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11 スラム街とは怖いところですわ

 私は婚約破棄をされ、屋敷を後にした。

 そしてスラム街でひたすら殴られ続け、それでも立ち上がる少年を見つけた。


 私は一歩彼らのほうへと足を踏み出した。

「お嬢様」と引き留める声があったが、私は片手を差し出して制止する。


 明らかに自分より大きな相手が複数。それでも一歩も引かない少年。

 その姿は、私には尊いものに見えた。

 私もそうありたいと思った。


 今は自分のことで精いっぱいだ。他人のことにかまけている暇などない。

 それはわかっている。

 けど、それでも彼を救いたいと思った。


「お待ちになって」


 私の声に、少年も男たちもこちらを見た。


「その手を止めなさい。下郎」


 男のうちの一人がカチ切れた顔でこちらを睨む。

「ンダオラ、スッゾ、テメコルァ! オ!?」

 何を言っているかわからないが、威圧の言葉だということはわかる。

 きっとスラム語だろう。


 聞いたことがある。スラムの人間は威嚇や臨戦態勢に入ると独自の言語を使うことがあると。


「その薄汚くみっともない真似をやめなさいと言ったのよ。ご理解できて?」

 私は冷たい声でいう。


「ンダテメ! コッスッゾ! ナニミテン!?」


 すると傷だらけの少年が叫んだ。

「やめろ! こいつら、この辺でやべえやつらなんだ! 関わるな!」


 私は大丈夫だというように少年に微笑んでみせた。


「マッテオ。彼らにもわかる言葉で教えてあげなさい」

 私が言うとマッテオは一歩前へと出る。


「彼にもわかる言葉というと、難しゅうございますな」

「わかりますわよね。言葉の通じない相手に通じるものは一つしかないでしょう?」

「老人使いが荒いですな」


 ごろつきたちは「いい服着てる爺と女のガキだ。さらって売っちまうか」などと話している。

 なぜ仲間内のほうだとわかる言語で話しているのか不思議ではあった。


「やっておしまいなさい。マッテオ」


 言った瞬間であった。マッテオはごろつきのうち一人の懐に入り込んでいた。

 掌底で顎を打ち抜く。

 ごろつきは糸の切れたマリオネットが如く崩れ落ちる。

 唖然とする他のごろつきのみぞおちを拳で打ち抜き。

 最後の一人の頭をつかんで、壁へとたたきつけた。


 5秒もかからない間の出来事だった。


「多少鈍ってしまってますなぁ」

 そんなことを言ってマッテオが笑った。


 私は少年のほうへ近づいた。

「大丈夫かしら?」

「あ、あんたたちは一体……」


「通りすがりのただの女の子ですわ」

「えぇ……?」

 あまり納得していないようであった。


「ところで一体どうしたんですの?」

 と尋ねると、少年は答えた。

 今足元に転がるごろつきたちは、最近勢力を急速に拡大している集団であるらしい。

 スラムの人間を傘下にいれて、悪行を行っているらしい。

 少年はいうことを聞かないので、暴行を受けていたようだ。


「それじゃあ、あなた。私と一緒に来なさい」

 当然のように言い切る。

「……迷惑になっちまうだろ。俺なんもできねえぞ」


「じゃあここにいるつもり? ここにいても、生きていけないでしょう。それに何もできないなんてことはないわ」

「…………できりゃぁ、あんなやつらに負けてねえよ」


「できているわ。あなたは、決して折れなかった。殴られ蹴られ踏みつけられても、立ち上がった。不屈の意思をもっているわ」


 本心だった。今私が欲する心の強さを少年は持っている。私はそう思った。


「…………そりゃ、あいつらに負けるのが嫌だっただけだよ。俺なんて」

「価値がないとでも?」


「……ねえよ。ゴミみてえなもんだ」

「それなら、あなたを私が貰うわ。あなたにはきっと価値がある。それを私が証明してみせますわ。だから、私と一緒にきてくれないかしら?」


 そう言って少年に手を伸ばす。

 少年が手を取らないことにイラっとして、無理やり少年の手をとった。


 戸惑う少年を引っ張って私はいう。

「ということですの。マッテオ。彼、連れて帰りますわ」


 そこに一人の男が現れた。

「話し中のところ済まない。少し待ってはいたが、なかなか終わらなくてな」

 彼は雨よけのコートを着てフードをかぶっていた。

 同じような格好の男が後ろに複数人いた。


「そこに転がっている男たちを貰ってもよろしいかな?」

 その言葉に私は警戒をしてにらみつけた。

「こいつらの仲間ですの?」

 その割にきれいな発音だった。どこか高貴さや気高さすら感じる。


「く、くはは。あはははは」

 という笑い声と、後ろにいた男たちから

「無礼な!」という声があがる。

 高貴な話し方の男が「よい、よいのだ」という。

 彼はフードを取り去る。

 するとさらりと、きれいな銀髪が現れる。神秘さと力強さを感じさせる紅い瞳。高貴で美しい顔立ち。

 あれ、どこかで――。


――ガブリエル・ルイス・ダ・シルバ。

 私は思い出して口を手で閉じる。


「私は今、帝都の治安維持をしているものだ。今帝都に出回っている新種の幻覚剤のようなものがある。その出所が、彼らのようなのだ」

「……なるほど」

「だから私は尋問のために彼らを引き取りたい。よろしいかな?」


「え、ええ。よろしい、ですわ」

 彼は原作ゲームにて、いくつかのルートでラスボスになる存在だ。


 この国の皇子だ。美しく武芸に優れ勉学にも優れている。そして正義を愛する心を持つ。

 わりと気さくでいい人らしいのだが、正義の信奉者である。悪党にはとても恐れられる存在である。原作ゲームトワロマでは、攻略対象が悪役のため彼とは必然的に敵対する。


 ゲームではそれぞれの攻略対象ごとに3つの分岐ENDがある。

 主人公の心清らかさにほだされた悪役が、心変わりをして正義に目覚めていくHAPPYEND。

 主人公が悪役を翻意させることができず、悪役とともに歩くTRUEEND。

 そして悪役のために尽くすが最後に捨てられてしまうBADEND。


 このHAPPYENDでは、悪役が正義に目覚めたとしても信じられず、また、過去の悪行の責任をとれと敵対する。

 TRUEENDでも悪役は悪役のままなのでもちろん敵対する。

 この二つのENDで、ラスボスを張ることが何度もある存在である。


 悪の話など聞くことはないと、一切の説得無視で切りかかってくる。普通にプレイしていれば、策略を練り彼を孤立させたうえでも簡単に勝てない化け物だ。


――なるべく関わらないようにしとくが吉ですわ。


「そ、それでは、おほほ。私たちはここらでちょいと失礼いたしますわ」

 そう言って、先ほどごろつきに殴られていた少年の手を引いていく。


 私は足早に立ち去ろうとする。


「それにしても君は珍しいな。見たところ貴族のようだが。民に対する慈悲を持っている。雨の中、スラムの少年を助ける令嬢など、私は寡聞にして知らない」

「ほ、ほほ。ふつうですわ。フツーフツー」

 興味もたれてるうううう!?


「失礼だが、お名前をお聞きしてもよろしいか?」

 やば。

 どうしよう。


 大丈夫。

 もう関わらなきゃいいだけですわ。

 どこの誰だかわからなきゃ探しようもないはずですわ!?


「ふ、フツーノ。私の名前はフツーノですわ……」

「家名は教えてはもらえないのかな?」


――この男。ぜってぇ関わりたくねえですわ!


「フツーノ・アクヤクレジョーですわ」

「フツーノ……。良い名前だ」

 私は吹き出しそうになった。


――耳腐ってるんじゃありません!? この場合は脳かしらぁ!?


「では、失礼いたしますわ」

「機会があれば、また会おう」

「ええ。機会がございましたらね」


「こちらの者に君を送らせよう。この辺りは危ないからな」

「け、結構ですわ。そんなことしていただくには及びません」

 私はそういって、足早に立ち去った。


 去っていく私の耳に「不思議な令嬢だ」という声が聞こえた。

 そんな「おもしれー女」みたいなセリフが聞こえたのは幻聴ですわ。

 絶対そうですわ。




 そして私は屋敷に帰った。

 その途中の馬車の中で聞いた、孤児の少年の話。

 それを聞いて私はとても驚いたのだった。

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