ガブリエル・ルイス・ダ・シルバ 2
俺――ガブリエル・ルイス・ダ・シルバはラヴァル領へやってきた。
今帝都や貴族に出回っている新種の幻覚剤の出所を調べるために、だ。
しかし出所と関わりがあると考えた店は、なぜか強盗が入っていた。
そこに置いてあったはずの書類はなぜか盗まれていた。
強盗も自作自演か?
だがそれは違うようだった。
俺は強盗を行った成金商人を追った。
その集団を見つけたところで、気づく。
あれはアデライード嬢の一行だと。
俺は勝手にあの少女を高潔な精神の持ち主だと思っていた。
彼女はいったい、どんな人間なのだろうか?
そのような気持ちを抱きながら俺は彼女たちに話しかけた。
「お前たちが強盗か?」
そう尋ねると、アデライード嬢は不敵な笑みを浮かべた。
「心外ですわ」
「なんだと?」
詐欺装備店の店主に聞いた話を少女に告げる。
「ええ。たしかにそれは私たちですわ。そして私たちは決して襲ってなどいません」
アデライード嬢は悪びれもせずにそう言った。
「……どういうことだ」
「私はただ最強の武器が欲しかっただけですの!」
甘やかされたワガママな子供ような調子で彼女が言う。
最強の武器といわれたから試しただけであり、自分たちは悪くないという主張だ。
俺は彼女がさらにわからなくなる。
雨のスラム街で見せた聖女のような姿。
店を暴れて壊す暗い欲望を持った姿。
何も考えてないワガママ令嬢のような姿。
もう考えるのも馬鹿らしくなって、彼女らが奪った書類を手に入れようとした。
すると成金趣味の老人が一歩前に出て制止する。
彼の手は、いつの間にか指輪がすべて外されていた。
俺は争いを避けるために彼女にいう。
「お願いするよ。お嬢さん。私にその書類を渡してくれないか? どうしても必要なんだ」
「では、私もお願いしますわ。この書類、私もどうしても必要なんですの」
彼女は強い意志を宿した瞳で俺を見る。
ワガママなだけの少女には決してできない顔だった。
しかし護衛が負ければ、その態度も続きはしないだろう。
「では、仕方ない。悪く思ってくれて構わない。鎮圧する」
俺は一瞬で護衛である老人を取り押さえるつもりで手を伸ばした。
だが簡単に回避され、それどころか反撃まで試みられてしまう。
飛びのくと次の瞬間には、刃の黒いナイフが投げられる。
光を反射しないそのナイフは非常に視認しづらい。それは闇の住人の戦い方だ。
俺と老人の戦いが始まる。
老人はとてつもない腕前だった。
ここまでの腕前の人間を俺はほとんど知らなかった。
冷汗が背筋を伝う。
――俺にこんな思いをさせる相手に、こんな場所で出会うとはな。
俺と老人の戦いは一分に満たなかった気もするし、数十分戦い続けていた気もした。
時間間隔など他のすべてを置き去りにして、俺は老人との戦いに集中していた。
体術、投げナイフ、鋼糸を織り交ぜた攻撃は、一つ間違えば敗北してもおかしくはなかった。
俺は奥の手を使って老人の鋼糸を切り裂く。
――勝った。
そう思った。
周りでも俺の部下たちが勝利を収めそうだ。
しかし、こんな場所に俺の部下と渡り合える奴らがいることが信じられない。
そして何より、奥の手を使わねば勝てなかった目の前の老人は、まさしくバケモノだった。
何より、そんなバケモノと精鋭を部下のように使う令嬢がいるとは。
そして俺はまたアデライード嬢のことがわからなくなる。
この恐るべき老人は、アデライード嬢に強い忠誠を誓っているように見えた。
しかし勝負は俺の勝ちだ。
戦力すべてが無力化されれば、あの令嬢も諦めて書類を渡すだろう。
俺は老人に向かって剣を振り上げる。
だが俺はアデライード嬢のことをまだ何もわかっていなかった。
彼女は自らの死を恐れず、俺の剣の前に躍り出た。
そしてその小さな身体をめいっぱい広げて、護衛の老人をかばう。
護衛をかばう令嬢など前代未聞だ。
「降参してくれるだろうか?」
もはや彼女の戦力はほとんど無力化されている。
ここからの逆転の目はほぼない。
俺は彼女が、護衛の助命をして、降参するものだと思い込んでいた。
だというのに。
「しないわ」
彼女は強い意志を感じさせる声で言った。
「……ではどうする」
「……少しだけ待ってくださらないかしら」
俺の振り上げた剣など目に入らないといったように、恐怖など一切覚えていないように見えた。
彼女は帽子もウィッグも脱ぎ捨てて、自分の身分を名乗った。
「私は、アデライード・ド・ラヴァル。この地の領主ですの」
自らの身分を隠す気がないようだった。
ということは彼女はラヴァル家の人間として、この強盗のような行動をしていたのだ。
であるならば、後ろ暗い欲求を発散するためなどではないだろう。
「私は、逃げも隠れもしませんわ。ですから、もう少し待ってください……」
彼女は切実な声でいう。
じっと目をみる。
彼女の美しく紅い瞳は、濁り一つなく、澄んでいる。
嘘をついているようには見えない。
俺はスラム街で見た、彼女の高潔な精神を信じてみようという気分になった。
冷徹な理論で考えれば、ここで彼女たちをから書類を奪い取るべきだ。
そして自らの手で事件を解決したほうがいい。
しかし俺はなぜか、俺にその正体を掴ませないこの彼女を信じてみたかった。
信じるに足る情報など何一つない。
言ってみればただなんとなく。それくらいの理由だ。
もし俺が、こんな決断をしている人間を見たら、愚か者としかりつけてしまうような行動だ。
しかし俺はその愚かな決断をした。
俺は剣を収める。
「行くぞ」
と部下を率いて、立ち去る。
聖女のようであり、店で暴れたことがあり、何も考えてないワガママにも見え、恐るべきバケモノから忠誠を向けられ、精鋭を部下に何人も持つ。
そんな彼女は、本当はどんな人間なのだろうか。
俺はそんなことに思いをはせる。
「一度だけ信じよう。アデライード嬢。君が何をするか、楽しみにしていよう」
一人でつぶやいたその言葉は、夜の冷たい風に溶けて消えた。




