マッテオ・ディヴィッツィ
私はマッテオと申します。
過去には闇ギルドの所属しており、恐れられたこともございます。
ですが今はただの老人であり、ラヴァル家の執事長をしております。
なぜそんなことになったのかと言えば、簡単に言えば恩返しでございますな。
私は昔、多くの仲間に裏切られました。
私の所属するギルドの頭目が私のことを警戒したのですな。
そのため多くのギルド員を連れて、私を殺そうとしたのです。
しかし私もそれなりに腕には覚えはございます。
そのため、彼らに私を攻撃したことを後悔させる程度のことはできました。
ですが、人数の差もあり勝つことはできず、命からがら逃げ出したのです。
そこを旦那様に拾われました。
彼は大きなけがをおった私に、事情を聞くこともせずに助けてくれ、使用人のはしくれにしてくれたのです。
私はその時、私の全能力を彼のために使うことを決めました。
その結果ただの掃除夫から執事になり、執事長へとなりました。
ラヴァル家にアデライード様が産まれ、彼女のお世話することが多くなりました。
気が弱いが、優しく、可愛らしい子供でした。
その後ルイ様が産まれ、奥様が亡くなりました。
そしてある日突然、旦那様が亡くなったとの知らせが届きました。
その時の衝撃は言葉で言い表せるものででありませんでした。
ですが私はその衝撃を堪えました。表にはほとんどだすことはしませんでした。
闇ギルドでは、感情を他人に悟らせることは良しとしません。
その時の経験でしょうな。
私はすぐラヴァル家の未来を予測しました。
どう考えてもよいことにはなりません。
旦那様は優しすぎました。そのため私は彼に尽くすことになったのですが、そうではない人間も多くいたのです。
それらが、ラヴァル家の親族たちです。
お嬢様も旦那様の血をついで、優しすぎる方です。
このままラヴァル家は終わってしまうかもしれない。
私はそう考えながら、お嬢様に狂犬になるように言いました。
旦那様は優しすぎて誰も処罰できなかった。だから周りに旦那様を食い物にする悪人が集まってしまった。
だから他人に食い物にされないよう、力を示す必要があるのです。
しかしお嬢様はやはり、できそうにありませんでした。
そうしているうちにマルクがラヴァル家にやって参りました。
旦那様の情報伝わるのが早すぎる気はしました。
それほどまでに、ラヴァル家には彼らの勢力が広がってしまっていたのでしょう。
そしてマルクのやつはあろうことか、お嬢様と婚約すると言い出したのです。
ふざけるなよ。下郎。
いっそ今すぐその首をはねてやろうと思いました。
ですが、お嬢様の意志を確認しないままに、そのようなことはできません。
私はラヴァルの執事です。
私は剣と一緒です。
お嬢様が望まれるなら目の前の敵をすべて屠りましょう。
どのような悪事でも行いましょう。
しかし剣はひとりで勝手に他人を切りません。
その後私はそれを後悔します。
お嬢様が、旦那様の執務室から身を投げてしまったのです。
優しすぎるお嬢様に、無茶なことをいってしまった。
私が、追い詰めてしまったのかもしれない
そう思いました。
お嬢様は一命をとりとめ、起き上がりました。
その日からお嬢様は変わりました。
目が違うのです。
何か達観したような、恐怖をどこかに置き去ってしまったような。
私は昔そのような目をした人間にあったことがあります。
彼は死の恐怖をしらないような人間でした。
尋ねてみるとこう答えました。
『怖くないのかって? そりゃ怖いよ。でもな、一度二度、死んだからな。それを思えば、死ぬほうが怖いよ』
お嬢様も飛び降りたことで、死を知ったということでしょうか?
ともかく、お嬢様は言いました。
『狂犬にはなりませんわ』
そう聞いたとき、私は自分の全能力を使って、お嬢様とルイ様を守ろうと考えました。
しかしそれは愚かな私の考えに過ぎなかったのです。
『触れるもの全てを破滅させる悪魔になってみせますわ』
そう言いながら窓辺で金の髪をなびかせるお嬢様は、神話の一シーンのように美しいと思いました。
そのあとに浮かべた笑み。
それには何よりも強い自信と、石にかじりついてでも目的を遂げる決意と、この世のすべてを見下すような傲慢。
そのすべてが含まれているように思いました。
私はこの方が使う剣であろうと改めて思ったのです。
さらにあの愚かな公爵令息のヘンリーに婚約破棄されたときも、お嬢様は折れませんでした。
カロリーヌという頭の足らない女に、金貨をぶちまけられたときも、折れませんでした。
屈辱と怒りを感じながらも、金貨を拾っていました。
多少でもプライドがある貴族なら、あのような慰謝料など突き返すでしょう。
しかしお嬢様は自らの手で一枚一枚拾っていきます。
このようなことは誰にでもできることではありません。
プライドを捨ててでもなすべきことがある、そのような強い人間だけができることです。
私も、強く腹を立てていました。
お嬢様に金貨を拾わせるようなみじめに見える真似をさせた公爵令息と、男爵令嬢に、煮えたぎる怒りを感じていました。
しかし私は同時に、そのような目にあっても、先のため怒りを屈辱を堪えて金貨を拾えるお嬢様を誇らしく思いました。
もう泣いているだけのお嬢様ではないのです。
お父様の死を乗り越え、強く強く成長したお嬢様です。
私が守るだけの存在ではなく。
このマッテオ・ディヴィッツィを使いこなす主。
いまだ状況は絶望的です。
使える駒は私と屋敷のわずかな騎士と兵士。そして同じくわずかなメイドと執事。
裏切らないと思える人材は数が少ない。
そして敵はマルクだけではなく、たくさんの親族たち。
けれど、きっとお嬢様となら乗り越えられるでしょう。
最近のお嬢様を見ているとそうなる未来しか私には見えませんでした。