16 騎士候補
アデライードはロランに会いに、ロランの寝ている客室へとやってきた。
「ロラン。いるかしら?」
「どうしたんだ? お嬢様」
言いながらロランが出てくる。
たった数日ではあるが、見違えるようだった。
ロランは数日美味しい食事をたくさん食べて、たっぷりと寝る生活を送った。
それでロランの血色はよくなっていたし、健康そうに見える。
健康そうな美貌の少年だ。
表情にあどけないいたずらっぽさがある。
「ロラン。私、あなたにしてほしいことあるんですの」
私がそういうとロランは顔を崩して子犬のように笑う。
「ああ。もちろん。お嬢様のためならなんでもやるよ」
任せて、とロランは自分の胸をどんと叩いた。
「ロラン、私は、あなたに騎士になってほしいんですの」
「……騎士に? オレが?」
そういってロランは自分の身体を見た。
確かに身体は厚みをましてはいたものの、まだまだ細い。
決して強そうには見えない。
「書類仕事のほうがよくないか? オレ、文字とかも読めるぜ」
過去男爵家だったというロラン。そこそこの教養はあるのだろう。
けれど違う。
彼は素早く優美な剣の使い手であり、そこらの女性よりも美しい顔を持った、恐るべき剣士になる素質を持つのだ。
原作では『剣舞う花のロラン』として、その名前だけで悪党どもを恐怖させる存在になるのだ。
多少できる文官として育てるより、確実に剣士にしたほうがよい。
少なくとも私はそう考える。
「ロランは、騎士になるべきですわ」
目をまっすぐに見つめていう。
ロランはこちらの意図をはかるかのように、見つめ返してきた。
それからうなずいた。
「お嬢様がそうしてほしいっていうなら、オレはそうするよ」
「よかった。では、行きますわよ。ロラン」
私がいうと、ロランが戸惑いの声をあげる。
「えっ、ど、どこに?」
「こっちですわ。ロラン」
手を引く私にロランがいう。
「お嬢様っ。そんなに引っ張らなくてもっ」
私は騎士館へと向かっていた。
今傭兵団に使ってもらっている騎士館だ。
第一騎士団とは別の物である。
ラヴァル家の騎士団は五つある。
アデライードはヴォルフ率いる傭兵団を六つ目の騎士団にするつもりだった。
五十人ほどからなる、戦闘のプロだ。
もう屋敷の近くにある騎士館に泊まらせている。
ラヴァル家の騎士団は昔よりも縮小しているため、館は余っていた。
もっとも、掃除をしないと使えない有様ではあったが。
そんな場所にアデライードはロランをつれてやってきていた。
「ヴォルフ、ヴォルフ~! どこですの~!?」
叫んでいると、傭兵団の人が
「おかしら~! おじょーさんがきてますぜ~!!」
と呼んでくれた。
すぐにヴォルフは二階から現れる。
相変わらずのモサモジャ具合だ。
そのむさくるしさは平服を着ていても変わらなかった。
紅顔の美少年であるロランとともにいれば、もし現代日本であれば通報されること間違いなしである。
「おう。どうしたお嬢」
「ヴォルフ。ちょっとお願いがあるのだけど……」
私はロランを鍛えてほしいことをヴォルフに伝える。
するとヴォルフは怪訝そうな顔をする。
「こんなひょろいガキを? 俺が? ろくなことになりやせんぜ」
私は自信たっぷりにいう。
「彼はとんでもない原石ですわ。あなたすら抜いてしまうかもしれませんわね?」
ヴォルフは面白そうに笑う。
「ほーん……」
「お、オレからも頼むよ!」
言ってロランが頭を下げる。
「いやぁ、ガキにはついてこれねえよ。俺たちの訓練はな」
私も頼もうとすると、ヴォルフは私の顔をみて、口の端をあげた。黙ってみてろ、そういっているようだった。
「そこを、なんとか頼む! お嬢様がオレに期待してくれてるんだ……!」
ヴォルフはその頭をつかんで、無理やり自分のほうを向かせる。
「なぁ、ガキ。遊びじゃねえんだ。期待されたからやりたい? そんじゃお前の意思はどこにあんだよ」
ヴォルフが顔を近づけて凄む。
鋭い目。歴戦の傭兵の顔つき。ヴォルフの身体からは戦意というか、なんというか、得も言われぬ恐ろしさが立ち昇っていた。
「お嬢様の望みを叶えることが、オレの意思だ!」
「戦うってのは、死ぬってことだ。殺すってことだ。おまえにわかるのか? ガキ。諦めろよ」
ロランは思いきり額をヴォルフの頭にたたきつける。
「死んだ人なんか、いくらでも見てきた! 襲ってきたやつを殺したことだってある! だから、オレは……!」
ロランの額には血がにじんでいた。
目だけがギラギラと輝いて、ヴォルフを睨んでいる。
ヴォルフは口を固く引き結んでから
「く、くく。くは、ははは」
そう笑った。
「な、なにを……」
「わりとおもしれーガキだな。いいだろう。お前を鍛えてやる。名前は?」
「ろ、ロランだ」
「俺はヴォルフ。傭兵団の団長だ。おまえ、うちに来るか?」
私は耳を疑った。
「ちょっとぉ!? うちのロランを引き抜くなんて認めなくてよ!?」
「あー……。そりゃ、そうよな。わりぃわりぃ」
「まっ、あなた方が全員私のものになるというのなら、貸してあげてもいいですけど?」
「それはもう少し考えさせてくれや」
「まぁ、いいですけれど……」
「それにしても、お嬢。あんたの眼どうなってんだ。俺の強さを見抜いたことはまだ、まあいい。けどこのガキの心の強さなんて、見てわかるもんじゃねえだろ。どうやってんだいったい」
「偶然ですわ!」
これが本当に偶然なのだ。ロランが強くなるのは原作知識で知っている。
しかし、ロランをロランだと知らずに拾ってしまっただけなのだ。
だからホントに偶然なのである。
「そういやお嬢も俺が凄んでも引かなかったな。あんた、すげえよ。お嬢」
「ふん。ようやくわかりましたの。なら私のモノになりますわね?」
「はは、そいつとこいつは話がちげえ」




