことはできた。
この七日で、一定の成果を得なければいけなかった。
私はマッテオを街に残して屋敷へと戻る。
マッテオは私が頼んだいくつかのことを実行してくれているはずだ。
私は深夜に屋敷に戻ると、庭で動く人影を見た。
「……誰かしら」
私は警戒しながら伺うと、小さな人影の後ろにもう一人いた。
それは、弟のルイとメイドのアンナであった。
弟はたたたっと私のほうに走ってくる。
「ねえさま! おかえりなさい!」
ルイはジャンプして抱き着いてきた。
「きゃっ……!」
私はびっくりした。だがすぐにルイを抱きとめる。
「ねえさま!」
「ルイ~~~! ただいま!」
私は月明かりの下でルイを抱きしめながら、くるくると回って見せる。
悪徳商人とやりあったり、ガブリエル皇子一行と戦ったりしてピリピリしていた心が洗われるような気がした。
「ルイはこんな真夜中にどうしたのかしら?」
もはや月明かりが世界に満ちてから、しばらくの時間が経っていた。
「あのね、おうまさんの音がきこえたから。ねえさまかなって」
へへ、と笑うルイ。
それはこの世界で一番かわいい生き物だった。
「ん~~~! ルイ~~~~!! なんてかわいいんですのーーー!」
私はぎゅっとルイを抱きしめて、柔らかな髪の毛に顔をうずめる。
優しく穏やかな香りがする。
「ねえ、ねえさま。おほしさまが、きれいだよ」
ルイが私に抱き留められたまま、空を指さした。
そこにはいくつもの星がまたたいている。
――美しい、ですわ。
静寂に包まれた庭園の真上には一面に広がる闇夜の空。そこに星々が輝いていた。
深い漆黒の闇に浮かぶ星々はまるで宝石だった。
美しく輝きながらも、どこか儚げな光を放っている。
私はその美しさに息をのみ、しばらくただ空を見上げている。
天空を見上げていると、星座の配置が美しく浮かび上がっているのに気づいた。
まるで巧みな画家の筆が描いたかのように、煌めきを増しているように見えた。
流れ星が一瞬にして現れ、光の軌跡を残して消えていく。
――私はこんな美しい光景すら目に入らなかったのですね。
「ありがとうね。ルイ」
私はそういってルイの柔らかな髪をなでる。
「……ルイ?」
気づけば、ルイはすうすうと寝息を立てていた。
私がアンナを見ると、彼女は頭を下げる。
「おかえりなさいませ。お嬢様、こんな時間までお疲れ様です。ルイ様につきましては、こんな時間まで申し訳ありません」
どうやらルイを寝かせられなかったことについて謝っているようであった。
「ありがとう。アンナ。大丈夫よ。ルイが寝なかったんでしょう?」
「はい。今日はお昼寝を長くしてしまったみたいで……」
そういってアンナは、ルイを自分が連れていきますと言った。
しかし私はそれを断る。
「大丈夫よ。アンナ。私がつれていくわ。ううん。私がつれていきたいの」
私は、私が守るべきものの重みを感じながら、ルイを部屋まで連れて行った。
「……おやすみなさい。ルイ」
ルイは寝言なのか、少しだけ起きていたのか「おやす、みぃ……」と言った。
私は自然と笑顔になってしまった。
「アンナ。こんな時間で悪いけれど、これから私は手紙をしたためるわ。明日の朝一番に、その日のうちに届けるようにお願いしてくれないかしら」
「もちろんですよ。お嬢様」
私はそのままお父様が使っていた執務室へと向かった。
執務室で眠い目をこすりながら、マルクに対して手紙を書く。
内容は、もう私は耐えられないこと。
この前のマルクが持ちかけた婚約について、前向きに話したいこと。
そのためには、一日でも早くマルクの屋敷へ伺って話したいこと。
だから三日後にマルクの屋敷へと伺わせてほしい。
そういった内容だった。
翌日、マルクからの返事があった。
三日後にマルクの家で話す件は、そのまま通った。
もうすぐマルクと決戦なのだ。
そしてその日の夕方にマッテオからの使いがきた。
狙い通り、マルクが事業として展開しているたくさんの店から、マルクの屋敷へと何らかの荷物が運び去れていることを確認したらしい。
衛兵に届けたマルクの不正の書類が握りつぶされたこと。
これもまた狙い通りだった、
◆ ◆ ◆
「そんで、なんで俺が、こんなことになってんだよ。お嬢」
髪の毛も髭ももっさもっさの、おっさんが言った。
ヴォルフである、
彼はめんどうくさそうな顔で、椅子に座らされている。
「ヴォルフ。あなたは護衛の騎士に扮してもらいますわ。そんな格好じゃ、よくて山賊にしか見えませんからね!」
「よくて山賊!? そりゃ、俺ぁ、人相がよくねえけど、そこまで言われるほどか!?」
「さ。やっちゃってくださいまし」
私はアンナに声をかけた。
アンナは冷たく無機質な鉄の刃で、容赦なくヴォルフの髪を切り裂いた。




