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3 夜に溶けて

 私は絶望しながら、弟の部屋を訪れた。

 もう夜も遅い時間で、弟はもう寝入っていた。


「ごめんね」


 私は弟の頬をなでる。


 まだ3歳の弟、ルイ=フェリックス・ド・ラヴァルはすやすやと、何もわからない顔で眠っている。

 弟の顔にかかる金の髪を指ですいた。


「私には、どうしようもないんですわ……」


 何もできない。


 未来は暗闇だ。


 だけど弟には生きていてもらいたい。


 だから私は弟に声をかける。


「マッテオに助けてもらうんですのよ」

 マッテオには弟を連れて逃げ、平民として生きてほしいと置手紙を残した。


 視界が涙でぐんにゃりと曲がる。

「ルイ。しあわせに、なるんですのよ」

 そう言い残し、弟の部屋を後にする。



 それから私は屋敷の一番高い位置にある部屋――お父様の仕事部屋へと向かった。


 お父様の書斎は書きかけの書類が机の上においたままだった。


 本棚には難しそうな本がたくさん並んでいる。


 インクと紙の匂いがする。


 まるですぐにお父様が戻ってきて、書き仕事を始めそうな雰囲気すらある。


 お父様は優しい笑顔で言うのだ。


『アデライード。心配をかけて悪かったね。ちょっとトラブルにあっただけなんだ。さあ、今日も仕事だから、アデライードは遊んでおいで。こんなところにいても退屈だろう?』

 そして私は

『そんなことありませんわ。お父様の仕事をしている姿を、みててもよろしいですか?』

 するとお父様はうれしそうに笑う。

『ああ、もちろんいいとも。退屈になったらいつでも言っていいからね』


 幻聴が聞こえて、起きてほしい未来を夢想した。


 だが現実には起こりえない。


 だから、そうなるようにしよう。


 私のほうからお父様のところへ行こう。


 私は吸い込まれるように窓辺へと近づいていく。


 きれいな夜だった。


 星が瞬いて、


 薄い雲間からまん丸い月が姿を見せて、


 風が吹く音と、木の葉の揺れる音だけがした。


 私は今から夜に溶ける。


 窓を開けた。


 強い風が吹いて、私の髪がたなびく。


 バルコニーに向かって足を踏み出す。


 お父様、今、行きますわ。


 柵を手でつかんで、足をかける。


 柵を乗り越える。


 その時、強く音を立てて扉が開かれた。


「お嬢様!!」

 マッテオだ。

 こんなにも焦った表情の彼は初めてみる。


 私は乗り越えた柵の反対側からマッテオを見る。


 マッテオがこちらに向かって駆けてくる。歳を感じさせない俊敏さだ。


 けれど距離は遠い。


 私は柵から手を放す。


 マッテオは私へと手を伸ばす。


 身体が後ろへと傾いていく。


 私もマッテオに手を伸ばした。


 死にたくなくなったのか、どうなのか、私にはわからない。


 反射だったのかもしれない。


 もし手が届くのなら、マッテオの言う通り頑張ってみようかしら。


 でも、手は、届かない。


 手と手が離れていく。


 マッテオの表情が崩れる。


 ああ、泣かないでよマッテオ。


 あなたにそんな顔をさせたいわけじゃないのに。


 私は、死んだ。

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