22 ぼったくり酒場はいい商売ですわね♪ 1
大変遅くなって申し訳ありません!
なんとか本日中に投稿できました……!
鼻をつく甘ったるい退廃の空気にむせかえりそうだった。
薄暗い照明が揺らめく、見通しの悪い店内にはいかにもな雰囲気が漂っている。
煽情的な衣装の女性や男性が接客している。
完全に夜専門の酒場だ。
私たちは悪徳商人をとっちめるために、そんな場所にまで来ていた。
美術品屋でこの酒場を紹介されたと嘘をついて店の中に入ってきたのだ。
「……あら。いろんなお客様がいるのね」
見ると、何かの商談をしているらしい怪しい風体の男たち。
カードゲームに興じている人たち。
「そうじゃな。アレーナ。あちらの男なんかは、騙されてそうな雰囲気じゃなぁ」
マッテオが視線を送った先には、この場所にはふさわしくないような、まじめな身なりの男性もいた。
この国に子供の飲酒を禁止する法律がないとはいえ、さすがに私と同じくらいの年齢の人間はいなそうだった。
客の幾人かが、アデライードの年齢を見て、胡乱気な視線を送ってくる。
――まぁ、子供がこんな店にいるのは不自然ですわよねえ。
しかし背後に大商人然としたマッテオや、タチの悪そうな護衛が複数いるのをみて納得したような雰囲気になる。
アデライードとマッテオは席について椅子に腰を下ろした。
護衛は近くで立ったまま、周囲を警戒している。
すると店の奥から、煽情的な女性と、しゃれた雰囲気をした男性が現れた。
女性はマッテオの隣に「失礼しまぁす」と座って、挨拶をした。
私の隣にはしゃれた雰囲気の男が座った。
「はじめまして。お嬢様。私の名前はマロードです」
そういって彼は両手で私の手をとる。
ぞわりと不快な雰囲気がして、手を振り払った。
「触らないでくださらない?」
「えっと……」
私は不愉快ですという顔をした。
「……失礼いたしました」
男性は一言そう言って店の奥へ引っ込んでいった。
少ししてえっちぃ格好のお姉さんがやってくる。
「こんばんわぁ。ジェシカですー」
彼女もまた私の手をとる。私は困惑していた。
「お嬢ちゃん、ちっちゃいのに、こっちのほうがいいのぉ? 進んでるわね」
「……こっち?」
「女のほうが好きなんでしょぉ?」
驚愕の一言だった。
「違いますわ!?」
だが先ほどの男よりは、同性のほうがまだマシなのも事実ではあった。
隣ではマッテオがすでに盛り上がっている。
マッテオ!?
びっくりして横を見る。
女性のほうが楽しそうであり、マッテオが接待しているような様子であった。
しかし、それは正しくマッテオは接待役の女性を接待をしているのであろう。
言葉巧みにこの店に通っている人間の風貌などの情報を聞き出している。
マッテオすごぉ……。
感心していると、私の横の女性が不安そうにしていた。
私が何の反応もしなかったからだろう。
「あの、お嬢様……? わたし何がしちゃいましたぁ……?」
さり気にお嬢ちゃんからお嬢様呼びになっている。
怖がらせてしまったかもしれない。
「ええ。ええ。大丈夫ですわ。それと私お酒だめなので、ジュースか何かあるかしら?」
安心させるようにいうと女性は店の奥からオレンジの果汁を持ってきてくれた。
「あなたはここで働いて長いの?」
私は子供特有の、何も考えてない様子で、彼女の身の上などを聞き出していく。
結果。
聞かなきゃよかった。そう思った。
彼女は父親が作った借金のカタで働かされているらしい。
……まとめて店員ごと処罰、みたいなのは避けたいですわねえ。
マッテオが運ばれてきた酒に口をつける。
少しだけ、私じゃなければ見逃してしまいそうなほどほんの少し、マッテオは顔をしかめた。
私は小声で「どうしたの?」と尋ねる。
すると酒の種類が表記と違う安物らしい。
「こっちはおいしいですわよ」
と私はオレンジ果汁を飲みながら言った。
私はこっそり接客の女性に
「もう少ししたら何か契機があるかもしれないから、そのときはさっさとこんなところから抜けたほうがいいですわよ」
別に酒場の店員を下に見る気はない。
ないのだが、ここは詐欺など犯罪の温床だ。
こんなところにいたら、いつ巻き添えを食らうかわからない。
「えっ。それってどういう――」
「ひみつですわ」
そんな話をしていると、がしゃーん! と音がした。
いつの間にかコワモテの顔をした男が、先ほど見たまじめな身なりの男の前に立って凄んでいる。
「なあおっちゃんよぉ。こういう店きたら、金かかんの当たり前だよなァ?」
「ひ、ひ……。で、でもこんな、高いなんて……」
まじめな身なりの男はおびえた声で言う。
「…………はぁ。こういうことって結構あるんですの?」
私はあきれた様子で、隣の女性に聞いた。
「……たまにあるかもぉ」
「おじい様。あのお酒って、なんです?」
と私はマッテオからお酒の情報を聞き出す。
そうこうしているうちに、まじめそうな男は詰め寄られている。
「お前たしか娘いたよなあ?」
「そ、そんな……娘だけは……」
「おじい様。私行ってきますわ。だからその間にアレよろしくお願いしますわね」
と私は優雅な足取りで、騒ぎの現場へと近づて行った。
ちなみにアレとはどさくさに紛れて、契約書などを漁る行為である。
「許して、許してください……」
まじめそうな男は胸倉を掴まれ、つま先足立ちになっていた。
そんな場所に私は割って入る。
「ちょっとよろしくて?」
「なんだ。お嬢ちゃん。このおじちゃんはな、金を払わないからこうなってんだ。わかるかい?」
「払うつもりはあったよ! でも、これはさすがに高すぎるだろう!? そんな高いワインだなんて知らなかったんだ!」
私はワインのボトルを見る。マッテオの言っていたとおりのものだ。
星々の彫刻で飾られている。
この世界では印刷技術も発達しておらず、ワインボトルで判別することはできない。
ただし、超高級なワインだけは、その特別さを演出するためにボトルに彫刻が彫られていることがあるのだ。
私はボトルを見ながらいう。
「これはまさに、飲む宝石と呼ぶのが相応しいワインですわね。この星々の彫刻は――まさしく『オーディナリア・ドミニオン』」
私が言うと、マスターらしき男が得意げに言う。
「それがわかるなら、わかるだろう。飲む宝石に恥じないだけの値がつくワインだ」
その一滴一滴がルビーとすら言われているらしい。
マスターの発言に私は腕を組んでうなずいて見せた。
「その通りですわね。その一滴が醸し出す輝きはまるで夜空に散りばめられた星々のよう。それは帝国の秘蔵ワイナリーで育った若き醸造師、ルーカスが生み出した奇跡」
私がいうと、真面目そうな男は絶望したような顔を浮かべる。
私はマッテオから聞いた情報の断片から、情報を再構築して説明をする。
気持ちは前世で見たソムリエだった。
「特徴はまず香りにあるのですわ」
私は優雅な手つきで、テーブルの上のワインボトルを手に取る。
「注がれた瞬間、フローラルな花幅の香りとともに、熟した果実の甘い誘惑が鼻腔をくすぐりますの。様々な果実の……あぁ……官能的な広がり」
そう言いながら、ボトルをグラスに傾け、注いでいく。
「…………しませんわね?」




