21 悪徳商人ぶっ潰しDay4
私は悪徳商人が店主を務める詐欺装備店へといった。
あの店を告発したところで、あまり意味はないだろう。
裏のオーナーであるマルクはこの街で大きな力を持っている。
すぐに握りつぶされてしまうだろう。
だから店で大暴れをした
あの様子ではしばらく営業はできないだろう。
さらに真の目的は、店の中にある帳簿、裏取引の契約書などだ。
それらをマッテオに回収してもらった。
これだけの書類があれば、衛兵たちも握りつぶすことは困難だろう。
衛兵たちが抱き込まれているとはいえ、すべての衛兵がそうではないはずだからだ。
しかるべきルートで詰め所に持ち込めばあの店の店主は捕縛されるだろう。
だが、しばらくすればまた似たような店がマルクによって用意されるのは目に見えている。
とりあえず、店の始末をどうつけるかということは後の課題にすることとして。
私はマルクが所有する別の事業である美術品店まできていた。
その店の外観はかなりおしゃれなものだった。
雑貨屋や甘味屋としても成功しそうに思える。
私は呆れ交じりにつぶやいた。
「これだけ立派なデザインの店を作れるのなら、まっとうな商売をしたほうがいいと思うんですわよねえ」
私の祖父という設定のマッテオが返す。
「アレーナ。悪人というのは、やむにやまれず悪事をする人だけではないのじゃ。能力が高いが、忍耐力がない人間もまた、悪人になりやすいんじゃよ」
「……というと、どういうことですの? おじい様」
「まじめに長くやれば成功する能力を持った人は多くいるのじゃ。じゃがそれは、長い下積みがあったり、何度もチャレンジせねばならぬ」
「まぁ、そうですわね」
「悪事は短期間で多くの利益が見込めるものもあるのじゃ」
「たしかにある程度の納得はいきますわね」
と、私たちはそんな話をしながら美術品屋へと入っていく。
「ごめんくださいまし~」
店の奥で店主が笑顔で挨拶をしてきた。
「いらっしゃいませぇ~。どうぞ見て行ってくださいお客様!」
そして私の後ろに続く一団を見て、顔を引きつらせる。
しかし、この店にいる警備員たちを見て、気を取り直したようだ。
もし暴れても取り押さえればよいと考えているように思える。
彼は私に様々な絵を紹介していく。
「あ、こちらは数百年前の絵描きであるヴァッザールの絵ですねぇ。これは他国でも評価が高く――」
――あ、これ。贋作ですわね。
私の、前世の記憶が戻る以前のアデライードの知識の中に、それはあった。
私という存在が生まれ変わったアデライードは、原作とは違ってなかなかの努力家であったらしい。
その知識によれば、これは贋作だ。
そもそも本物は隣国の王宮にあるし、構図にも違和感しかない。
もちろんとんでもなく高額な値段を告げられる。
「こちらは最新の画家ペカソの『裸のおじさん』でございます」
私は前世の記憶にもある画家を思い出す。なんとなく似た雰囲気の絵だ。
あちらは近代の絵描きであるが、こちらでは技術的には中世前後だと思われるのに、似た存在がいるのだなあ。などと愚にもつかないことを思った。
様々な絵画を見せられ、非常に高い価格を告げられる。
すると店主は私が買う気がないことを見て取ったのか、こんなことを言い出した。
「ああ、そうそう。何もお買い上げにならなければ、鑑賞料をいただかねばなりませんなあ」
ねばついた笑みだ。私は余裕の表情を買えずに行った。
「……そんな話は聞いていないのですが?」
「ええ、ええ。たしかにお伝えしましたよ。なあ? 君」
と彼はこの店の警備員に問いかける。
「そうですね。間違いなく確認していましたよ。払わないならば契約違反になりますね。衛兵を呼びましょうか?」
「ああ。それは最後の手段だよ君」
「承知いたしました」
店主は金に濁った微笑みでいう。
「ということですがお客様。まさか支払わないなどとは言いますまいな? それとも、どれをお買い上げになります?」
私はそれには答えず、聞いた。
「ではお尋ねしますわ。あちらのヴァッザールや、こちらの絵画は真作なのかしら?」
「ええ。もちろんです。お客様」
「では贋作だったら何をしてもよろしくて?」
「ええ。ええ。全部正真正銘の真作です」
「そう。本当にいいのね?」
「何がでしょう?」
私はにっこり笑ってから護衛の傭兵たちにいった。
「やっておしまいなさい」
私は、贋作の絵を指定して傭兵たちに斧でぶち壊させた。
斧が、額に飾られた絵をぶち壊す。
「なにを!」
まず店主が怒り、警備員がこちらにきて、衛兵を呼ぼうとする。
先ほどの店と同じ流れだ。
私はまず警備員を捕縛させ、衛兵を呼ぼうとした店員も捕縛させた。
店主も縄でぐるぐる巻きにして転がした。
そのあとで、一部の絵画を破壊させていく。
贋作は贋作としての価値はあるだろう。しかし、真作と偽って販売されようとしている贋作に価値などない。
また高値をつけられた絵画にも、もしかしたらいいものはあるかもしれない。画家は水物であり、誰が値上がりするかなどわからないのだから。
なので私は、贋作だけを狙って破壊させようとした。
「なにを! この犯罪者が……!」
「あら。私はあなたが言った通りにしただけですわよ?」
「壊せなどとは言っていない!」
「贋作であれば何をしても構わないといったじゃありませんの」
私は自分の護衛たちに視線を向けて問いかけた。
「ええ。間違いなく確認していましたぜ。贋作ならば何しても構わないかと」
「ならばお話合いの通りですね」
そういって私はにっこりと笑って見せた。
「おまえ、覚えてろよ……」
店主は睨みつけてくる。
「ええ。覚えておきますわよ。あなたの顔を」
私は護身用に持っていた短剣を抜いて、彼の顔の目の前に
だんっ! と突き立てた。
「ひぃ……」
「あなたのような存在は皆さんに迷惑ですし、一利もありませんわ。二度と私の目の前に現れないでくださいましね。この街から消えることをお勧めしますわ♪」
そうこうしているうちに、店の奥へと潜入していたマッテオが戻ってくる。
その手にはいくつかの紙束が掴まれていた。
私たちは店の人間全員をふんじばったまま、店の出口へと向かう。
「では。ごきげんよう」
と扉を開けたところで言い忘れていたことに気づく。
「では、上の方にも伝えておいてくださいまし。他の店にもお邪魔しますわ♪ ってね」
私はひらひらと店主に手を振りながら店の外へと出た。
店の外にでるといつのまにか夜になっていた。
月光は大地に降り注ぎ、街の風景を柔らかく照らし出していた。
静寂と神秘を湛えたその光は、芸術的ですらあった。
「芸術のためになることもしてしまいましたわね♪ さぁ、次です次次」
私は世のため人のためになることをした、そんないい気分で月光の下を歩いた。
次に向かった先は『タバーナ』という類の酒場だった。
意外と明るい月光に照らされた店がある。一見すると酒場とは思えないように思えるし、普通に一見さんが入るような見せないようにも思える。
しかし私はためらうこともなく、扉をあけ放った。
中は薄暗く、ゆらめく燭台の明かりで照らされている。
足を踏み入れると、自分の床にうつった影がゆらゆらと揺れる。
何かの香が焚かれているのか、蠱惑的な香りがする。
中には煽情的な衣装に身を包んだ女性が幾人かと、コワモテの警備員。
あとは酒場のマスターに見える、きちっとした格好の男だ。格好はきっちりしているのに、その軽薄な雰囲気は消し切れていない。
「お客様。ご紹介はありますか?」
と、マスターは声をかけてきた。
「紹介なんて必要なの?」
「当店はご紹介以外はお断りしているんですよ」
「そうなの? 私は、美術店の店主に聞いてきたのだけど」
と店の場所を伝える。
するとマスターは得心したように頷いた。
マッテオの話によれば、マルクの店はカモをそれぞれ回すことで、多くの利益を上げているとのことだった。
なので、半ばあてずっぽう――とはいえほぼ確実に大丈夫だろうとは思っていたが――で告げた結果は、成功だった。
私たちはその、退廃的な空気の漂う店の奥へと入っていったのだ。




