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14 髭面こわこわ傭兵だんちょー

 私は自分に足りない兵力を補おうと傭兵ギルドへと来ていた。

 ラヴァル家の騎士は誰が裏切っているかわからない状況だからだ。

 それならまっさらの新規の傭兵を雇ったほうがいいと考えたのだ。


「皆様、ちょっとよろしくって?」


 傭兵たちの視線が、すべて私へと集まった。


「あなたたちに話が――」

 と言おうとすると、一人のコワモテの傭兵が近寄ってきた。


 高い身長に鍛え上げた身体。ぼさぼさの髪。伸ばしっぱなしになった髭。

 ザ・山賊といた様子の容貌に、ちょっと面白くなってしまう。


「よぉ、嬢ちゃん。ここはあんたみてぇなガキ来る場所じゃねぇぜ。さっさと帰ってミルクでも飲んでな。じゃねえと痛い目を見るぜ」

 彼は腰を屈め、顔を近づけてくる。

 ぼさぼさの髪の間から見える瞳は、思いのほか澄んでいて綺麗だった。


 そのギャップに私は忍び笑いをもらした。


「お”? なに笑ってんだァ? いいからさっさとおうちに帰りな」

 彼は言いながら左右に目をやった。

 彼の視線を追うと、こことは別のテーブルの、おそらく別グループの傭兵がこちらをにやけた目でみている。


 別グループの傭兵の視線は、お父様の従兄を名乗ったマルクの視線に似通っている。

 おそらく私を金づるだと思っているような、そんな目だ。


――ああ、なるほど。


 私はまた笑ってしまった。

 私の想像が正しければこの目の前の傭兵は――


「あなた、優しいんですのね」


「ガキ。目ン玉ァ腐ってんじゃねぇのか?」

 彼はそういうが、まったく怖い雰囲気はしない。


 すると彼の後ろで笑い声があがった。

「かしら、そんなガキに優しいとか言われてやんの」

「ひゅぅー。お頭やっさーすぃ~」

 などとからかうような声があがる。


――周囲がいじっても怒らない団長なのですわね。

 当たりだ。


 実力はおそらく高く、団長も悪辣な人物ではない。傭兵などという稼業をしていて、優しさを忘れていない男だ。

 これは、買いですわね。


 私はにっこりと優雅に微笑んで見せた。

「私としても、帰れと言われて帰れる状況ではありませんの。余裕もあまりないのですわ」


「ガキの遊びならとっとと帰りな」

 彼は凄んで見せる。睨みつけるような厳しい視線だ。

 彼の身体から威圧的な雰囲気が立ち上る。

 見れば近くの傭兵たちも一歩後ずさっていた。


 私はその空気の中で、前に一歩近づいて見せた。

 すぐ近くで目と目が合う。


 私は笑みを深める。

「だから団長さん。お話だけでもしませんかしら? まずはあなたのお名前をお聞かせいただけませんか?」


 団長はがしがしと頭をかいた後小さく舌打ちをして

「ヴォルフだ。――おい! 奥の部屋借りんぞ!」

 団長は名乗った後、受付に大声で叫んだ。


 ヴォルフという名前には聞き覚えがあった。

 トワロマの傭兵上がりの騎士だ。攻略キャラではないが、仲間になるキャラだ。貴公子然とした甘いマスクと無口な男で、プレイヤーには人気があったキャラだ。

 武器をなんでも使用することができるという特性のため、斧だとか鎖鎌だとかのユニーク武器を持たせることが多かった。


 斧や鎖鎌などを得意武器とするのは山賊みたいなキャラが多かったため、強い武器でも余らせてしまうプレイヤーが多かった。

 そんなときに何でも武器を使えるウェポンマスターヴォルフが大活躍したのだ。

 同じ名前でも大違いだなぁと私は思いながら彼の後ろをついていく。


 ゲームのヴォルフはイケメン無口。こっちのヴォルフは実は気のいい粗野なおっさんである。

 ちょっと面白くなって私は含み笑いをした。


 傭兵ギルドの奥の部屋へとたどり着いた。

 ヴォルフはがん! と音を立ててドアを開いた。こんな扱いをされていたらいつか壊れてしまうんじゃないか、と思って扉を見る。案の定ひびわれていた。

 ずかずかと部屋の中に入っていく。


 中は商談用なのか簡素なテーブルと椅子がおいてあるだけだ。

 ヴォルフはその椅子にどっかりと腰をかける。

 顎で椅子を指し示す。座れということだろう。


 私が座ると、マッテオが私の後ろに立つ。

「なぁ爺さん。あんたが話したほうがいいんじゃねぇのか? このガキに話させるつもりなのか?」


 マッテオは微笑みを浮かべていう。

「ええ。お嬢様には必要な経験かと。そのくらいこなしてもらわないと困りますな」


 私は内心で息をはいた。

 マッテオの私への期待が大きすぎる。私が前世の記憶を持っているからいいものの、普通の十二歳には無理だよこんなの。


 違うか。

 それができない十二歳なら到底家門など守れないということか。


「ということであなたの交渉相手は私ですの」

「先に言っておくが、俺たちゃ猫探しとか子供の遊びなんてしねえからな?」

 ヴォルフは面倒くさそうにいった。


「あなた、ラヴァル家の騎士になる気はなくって?」


 しょっぱなからぶっぱなしてみた。

 騎士というのは簡単になれる存在ではない。

 実力、礼節、品性、知識、教養、忠誠、家柄、功績。

 これらのうち、複数が求められる。


 騎士になってから堕落したり、騎士の家柄で最初から堕落していることはあるが、まず初めに騎士になるのはかなり大変なことなのだ。

 なにせ変な人物を騎士にしてしまえば、自分の身が危険なり、家門の評判も落ちてしまう。

 だから騎士になるというのは、平民が夢見る立身出世のうちのひとつなのだ。


 ヴォルフは目を丸くしてこれでもかというくらい見開いた。

 後ろでマッテオの「おじょっ――」という声がした。

 任せるといったのだから黙っていなさい、と私はマッテオに手のひらを向けて制止する。


「私はアデライード・ド・ラヴァル。ラヴァル家の長女よ」


「……あのラヴァル家か」

 内情はぼろぼろとはいえ、ラヴァル家は歴史があり実績がある。外部からの評判はかなり高いのだ。


「そうですわ」


「はぁ……。答えはノーだ」

「ふうん」


「まず、俺は育ちがわりぃ。騎士様なんてガラじゃねえ」

「ああ。心配無用ですわよ。別に育ちなんてどうにでもなるわ。それに、力があればそんなのはどうでもいいのですわ」

 そのことを私は知っている。

 見た目の上品さなど何の役にも立たないことを。

 それにそんなものが必要であるなら、学べばなんとでもなるのだ。


「それに俺にゃ俺を信じてついてきてる野郎どもがいるからよ。あいつら置いていけねえんだわ。わりぃが、断らせてもらうぜ」

「あとはあなたのお仲間ですわね。全部まるっと引き取りますわよ?」


 ヴォルフはがくんと口を開いた。

 なんか間抜けな大型犬のようだった。


「お嬢ちゃん、冗談言っちゃいけねえや。そんなことをお嬢ちゃん一人で決められるはずがねえだろう。なあ、爺さん」

「私はお嬢様がお決めになったことに従うだけですな」


「本気かよ……」

 そんなふうにつぶやくヴォルフは私は余裕の表情でいう。


「ええ。私が決めます。私がすべてを決め、すべての責任をとります。だからついてきてくださらない?」

「そんならラヴァル伯爵からの契約書でも持ってきてくれ。信じられねえ」


 お父様のことを思い出すと私の心は痛む。

 けれどそれでも私は優雅に見えるように、笑って言う。


「お父様は死にましたわ」

 痛い。苦しい。けれど、こんな気持ちすら隠せないようでは、前へは進めない。


「そりゃぁ、悪いことを聞いたな」

「構いませんわ。当然の疑問ですもの」

 ヴォルフはただ言葉少なに「そうか」とだけ答える。


「私は、私の戦力が欲しいんですの」

「ラヴァル家の騎士団がいるじゃねえか。結構有名だぜ。手練れの騎士がいるとな」


「だからこそ、別の戦力が欲しいのですわ」

「わからねえな。騎士団はあんたのもんじゃねえのか?」


「裏切り者がたくさんいるとしても?」

「……ふむ」

「現在、私の家で最も強い権力を持つのが、十二歳の私ですの」

「ああ」


「ですから、ラヴァル家の家督を狙う不届き者が多いんですわ。親戚はほとんど全部がそう。手助けなどは見込めない。私の戦力が現在このマッテオ一人と、彼が太鼓判を押した少数の騎士くらいですの」

「血がつながってんのにか?」


「貴族なんてそんなもんですわ。この前も私と結婚しに来たっていう四十超えの男が参りましたの。ほんと、笑えますわ」

 ヴォルフはがしがしと頭をかいた。

「貴族ってのはクソめんどくせぇやつらだな。俺はそんなのごめんだぜ」

 彼は面倒くさそうに言った。


「そう、ですの……」

 他の二つの傭兵団は気が進まない。他にもあればいいのだけれど。

 私はそう考えながら言った。

「では、この話は聞かなかったことに――」


「待てよ嬢ちゃん。くっそめんどくせえ、関わりたくねえ、きもちわりい。その気持ちはほんとだぜ。でも、断るとは言ってねえだろ」

 ヴォルフは深いため息をはいた。

「受けてやってもいいぜ。うちのやつらも文句は言わねえだろ。多分な。だからよ、報酬はきっちり弾んでくれよ?」


「ええ。ええ! よろしくお願いするわ。ヴォルフ。ありがとうございますわ」

 そういって私は立ち上がり、ヴォルフに深く頭を下げる。


「こんな傭兵に丁寧にしなさんな。じゃあよろしく頼みますぜ。マイレディ」

 ヴォルフも立ち上がり、片手をおなかの前にあて、貴族の家臣のように一礼をしてみせた。

 それは相当不格好な礼ではあったが、彼の気持ちがこもっているように感じた。


「……ふ。あまり、似合ってはいませんわね」


「うるせえな」

 ヴォルフは照れ臭かったのか、少し赤くなって頬をかいていた。


 私は彼らを引き連れ、屋敷へと戻った。まだ街に用事のある傭兵などは、明日きてもらうことになった。


 そして、屋敷に戻ると、騎士たちが傭兵たちに因縁をつけたのだった。

 どうしてこうなった。

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