ラディリアス編 ブラッディ·レイン
音也が勇者として、活動し始めてから半年後。ラディリアスは上司であるオニキスに呼び出されていた。
しかし、そこで彼が告げられた事は。
「…どういうことだ。オトヤはもう不要だと!?」
「その言葉の通りだが?彼はな、危険なのだよ。能力ではない、影響力の高さがだ。君も同行したから分かるだろうが、彼は魔王軍の影響下にあったいくつもの小国と地域を解放した。…彼が人間国の政治への影響を与えないようにするため、君を付けたはずだったのだがね」
「…それは。殆どが成り行きだ!旅の最中に起きたことだ!」
オニキスが溜め息をつき、彼を睨む。
「…だからこそ余計に悪いというのが分からんのかねぇ?例え成り行きであろうと、人民に変わるきっかけを与える…始めはさほど影響力があったわけでも無かったが故に見逃したが、もう今は話が違う。奴は危険だ。…我々の地位を脅かしかねんほどにな」
「…もうこれ以上あんたと話すことはない。今後一切僕たちに近づくな」
「君は私を脅せる立場にあると思っているのかね?」
「…黙ってろ。何か少しでも干渉があるようなら…殺す」
「ふん…。勝手にするといい」
そうして、ラディリアスはオニキスの前から立ち去る。
(ジェラルド様。犬が裏切りました。勇者はこれからルドゥラの街を救出に行くようです)
(そうか。では、お前ももういいぞ。-屍術-解除)
「…は?」
一言呟いた後、オニキスはその場に崩れ落ちる。
彼は既に死んでいたのだ。
「哀れなやつだ。自分が既に殺されていることすら気付かずに死ぬとは。…いや、寧ろ奴らのこれからに比べれば途轍もない幸運であろうな」
◇◇◇
同時刻、王国の宝物庫にて。あの後いくつもの功績を上げたオトヤは国王より褒美として、宝物庫の物から好きに選ぶ権利を与えられた。
付き添いとして、アイザック。それと兵士が2名付いている。
「なぁ、アイザック。こういう魔道具って誰が作ったんだ?」
「ユーガ·ツクモという魔道具職人だ。六英雄の一人としても有名だな。消失魔法を復元したり、伝説級の魔道具を復活させたりと、今でも彼に追い付く人間は居ないと言われている程だ」
アイザックの言葉に、怪訝な顔をするオトヤ。
「ユーガ·ツクモ…?待ってくれ。俺、その人聞いた事がある気がする…」
「どういうことだ?オトヤ」
オトヤは話を続ける。
「幼い頃に聞いた話だから曖昧なんだけど…昔爺ちゃんから聞いたことがあるんだ、自分には年の離れた弟が二人居て、でも、学校に行った筈のある日、次弟が突如として消えて、行方不明になったって。で、俺の爺ちゃんの名字は九十九だ」
「…それが、伝説のユーガ·ツクモと同一人物だと?ツクモは何百年も前の人間だぞ。お前の祖父の弟と同じ人間なら、せいぜい百年やそこらの人間だろう。時間軸が合わない」
「そう云うのも関係ないとしたら?」
「…その根拠は?」
「その人が行方不明になった俺の親戚だと証明出来れば良いんだけど…」
「あれ?まだ選んでたの?二人とも。何か話してた?」
ラディリアスが二人に声を掛ける。
「大した事じゃない。ユーガ·ツクモがオトヤと縁戚かもしれんという話だ」
「え?いや、流石に違うんじゃないの?ツクモは君より前の人間だろ?何百年も前の人間だ」
「あぁ、俺もそう言ったんだがな。ツクモが異世界の人間だと仮定して、こちらの世界と異世界の時間軸の流れが違うのであれば、可能性はある」
「ま、誰にも分からないし、今は良いんじゃない?そんな事より、何もらうか決めた?」
「あぁ!こいつにする。聞いてくれよ、こいつはな…」
「あぁこれね、良いと思うよ。こいつは魔力を載せた分だけ攻撃力が上がるやつだ。魔力の塊のオトヤには合ってるよ」
「なんだ、知ってるのか」
「うん、これ有名だからね。かなり昔からある神話級の武器だ」
「そんなに凄いのか、これ…」
その後、宝物庫を出た3人は、宿へ戻り、二人と合流した所でルドゥラの街へ出発する。
彼等に待ち受ける運命も知らずに。
◇◇◇
やはりあの日、止めれば良かった。それかついて行けば良かった。
そうすれば、結果は違ったかもしれないのに。
でももう、全てが遅い。いくら嘆いてもこの現実は、何も変わらない。
『別に3人で帰るだけだろ?そんなに俺達が信用出来ないのかよ。…大丈夫だから。貰った剣もあるからさ』
『そりゃ、勿論信用してるけどさ…』
『なら、平気だろ?ラディリアスも任務があるんだろ?行ってこいって!』
『そう?なら、信じるよ?』
『おう。任せとけって。二人は俺が守るからさ』
ルドゥラを解放した後のこと。結局、あれがオトヤとの最後の会話だった。
アイザックも特別任務とかいうのを任されてしまい、嫌々ながらも、パーティーから一時離脱した。
聞くと面倒な任務とのことで、内容についてははぐらかされた。
その後、僕も帝国近くの街でパーティーから離脱し、一足先に王国へ戻る最中のことだった。
休憩を取ろうとして、とある店に入った時の事だった。
ふと、会話が聞こえた。
「おい、聞いたか?最近帝国との国境付近で盗賊団が出没してるんだってよ」
「あぁ、それなら俺も聞いたぜ。しかも何やら、魔族みたいなのも紛れ込んでるって話だろ?」
「らしいな。しかし、ルドゥラも不運だよなぁ。少し前まで魔族に狙われて、今度は盗賊かよ。呪われてんじゃねぇの?」
その話を僕は聞き逃さなかった。客に駆け寄り、話に割り込む。
「おい、今の話本当か!?」
「お、なんだよ、兄ちゃん。冒険者かなんかかい?」
「巷じゃ噂になってるぜ。今あそこに行くのはやめときな…おい、兄ちゃん?」
僕はそのまま店を飛び出した。
◇◇◇
雨の降る中、僕がルドゥラに着いた時。
目撃したものは、地獄の方がまだ幸せ。そんなどす黒い景色だった。
「オトヤ…」
まだ僅かに息をしていたが、両足と右腕が無い。身体中に様々な傷があり、大量に出血している。しかも毒をくらってる…。
「グレース…」
彼女はもう魔力反応も無かった。彼女は上半身と下半身が分かれていた。
「ミア…」
最後に彼女らしき遺体を見つける。らしきと言ったのは、下半身から上が消し飛んでいたからだ。
しかし、傍らにある折れた槍と、その格好はまさしく彼女だ。
何が起きたのか分からず、立ち尽くしていると、薄汚い格好をしたナニカがぞろぞろとやって来た。
「お?てめぇは…。親分!あいつもリストに乗ってるやつですぜ!あいつも殺しちまえば、更に金が―」
僕は僕を指差して何かを言っていたコレの首をもぎ取る。
「…なんだよ、何なんだよ、これは。オトヤ…君達に何があったんだよっ!?」
僕は持っている首を投げ捨て、光属性の大規模魔法を発動させる。親玉のそいつ以外は全員殺した。
この目で見たから間違い無い。
「て、てめぇ…俺達にこんな事してただで済むと―ぐおっ!?」
「そのテメェらは…僕の仲間に何をした…?」
「は…はぁ?」
「何をしやがったって…聞いてんだろぉがっ!!!」
僕はミアの折れた槍をそいつに突き刺す。
「ぐああっっ!!てめぇ、いい加減に…ぐげっ!?」
槍を突き刺しては抜き、もう一度突き刺しては抜きを繰り返す。
それを何度も繰り返していると、コレは何か言い始めた。
「ぐはっ…悪かった…悪かったあっ!俺達が悪かった!だから命だけは―」
近くの岩を使って、ソレの頭を潰す。最後に何か言っていたが、僕には理解出来なかった。
きっとこいつらは人間じゃないから、僕の言う事も解らないし、自分達が何をしたのかも解ってないんだろう。
僕はソレの持ち物を探ると、紙が出てくる。これが言ってたリストか…
「おい、どういう事だよ…」
「ラ、ディ…」
オトヤから声が聞こえる。まだ生きているんだ。助けられるかもしれない。
「オトヤ!しっかりしろ!せめて君だけは死なせない!」
「なぁ…」
「喋るな!今毒抜きと止血を―」
「ラディリアス…俺達はさ、―――――――――――――?」
手が止まってしまった。それは、おそらく勇者から聞いてはいけない言葉だ。
その問いに僕は答えられないまま、オトヤは死んだ。
僕は3人を棺桶に入れ、埋葬する。オトヤが貰った剣は何処にも見当たらなかった為、グレースの杖とミアの槍を立てかけ、墓碑代わりとした。
「さて…行かなきゃな」
◇◇◇
僕は血まみれの姿のまま、王宮の前に歩いてくる。僕の姿を見た衛兵が止めに来る。まぁ、当然だろう。
「ラディリアスさん!?どうしたんですか、その姿は?」
「気にしなくていいから。入れて」
「そういう訳には行きません。何があったんですか?まずはそれを落としてーぐっ!?」
二人居る衛兵の内、近い方の首を絞め、持ち上げる。
「ねぇ…余計な事喋ってる暇ないんだ。どいて?」
「ぐ…ぐぁっ!」
「ラディリアスさん!何をしてるんです!それ以上続けるのであれば拘束させて…がぁっ!」
肩を掴んできたこいつに首を絞めている衛兵を投げ飛ばし、門を風魔法で破壊し、王宮に入る。
「さて…話し合いをしようか、王」
そう意気込んで王宮に入ったものの、それは無理だった。
「何なんだよ、これ…」
玉座に座る首の無い遺体。おそらく服装から察するに、国王だろう。だが、その遺体がこうなったのはいつなのだろうか。床に広がる血溜まりはとうに渇き、黒く変色している。
「なんでこいつらはこれに気付かなかったんだ」
「私が面会させず、書類仕事等は代筆していたからですよ」
僕の疑問に後方から答えが聞こえてくる。
「宰相…お前、何をしたっ!」
僕は光矢を放ち、宰相の身体に穴を開ける。しかし、平然と立っている宰相。
「残念。こいつにいくら攻撃をしようと無駄な事だ。既に死んでいる」
宰相の後頭部を掴んで投げると、影から誰かが出てくる。魔族だ。
前にアイザックが見かけたって言ってたやつか?
「誰だ、お前は!」
「哀れな事だ。あやつの仲間なら、冷静でさえあればこの状況に気付き、先ほどのような事はしなかっただろう」
「どういう意味…ちっ、そういう事か!」
「そうだ。お前は国王と宰相を殺害した者として、追われる事になる」
「何を言ってやがる!お前がやったんだろ!」
「そんな証拠は何処にも無い。私はこの国の行く末を見に来ただけだ。まぁ、もうこれまでのようだが」
そう言うとその魔族は姿を消す。間もなくして、兵士達が乗り込んでくる。
「ラディリアス殿…いや、ラディリアス!国王、宰相殺害容疑により、拘束させてもらう!かかれ!」
「ふざけんなよ…ちくしょうがぁっ!!!」
魔力爆発を起こし、王宮を半壊させる。
「もう全部…ぶっ壊れちまえよぉぉぉ!!!」
空中に飛び上がった僕は頭上に異常な大きさの火球を無数に発現させる。
「恨みたいなら勝手に恨め。この世界が悪いんだ!!!」
1つを残してそれを街の至る所に投下する。それと同時にこの国に対人結界を張る。
誰も出さない。全員、死んでクレ。
「さようなら、王宮。この国は今日終わるんだ」
最後に残した最大の火球をゆっくりと投下させる。
壊れかけの王宮が吹き飛ぶ。残っているのは右棟だけだ。これぐらいは合ってもいいか…
街から誰かの叫び声が聞こえる。
そうだ…この国の民に罪は無い。なら…
「苦しませずに殺してあげるべきだよね。-命尽-」
この国の地上全土に魔法陣を出現させる。これは対象範囲内の人間から生命力を魔力として変換し、死ぬまで吸い尽くす魔法だ。苦しみは無い。眠るように死ねる。
「ははは…ひゃはははははぁあっ!あぁ…ぐぁっ。うえっ…魔力過多だ…不味い…消費しなくちゃなぁ!早く別の魔法を使わないと…!」
この国の人間から魔力を殆ど吸い尽くし、命尽を切った後、僕は自分の身体に起きている異変には気付かなかった。
◇◇◇
王都に続き、周辺の地域も滅ぼした。この国は終わった、終わったんだ…!
それで?その先に何がある?何をしても、皆は戻ってこないじゃないか。
アイザックも戻ってこなかった。あいつも裏切ったんだ、そうに違いない。この世界に僕の居場所なんてもう無かったんだ。なら…そうだ、そうだよ…。
「ははは、何だよ…簡単なことじゃないか!世界が僕に振り向かないなら……僕が世界を創ってやればいい!!」
「魔族が暴れていると聞いて来てみれば…人間ではないか。…うむ?」
ラディリアスの直ぐ後ろに謎の男が浮かんでいた。
「あぁ?…何だよ、お前。その魔力…知ってるぞ」
「…魔力回路が暴走して尚意識を保っているとは…小僧、本当に人間か?」
「うるせぇなぁ…口挟むんじゃねぇよ!」
ラディリアスが後ろの男に殴りかかる。が、その男は躱しもせず、平然と受け止める。
「小僧、世界に絶望するのは勝手だが、それは余りに小計で傲慢ではないかね?」
「…何だと。お前に何が分かんだよ!」
「我等魔族が居ることも忘れ、自分の為の世界を望む…愚かと言う他あるまい。が、我等魔族側に来れば今よりは心地よい世界をお前にもたらすことが出来る。身体を魔族に変えれば、その症状も、何とかしてやらんこともない」
「黙ってろっ!俺を怒らせんなよぉ!」
ラディリアスが彼に掴みかかるが、逆に自身の首を絞められてしまう。
「落ちつけ、小童。一旦、意識を落とさせてもらうぞ」
「て、てめぇ…」
(…これは珍しい症状の奴が居たな。私が来たかいが合ったというものだ。研究のしがいがある)
◇◇◇
「…何だここ。牢屋?てか、何だよ、これ」
ラディリアスは気が付くと、辺りを見回す。見ると、自身の腕には点滴のようなもの、手首には腕輪らしきものがついていた。
「…何で上裸?」
「ようやく起きたか。ここは私の研究所だ。悪いが、魔力を吸収しているぞ。その腕輪でな」
「…別にいいよ。なんならあんたに殺されて、あの場で破滅したって構わなかった」
「馬鹿を言え。お前は半年もの間眠っていたのだぞ」
「え?」
「こいつで自分の身体を見てみろ」
ラディリアスを無理やり連れてきたその男は、空間から鏡を取り出すと、彼の前に立てかける。
「…ほんとに半年?凄い髪伸びてるんだけど」
彼の髪は座っている今も地につく程伸びており、彼の灰髪の右側は、赤いメッシュが入っていた。
だが、何より彼を驚かせたのは―。
「…それにこの額のやつ何?」
額の左側から角が生えていたことだった。
「お前が眠っている間に身体を調整しておいた。その副作用だろう。それは魔族になりかけの証拠だ」
「僕が魔族に、か…」
(おかしいよな…人間の味方に裏切られて、魔族に捨てる筈だったこの命を救ってもらうなんて。でも、もういいんだ。オトヤ、グレース、ミア、今後は君達を助けられなかった自分への罰、贖罪の為に生きる。死にたいから、楽になりたいから、そんな自分を許さない為に…この罪を背負って、生きる)
「…そもそも赦しをもらえる日なんて来ないだろうけど」
「肉体が魔族に変わったら、魔王軍に来い。魔王様は世界の現状を変えようとしておられる」
「…良いよ。但し、自分の目で見極めさせてもらう」
「それは自分の好きにするといい」
「てかさ、あんた誰?前に戦ったことあったと思うんだけど、敵に興味無かったし」
ラディリアスが今更の質問をする。
だが、それは相手も同様であった。
「私は魔王軍幹部長カイデンだ。では私も聞くが、お前の名はなんだ」
「…ラディリアス、ただのラディリアスだ」
「…そうか、ただのラディリアス、か」
「あぁ。人間時代の名は捨てた」
「では、ラディリアス。早速本題に入るか」
「魔族に生まれ変わるってやつだね。どうやるの」
「ついて来い。それから説明してやる。それと、その髪は今その場で適当に切れ。長過ぎる」
「はいよ。これでいい?」
ラディリアスは手刀で自身の髪を整える。
火球を無詠唱で繰り出し、髪を燃やす。
「ほぉ。無詠唱が出来るのか、珍しい。では、来い。下に降りれば当分は日の目を見ることは叶わんからな」
「別にいい。さっさと行こう」
カイデンとラディリアスは階段を下りていく。
地下に入れば、自分は確実に人間を捨てることになる。
だが、ラディリアスに躊躇いはなかった。
愛されず育ち、守りたいものも守れず、何もかも無意味なこの人生に、生きて自らに苦を与えることを決意していた。
死して楽になることは許されない。この運命から、逃げるという選択肢は無い。
だから、彼は人間『ラディリアス』であることを捨てる。
そして、魔族として罪を背負う。
来ない赦しを求めて。
これは、彼が魔王軍幹部として就任する、約二百年前の出来事である。
中編です。出来るだけ早めに後編を投稿出来るよう頑張ります!
これは昨年から書き始めたものなので、今と矛盾していると感じた所があれば、教えていただけると嬉しいです。
閲覧ありがとうございます。
感想、誤字脱字等の報告よければお願いします。
ブクマや下の評価いただけると幸いです。