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銀の傭兵

復讐の銀獅子

作者: 朱衣ゼロ

 故郷に大切な者を奪われた。


 彼女は、うつくしい人だった。

 深き森の住民であることが嘘のような、光輝くブロンドの長い髪と。

 俺と同じ、蒼の瞳を持つ心やさしき人。


 部族の掟に従って彼女は辛い境遇に置かれていたが、それを感じさせない微笑み。

 俺がこっそりと肉を差し入れすれば、驚いた表情のあと決まって目を細める。


 それだけで良かった。

 俺にとって、例え彼女と結ばれない運命だったとしても、その喜んだ顔を見る事が何より幸せなことだった。


 しかし、彼女は魔術師だった。

 その力のおかげで俺は今、こうして生き永らえている。

 俺を生かしたはずのその事実は、『彼女の命を奪ったもの』として俺から日々、生きる意味を削いでいく。


 見えない。聞こえない。


 そんな現実と乖離(かいり)した感覚が、彼女と、あの時の記憶に触れる度呼び起こされる。

 未だ直視できないでいる。




 春。

 寒さを耐え、芽吹いた新しき命を迎えるはずの人間は、今日もどこかで同じ命を刈り取る。

 雪解けの報せは、人間にとって戦いの合図となった。


「──レオ。本当に、いいのか?」

「……あぁ」

「やめるなら、今だぞ?」

「いいんだ」

「……生まれた地に剣を向けるのは、……辛いか?」

「どう、なんだろうな」


 冬の寒さに比べれば、幾分か手の動きも軽くなる。

 確かめるように右手を握れば、金属の擦れる音がやけに響いた。

 敵国に一番近い、周囲を城壁で囲った要塞都市で出立の時を待つ俺達は、傭兵だ。

 ほんの少し肌寒さが残る空の下で、東の門から遠くに映る森を見る。


 流れの傭兵部隊を率いるキリロは、歳は三〇ほど。浅黒い肌をした赤茶色の髪の男で、この辺りでは見掛けない特徴を持つ。

 故郷は遠い場所なのかもしれない。だが、戦いで糧を得る俺らにとって、それは些細なことだった。

 キリロは倍給兵(精鋭)で、傭兵と言ってもほぼ国に属する者。装備も半甲冑、中々に充実している。景気が良さそうだ。


「オレには経験がねぇからなぁ。まっ、なんかあれば言ってくれ」


 辛い、のだろうか。俺にも分からない。

 しかし、そうするしかないのだと思う。

 死の迫る中、彼女の最後の(まじな)いで隣国に飛ばされた俺は、この二年。二年もの間、この時のために生きてきた。

 だから、俺は行かねばならない。


 腰元の剣に触れる。柄をぎゅっと握れば、彼女の最期の瞬間が目に浮かぶかのようだ。

 この場所を強く、強く握りしめ、彼女のしなやかな肢体と頭部のつなぎ目を水平に薙ぎ払ったあの男を。

 あの男だけを討つために、俺は生き残ったに違いない。


 魔術師というだけで、彼女に誰かを愛することも許さなかったあの場所を、俺は──


「あんま、無理すんなよ。情がどうのって話じゃねぇ。戦場じゃ、迷いが命取りだ」

「分かってる」


 分かっているはずの俺は、見付からない答えを探しに彼の地へ赴く。




 二十の頃。

 この国──ヴェンデル王国と隣り合わせで広がる地、東部辺境諸国に俺はいた。そこは、幾つかの部族がそれぞれの縄張りを治めていて、それぞれが都市国家のように独自の領を築いた。部族同士はそれほどの繋がりはなく。しかし、異なる信仰を持つ侵略者たちに対しては、協力して追い払ってきた。


 この大地がどれほど続くのか。それが分からないほど閉鎖的な集まりであった俺の故郷周辺では、土地そのものに神が宿ると信じられていた。

 森や川、山といったものの所有を主張することで、部族の結束を得、縄張りも示した。


 今、俺のいるヴェンデル王国では、国民のほとんどが違った教えを信じている。それは近年、安定した国を築き上げた者たちのほとんどが信仰するとされるもの。


 ルーデル教。

 統一神ルーデリオンと、その他の神々。彼らを崇めるその教えは、人間が不幸な出来事によって何かを失うと、神々が手を差し伸べるという。

 (さい)(たね)、魔力、そして魔力を持つ人間──魔術師としての名の三つを授ける。


 魔術師たちはその魔力と才で人を助けることにより、また魔力のない者は彼らを敬うことにより、今だけでなく次の人生も明るいものになるそうだ。

 新参者の俺には、未だその考えは浸透していない。


 この教えを国教とした周辺国は、目覚ましい成長を遂げていると聞く。

 それもそのはず。魔術師を崇めるためとはいえ、彼らを国が管理下におき、その力を戦に転用しだしたからだ。

 魔力のない人間を助けるため、という名目らしい。加えて、国が雇用し給与を保障する。制度そのものが、魔術師を含め騎士、傭兵問わず普及し、乱立した都市国家や小貴族達の統治へと繋がった。

 要は、金だ。


 対して故郷周辺の地域では、魔術師は異端の者とされる。

 魔物や妖魔と同じ、『脅威』であり『敵』であるとされた。

 土地神の怒りに触れ、人ならざる者となった彼らはあらゆる欲を禁じられ、虐げられた生活を送る。

 特に、俺の育った部族では畏怖の対象であった『森』の管理者。

 土地神の住まう、異界に繋がると信じられたその場所の近くで、本人の意志に関係なく木こりや製粉業、あるいは農業と言った労働に従事した。どれほど働いても取り立てられることはない。


 結婚はおろか、誰かと愛し合うことも許されず。

 時に部族の夜の伴をすることを強いられ。

 起床と就寝の時間は管理され、食糧も部族優先。彼らが生産した物は一旦長に預けられ、余った物が配給される。 

 魔物や動物を狩った肉は許されたが、農民として過ごす彼らにその力はないに等しい。


 魔術師を異端にする、ということはその力も禁忌のもの。俺の育った地では戦にそれを用いない。


 今回攻め込むヴェンデル王国側は、魔術師本人を戦に引っ張り出すことはしないものの、彼らの作り出す魔術具には頼る。炎や植物を操るその異能の力は、魔力の無い人間には極度の疲労感を伴う。使えて一回。よくて二回が限度の代物だが、絶大な効果を発揮した。


 ──つまり、故郷は絶体絶命の危機に瀕していて、俺は侵す側に立つ。


「ジュラナンだけは、俺にやらせてくれ」

「ん? そいつぁカデナ・レス(黒き森のカデナ)の長、……いや。その息子だったか。仇討ちか?」

「さぁな」

「いけねぇなぁ、レオ。これはお前の戦いじゃねぇ。意味を持つのはお偉いさんで、オレたちにとっての意味は、金だ。

 ……しかし、まぁ。混沌とした戦場では、たまたま出くわすことも、……あるかもな?」

「……恩に着る」


 手をひらりと振りそれ以上踏み込まない男は、きっと歴戦の強者(つわもの)だ。引き際を心得ている。


 今居る地から正面を臨めば黒き森。カデナ・レスの治める……俺の故郷。

 右手を臨めば、遠くにはアスタル・モラヴァ(白き川のアスタル)の地へと繋がる川が。


 キリロ率いる傭兵部隊は、俺の生まれた地を奪いに行く。

 魔術師を保護する、という大義のもと。


「……」


 時が、あの頃に戻ればいい。

 王の意思かは知らないが、この国の侵略戦争も少なくなってきた。広がった領土と、配する人材。それがちょうど均一になってきたのだろう。

 代わりに、魔物が増えた。理由は分からない。

 ルーデル教の考え方では、神の慈悲を得た魔術師を虐げる国。彼らのせいで魔物が増えているという。

 だから、今回の戦いには並々ならぬ意志の統一がなされている。

 傭兵すら、まるで己の使命かのように士気が高い。

 なぜ、今なんだろうか。


 後になって思えば、魔術師である彼らが森の番人を務めていたから、俺の部族は魔物の被害が少なかったのではないだろうか。そんな疑問を抱くほど、ルーデル教には確かに信じられる部分がある。どうやら魔物は、人の魔力が苦手らしい。


 しかし、今。今だけは正直どちらでもいい。

 俺にはただ、奴を屠る機会。それさえあれば、いい。


「それより、情報は確かか?」

「俺のは二年前の話だ。必要なら斥候から情報を得てくれ。……黒き森で迷子にならなければな」

「いや。……そうだな、どちらにせよリスクはある。本隊に映しの才(ヴィジョン)を持つ魔導師(ハイラント)がいる。照合でき次第、出立だろうな」


 神の与える才の種。

 魔力を使った、炎や大地といった自然の力を操る魔法。それとはまた異なる力、(アジール)

 芽吹くかどうかは、魔術師が失ったものによるという。

 (アジール)が発現した魔術師は、特に国や民の信頼も厚く、時に権力をも持った。

 魔術師と区別して、魔導師(ハイラント)と呼ばれることが多い。


 魔力を持つ者というのはどうやら秘密主義らしく、彼らはあまり多くを語らない。

 しかし、その力を見ていればルーデル教が事実に近いことを教えているというのだけは分かる。


映しの才(ヴィジョン)、……か」

「すげぇよな。斥候要らずだ」

「元は失せ物探しの名人の彼が、今や斥候の代わりか」

「仕方ねぇよ。黒き森だけでも抑えねぇと、魔物は増える一方だ。

 ここまで駆り出しても、神は納得するさ」


 そう。魔物が増えている原因とされるものが、俺の故郷にもあるという。

 今回の侵攻もその為らしい。


「魔物の発生原因とされる瘴気。それを(いさ)めるのが魔力。……魔術師はともかく、自然にも魔力が存在するとはな」

「っつーかそもそも、魔術師の炎で送らないで、どうやって墓標を建てるんだ?

 それがねぇと居住区に魔物が近寄ってくるだろ」

「無かったな。マデの木に、デオンの華。どこにも、無い」

「へー。自然にも咲いてないってんなら、魔術師への不敬が原因だろうな。その地には神の目が届かない」


 人間をはじめ、ルーデリオンとその配下の神々が手を差し伸べるとされる種族の(むくろ)。それを魔術師の炎で天に送れば、その嘆きを退魔の力を持った華や木に変えてくれる。ルーデル教が爆発的に広まったのも、この為だ。

 それまでの人類は自然から生まれる炎を用いていたが、もちろん残るのは灰と骨と悲しみだけ。

 いつ頃から隆盛した信仰かは知らないが、遠い昔、神とやらに啓示を授かったのだろうか。


「時の神が由来なんだっけか」

「そ、時の神マディオン。美しく、慈悲深い女神だってよ」

「死せる者は、永劫の時を失う……か」

「だから、その者の死と引き換えに、残された者に慈悲を与えてくださるんだ。

 魔物が嫌いな、人の魔力を持つ華となる」


 残された者への慈悲、……か。

 送られた、彼らの魂はどこへ行くのだろう。


「それが魔力を持つ者だと、華ではなく木になるのか?」

「あぁ。自然のマデの木とは、また違う色を持つんだ。生前、どんな想いで逝ったかで色が変わるらしい」

「へぇ……。知らないことばかりだ」

「むしろ、良く生きてこれたな?」


 この国に来て、俺も強く思ったことだ。


「魔術師が森の番人をしていたからな。俺達は異界の風を常闇(とこやみ)と呼んだが、その……瘴気とやらをある程度、抑えることが出来ていたんだろう」

「なるほど。まぁ、お前を見てりゃ、フツーの魔物に遅れはとらねぇか」

「そういう一族だ。こちらで言うところの、弩兵。弓を扱う者すら、懐に入られても対処できる。

 全員が歩兵であり、弓兵であり、騎士であると思え」

「己の力だけが頼り、ってか」

「部族にとって強さが正義なんだ、きっと」


 それが良いか悪いかはまだ分からない。

 あの地で過ごした月日の方が、俺には長い。


 頭の後ろで手を組み、何やら納得いかない様子でキリロが言う。


「でもさぁ。強さが正義なら、魔術師こそ至高なんじゃねぇの?」

「……何かを失うとは、弱き者。強さを持つということは、何かを失わない。そういう考えだった」

「あ、……なるほどねぇ」

「生まれながらにして何かを失っている者は、妖魔に魅入られし者だそうだ」

「ひでぇ話だ」

「だから、異界……いや、瘴気の元というのか? 森の奥深くには誰もいない。いても、魔術師だけだろう」

「あぁ」


 淡々と。俺達の部族がどう生きていたのか。

 それは彼らの命を脅かす情報であるというのに、俺は何らためらいもなく言葉を発する。


「居住区は少しひらけた森の東側が主だ。西側……こちら側は見張りがいても、最短ルートである中央の道は使えない。情報の伝達に多少の遅れが生じる。……これは俺の予想だが、南側のアスタル・モラヴァは友好的な部族だ。北寄りの方に見張りと戦力を割いていると思う。攻めるなら、南西から。もっと言えば、アスタル・モラヴァの築いた橋を落としてからの方がいい。彼らの援軍と、更に東方の部族とも断絶できる」


 白き川に流れ込む支流の一つに、黒き森と繋がるものがある。

 最奥より湧き出る泉が源流のそれは、まさしく異界への扉とされ。アスタル・モラヴァと俺たちの部族はほぼ同じものを、土地神の住まう場所として信仰していると言っていい。

 森の恵みと川の恵みを、定期的に交換する風習もあった。


「レオが言ってたあの橋だな、南側だったか。……この二年で新しい橋が架かってないかは、魔導師(ハイラント)が視てくれるだろう」

「あぁ。あとは……、そうだな。北の部族だが、彼らは今、冬を越えた喜びを祝う時期だ。

 地面がぬかるみ、行軍には消極的だと思う。沼や湿地にも、異界への道があると信じているからな」

「ふむ。……じゃぁ、北の奴らは雪深いところに魔術師を追いやっているのか?」

「そういうことになるな」

「いや~、こっちの国だとあり得ない。雪はともかく、彼ら、魔力使っちゃダメなんだろ?

 寒いだろうなぁ。信じるものが違うって、なんだか怖いもんだ」

「そう、だな」


 逆にとらえれば、同じものを信じるということは、時に驚異的な力と結束を得る。


「だが、彼らが……。混乱に乗じて、南側にあたるカデナ・レスの領地を狙わないとも限らないな」

「うーん、面倒なことはヤダなぁ」

「消耗戦になるようなら、早めに退いた方がいい」

「まぁ、無いとは思う」

「……恐れを知らぬ者を、甘く見ないことだ」

「それは、うん。分かるよ」

「そうか」

「まぁ、とにかく。吉報を待つか。橋と、北側の状況。

 視てもらって、最後どうするかは、お偉いさんが決めるだろ」

「……」


 良い報せかはともかく、それは俺の復讐への狼煙となるだろう。

 早く、……こい。



 ◇



 それほど遠くはない場所で、黒き森が赤く染まっていく。

 馬を駆る騎士たち、ヴェンデル本隊が決定したのは、こうだ。


 ──奴らの屍で、瘴気は浄化される。


 つまり、森を焼き払ったとて問題ない。ということ。

 些末な肩当てと鉄製の胴鎧を支給されただけの俺らには、動物や魔物を容易く仕留めるカデナ・レスの卓越した弓術は相性が悪い。

 地の利も相手が上。木々の合間を抜けるには、騎士たちの馬はむしろ機動力が落ちる。

 ならば、焼いてしまえと。

 炊き付けた火は魔術具で起こしたものだから、むしろ奴らごと燃えてしまえと。

 映しの才(ヴィジョン)魔導師(ハイラント)が言うには、数時間後に雨が降るらしい。水をもたらす魔術具もある。

 だから、構わないと。


 狂気だ。


 これが、神の意志とでも言うのだろうか。

 俺が言えたことではないが、正義とは何を指す言葉なのだろう。

 嘆きどころか歓喜で送る死の報せにも、神は慈悲を施すのか。

 俺には、……良く分からない。


 弾ける音と共に木々が倒れる。

 風に乗って、燻った臭いと共に聞こえるそれは、熱さをももたらす。


 見張りが展開している西側に魔術具を使った陽動を仕掛け、すんなり南西から入ったヴェンデル主力の者たちは、そのまま見張りを蹴散らし複数の部隊に分かれ行動する。

 火を放つ者たち。橋を魔術具で落とす者たち、本隊とかち合う者たち、瘴気とやらの調査をする者たち。様々だ。

 異変に気付き走った見張りの者も、まだカデナ・レス本隊に到着していないだろう。

 両方の地で育った俺から見れば、ヴェンデル王国側の圧勝だと思う。

 そもそも、森の奥地を恐れていないのだから。


 火は、戦力が集中していそうな北側を断絶するために放つ。これは少人数の部隊で戦いを回避しつつ行われた。

 森の中央付近には部族の戦士は誰もいないため、そこを抜けた北寄りの地から放たれた。

 橋も木製だろうから、難なく落とせるだろう。


 騎馬兵を少な目に、得物もいつもよりリーチの短い物と変えた騎士たちはカデナ・レスの本隊とやり合う。

 この燃え盛る炎で、奴らを燃えていない森の南側へとおびき出し。待ち伏せた者達で斬り伏せる。

 傭兵部隊である俺達の半分は随行し、もう半分は重要な役目に回された。


 待ち伏せた側と反対。

 燃え盛る、北の森のまだ無事な場所、北西寄り。

 そこに、必ず奴は来る。


「────レオ? ……レオっ、……なのか!?」

「……ジュラナン」


 やはり、来た。

 まだ暗闇を残した木々の合間から現れたのは俺と同じ、銀の髪と蒼の瞳をした男。

 ずいぶんと長く伸ばしたそれを、戦い易いようにか後ろでゆるく束ねている。

 その女を寄せ付ける甘い顔立ちを、あの日彼女は拒んだ。


「うそ、だろ。おまっ、生きて──」

「おいジュラナン! 逃げるぞ!」


 ジュラナンを守るため、数人の戦士が共に居る。

 皆、屈強な男たちだ。未来のためか、まだ若い者たち。


 俺達の部族は敵に背を向けない。勇猛で恐れ知らずなことが、誇りだ。

 だから東側に居た者たちも、女子供を残して南側に来たはず。

 しかし、族長の息子だけは別。強さが正義の部族においても、長は血筋から選ばれた。

 直系が存命ならば、その血だけは必ず残さねばならない。

 同族に背中を見せずにその使命を果たすなら……、この場所に来るしかない。


「──そうはいかないんだよねぇ」

「キリロ」

「有象無象は、やっとくから」

「……あぁ」


 俺は何も話さないというのに、仇討ちには自身にも覚えがあるのだろうか。

 私情でこいつに挑む俺に、その眼で鼓舞してくれる。

 共に来た傭兵部隊と指揮をとる役目を担う騎士数名が、護衛の戦士たちへと刃を向けた。


「ジュラナン」


 やっとだ。やっと、叶う。

 歓喜だろうか、妙に奮い立つ。


「なッ、なんでだよ! お前、あ、っあの時!」

「──俺は、失った」


 この世で最も大切な者を、失った。


「だが、俺に魔力はない」

「は、ハァ……?」

「何故だか、分かるか?」

「知らねぇよ!」


 心底どうでも良さそうに叫ぶ。

 それもそうだ。

 彼が奪ったのだから。


「俺はこの命を。あの時逝けなかった後悔を、お前への憎悪に変えて生きてきた。だから俺に、魔力は宿らない」

「っ!」

「俺はこの一族の出で良かったよ。もし、このドス黒い何かが無ければ、神は俺に手を差し伸べたかもしれないからな。そうなってしまえば……俺は今、ここに居なかった。お前を直接、屠れなかったからな」

「な、なぁ。わ……悪かった!」

「……あ?」


 その謝罪はもはや、何の意味も成さない。


「だって、仕方がないじゃないか! おれ達は、そうやって生きてきた!」

「そうか」


 そうやって、か。

 魔術師である彼らの尊厳を奪って、そうして生きていくのは……仕方のない事なのか。


「だから、なぁ? 見逃してくれよ」


 早くに両親を亡くした俺は、どこか部族の考えに馴染めないでいた。


「なぁ、ジュラナン」

「っ、なんだよ」


 なぜ、彼らは『失った』者であるというのに。

 『弱さ』という烙印を背負わないといけないのか。


「ヴェンデルの魔術師たちは、生きていたよ」

「い、生きて……?」

「感情を素直に表して、生きていたよ。

 同じ人間なのに、信じるものが違うだけでこうも変わるのか?」

「そっそれは、仕方な──」

「だったら、……お前が死ぬのも、仕方ないんだよなぁ?」

「ちぃッ!」


 嘘だ。

 信じるものなんて、どうでもいい。

 俺は、俺の大切なものを奪われた。

 それをもって、こいつの命を奪う。

 大層な理由を借りて。


「っ、くそっ!」


 命乞いを終えたジュラナンは、覚悟を決めたのか背負った剣を抜いた。

 それは俺の持つものより、柄が長い。


 部族には、剣の流派が二つあった。

 一つは俺やかつての父のように、片手半剣とそれと同等か短めかの剣を二本腰に携えるもの。

 森が縄張りの俺たちには盾は身動きが取りづらい。それに加え動物を狩る俺たちは目が利く。

 相手の動きに合わせて、柔軟な動きを可能にしたスタイル。


 もう一つは、ジュラナンのように攻撃に特化した柄が通常の二倍以上ある両手剣。

 騎士たちのような甲冑を着る者にも力でねじ伏せることが出来る。


 あの日、彼女の首を飛ばしたそれは、相変わらず鋭く光る。


「ハッ! れっ、レオ。おれにっか、勝てるのか……!?」

「声、震えてっぞ?」

「うっ、うるせぇ!」


 ──来る。


 全ての力が切っ先に集中するそのスタイルは、受ければ剣身に負担が掛かる。

 なら。


「っ!」


 飛び掛かって斬り下ろそうとするそれを、受ける素振りを見せ。寸でのところで身を屈め前進。

 真下に潜り込む。


「させるか!」


 右下から斬りあげようとしたところを、ジュラナンは剣を軸に飛んで俺の背後へ回る。


「やるな」

「ハッ。次期族長、だからな」

「……」


 その高慢さで、彼女は死んだ。


「あの日」

「……?」

「なぜ、彼女を──」

 

 禁欲を強いられる彼女を襲い。拒絶されたからと……なぜ、その手で殺した?

 それも、俺の目の前で──


「はぁ。……レオ。お前は、異界に魅入られたんだ」

「?」

「あいつらは、妖魔や魔物と同じ……化け物だ。

 どうして人間と同じ扱いをしないといけない?」

「っ!」

「そして、……そいつらを助けるお前も、同罪だ。

 なんで魔物に食われず生きてたのかは知らないが……また、送ってやるよ!」


 生き延びたのは、他ならぬ彼女の慈悲だ。

 彼女の愛が、俺を生かした。


 彼女は死の間際、確かに何かを失い──魔導師(ハイラント)となった。

 その(アジール)で、どの神に祝福を施されたかは知らないが、俺を生かし、そしてヴェンデル王国へと送った。


「……俺は」


 打ち込まれた刃を、右腰に携えていた喧嘩剣を抜いて棒鍔に噛ませた。


「なっ!?」


 確かに重い一撃。気を抜けば、剣ごと腕が吹っ飛んだだろう。

 力が緩まったことを確認し、返して距離をとる。


「お前を殺すために」


 復讐のために、舞い戻ったんだ。


「くそっ! そう簡単にッ、──おれがやられるかよぉ!」

「<実行(クィオウ)>、<炎刃(フラン・クリグ)>」


 炎を宿す、魔法陣とやらが描かれた紙。魔術具。

 それを二つに折り畳んで呪文と共に剣身に擦り付ければ、紙は消え去り剣には煌々とした炎が宿る。


「ハァッ!? んだよそりゃ!?」

「お前たちが、最も忌み嫌う力だ」


 食糧となる動物や魔物を狩る狩人だった俺は、力に自信があった。解体も女共に混じって良くやった。

 今日のために、鍛冶屋で剣も研いできた。

 だから、この貴重な炎刃(えんじん)(まじな)いは必要ないのかもしれない。それでも。

 魔術師の力で、俺はこいつを討たねばならないのだ。


「魔術師の力が嫌いだなんて、まるで魔物みてぇだな」

「そ、そんなもんッ!」


 ジュラナンの刃に最も力が加わるのは、腕が伸びきり、剣を合わせた長さが最大の時。

 それなら、話は簡単だ。


 炎に意識が囚われた彼の動きは単調になる。

 俺の左手にはもはや警戒すらしていない。


「っし!」


 刃を地面に擦りながら、右手首を獲りにきた。

 ここで一歩引けば、今度は振り下ろしが返ってくる。


 ──今だ。


「ッ!」


 俺が後退するだろうと思い、深く踏み込んだジュラナンは、その腕が伸びきる前に左肩を負傷した。

 一度仕舞った喧嘩剣を、投げて突き刺す。


「お前がその両手を易々と振るえるのも、周りの者のおかげだな」

「っクソがぁ!」

 

 槍と違い、重さはそこまで俺のと大差はない。

 片手で一応扱えはするものの、やはり両手持ちであるメリット──渾身の力というものは振るえなくなる。


 どこか迷いの生じたそれを炎の剣で受け、弾き返し。そして、


「──彼女の痛みを、思い知れ」


 ふらついた瞬間。

 両手で強く、強く柄を握り。

 目の前に露わとなった繋ぎ目を、横一閃に振り払った。


 確かな、感触。

 焦げた、臭い。

 重く響いた二つの音。

 驚きに満ちた、それ。


「……」


 終わった、のか?


 この剣に宿った炎をこいつに与えれば、……こいつの魂はどこへ行くのだろう。


 ────?


 なんだ?




「………………ッは?」


 何故か、手が震える。

 どこか、寒気がする。

 どうしたというのだ。

 悲願は叶った。

 この手には、思ったよりは軽かったものの。確かに肉と骨を断つ感触があった。

 お前と同じ最期を、あいつにくれてやった。


 終わったんだ。

 遂げたんだ。


 なのに、────何でだ?


 怒りで振り払った刃の冷たさだけが、手に残る。

 炎の温かさは、一瞬で消え失せた。


 安堵も、救いも、光明も。

 もはや怒りも、慟哭も。


 無。


 何も、見えない、聞こえない。

 この場に居ることへの恐怖だけが、なぜか襲ってくる。

 なにか。何も無いはずなのに、何かが襲ってくる。


 なにかの指針が振り切れた。分からない。

 ただただ、わからない。


 俺が俺であることを保っていた、心にどっしりと居を構えていた何かが、消えた。

 あるのは何も受け入れない、空虚な器だけだ。


 滾る炎も、研がれた牙も失った俺は…………いったい誰だ?

 人間か? それとも妖魔か? 魔物か?


 なぁ、いったい何なんだ?

 誰か、教えてくれよ。



 ◇



 信じるものを奪われた者たちの反発は凄まじい。

 捕虜となった戦士たちの視線は、俺を簡単に貫きそうなほど鋭い。仕方のないことだと思う。

 しかし俺はそれをも跳ね返しそうな怒りを、どこかに置いてきてしまっていた。


 黒き森は南側に延焼する前に大雨が降り、同時に魔術具も用いられ中央から北側にかけてが灰となった。

 そこに何本のデオンの華が咲いたかは分からない。確かめようもない。


 魔術師たちは、異変を感じて一つの家に身を寄せ合っていた。住んでいたのは森の中心からやや東寄りなため、炎には巻き込まれなかった。

 ヴェンデルの騎士たちは事の経緯を説明したが、彼らも複雑と言った様子だ。

 いくら彼らにとって良い待遇を、……と言ったところで生まれた地を踏みにじったのはこちら側なのだから。事情を呑み込むには、唐突過ぎる。


 遠い昔には同じ民族だったのか。そんな名残も感じられるほど、話す言葉も大差ない者同士が。

 信じるものの違いから争い、そして勝者と敗者が生まれる。


 ──どうでもいい。


 そんなことなど、もはやどうでもいい。それほどに俺は今、何にも熱を持てないでいる。

 彼らの内の、どこかに秘めるその透明な壁は、俺から彼女を奪った。

 それだけだ。俺にとっては、ただそれだけだ。


 二年違う地で過ごして、未だ故郷の教えを守ることもある。

 だが、ルーデル教とやらの教えに倣い魔術師へ敬意を払っても、俺は死なない。

 土地の神の怒りとやらに触れない。


 何でだ?

 だったら彼女は、なぜ死んだ?


 彼女が魔導師(ハイラント)となる数秒前に、目が合った。情けないことにジュラナンの取り巻き共に抑え込まれた俺は、身動きどころか声すら出せなかった。

 その瞳に映ったものは、はたして何だったのだろう。

 どこか、哀しげだったのは覚えている。だが、それだけでもない気がする。

 彼女の最期を見送ったあと、俺はその後を追った。

 ……そう、思っていた。


 首元に手を這わせる。

 痛いわけもないのに、お前の痛みを忘れないよう、記憶がそこに刃をたてる。

 思い出せ、忘れるな。そう言いながら、記憶の中の俺が急かす。


「なぁ。生きるには……足りねぇよ」


 意味が。強さが。愛が。活力が。理由が。

 ──何もかもが。


 これから、何をどう、生きたらいい。

 お前がいなければ、生きていたって仕方がないんだ。


「レオ」

「……」


 戦いの疲れとも、魔術具を使った疲労感とも違う。

 そんな様子に見えただろう。

 城壁に背を預けてうな垂れた俺に、キリロは言葉を選んで話しかける。


「過去に、何があったかは聞かねぇ。けど……死に急ぐなよ」

「ああ」


 それは驚くほど思考を伴わず、いとも簡単に口から出た。

 分かっていた。分かって、あの地に向かった。


 答えなんて無いことは、初めから分かっていて故郷に刃を向けた。


 なんだ?

 じゃぁ、俺がやったことは無意味なのか?


 分かっていたはずだ。取り戻すことなど出来ない。

 散ったものを拾い集めても、それは思い出以外の何かを成さない。

 それでも、俺は。俺が生かされたことを、どうにか意味付けたかった。


 分かっていても、──それを認めたくなかったんだ。


 むざむざと死ぬことが俺を生かしたお前への裏切りだというのに、俺は、こんなにもお前の元に逝きたい。

 苦しい。

 身体の傷はとうに癒えたのに、痛い。

 なぁ、頼むから、そこへ連れて行ってくれよ。


「……それで、お前の本当の願いは、叶ったのか?」

「っ、?」


 俺の、本当の……願い?


 奴を殺す。


 叶った。いや。

 それでは、無かったというのか?


「────」


 口元だけを動かして、彼女を乞う。

 未だその名を呼ぶことすら躊躇われる。

 消失への悪あがきが、俺から言葉を奪う。


 あんな奴が居なくなったところで。

 お前はもう笑わない。

 驚かない。

 照れない。

 喜ばない。

 怒らない。


 あんな奴が消えたところで、お前は、もう──


「………………ぁ、あっ」


 そうさ、分かっていたさ!

 俺の本当の望みは、ただそれだけだったはずなんだ。


「レオ、忘れるな。俺達は傭兵だ。正義なんて、誰から金をもらうかで簡単に変わる。……だからこそ、お前の中にある何か。他人から見えない、簡単には変えられないそれだけは……忘れるな」

「キ、リロ……」


 心をさまよう、黒い霧。

 故郷の森にも似たそれに、一瞬風が吹いたかのようだ。


「──ぉ、オレっ、は、はぁ。……俺は! はぁ…っ、ただッ!」

「誰だってそうさ。気に入った奴。愛する者。そんな者とだけ、……生きたいさ」


 俺の狂気は、それが叶わないことで生じた渦だ。

 黒い霧が嵐を纏い、外へ、外へと身を捩じらせた結果。

 呼んだ嵐はまた、消えることなく別の者の霧となる。


 俺の心には。

 あれだけ滾った炎すら、


「悪かねぇ。お前は……悪かねぇよ」


 もう、何も無い。


 二年。俺の存在を保った炎は、まるで魔術師の炎のように俺に何も残さなかった。


 俺の願いはただ、お前と一緒に生きたかった。

 それだけで、良かったんだ。


 悲しみ、深く、深淵へと至る悲しみ。

 怒りで押し込めたそれを、見ない振りしていたんだ。

 なんとか。絶望の淵からなんとか、這い上がれるように。


 お前がどれほど大切かなんて言葉で表せないのに、失ってどれほどの想いかなんて、言える訳ないんだ。


 そもそも俺たちの間に、言葉はなかった。

 だが、その表情一つ逃したくなかった、あの頃の俺の思い上がりでなければ。

 確かに俺たちには愛と呼べる何かが存在した。

 彼女にとっては、友愛だったかもしれない。今となっては分からないが、少なくとも虐げる側で育った俺に、魔術師たちへの仄暗い感情はなく。それは正しく彼女に伝わっていた。


 彼女の愛は俺を生かしたのに、俺の愛は彼女を殺した。

 出逢わなければ、彼女はジュラナンを受け入れたのかもしれない。


 俺は、ただ、お前と、生きて、


「レオ、傭兵になったらどうだ?」

「っ……? 今もっ、そう、だが」

「ほら、あれだ。俺みたいに国から直接仕事受けたり、他の連中みたいに金払いのいい戦を探して旅をする、傭兵団(フリー・カンパニ)に入ったり……。そんなんじゃなくてさ。依頼人を魔物や盗賊から守る、個人の傭兵ってのも中にはいるらしいぞ?」

「へ、ぇ……?」


 カデナ・レスと奴への復讐に燃えていた俺は、ほぼヴェンデルお抱えの傭兵となっていた。

 キリロほど貢献した年数も多くない俺は、雑兵と大差なかった訳だが。


「お前のいた国はともかく、こっちでは一般の者が魔物を倒せるほど力があるわけじゃない。そういう、あー……なんだ? あっ、あれだ。町を行き来する時や、商売をする時に護衛を探すような、『ギルド』ってところがある。……ケリ、ついたんだろ?」

「……ああ」

「というか実を言うと、国としても魔物の数が増えて……そっちの対処が間に合ってないんだ。だから、今回の作戦も強行した。今後、国同士の戦も減るだろうし、オレらも防衛だの魔物の討伐だのに回されるはずだ。今回のお前の功績は大きいから、まぁ……お偉いさんは放っておかないかもしれんが。……オレからも掛け合ってみる、どうだ?」

「依頼人を、守る……か」


 命。命を……守る、か。

 なるほど。取り戻せないのなら、せめて。

 俺が生きる意味を、他人から借りよう。

 人は大切な者を『守る』というが、俺には理由がないから、どうでもいい他人を守ろう。

 そうして、命の欠片を集めるんだ。


「傭兵、か」


 宛てのない旅に、なる。そう予感する。

 存在しない答えを探しに行くのだから。

 二つの地を経て、俺の信じるものはどちらとも似て非なるものになった。この胸に在るのはただ、己のみ。


 彼女の瞳と同じ空は、何処にいても俺のことを映し出すことだろう。

 私情で誰かを討つのは終わりにした方が良さそうだ。


 お前が助けた者が、……俺が。何人分の命を救えば、お前を救えたことと同じになるんだろうか。


 俺はまた、見付からない答えを探しに行く。

 明日すら見えない、そんな世界で。




暗めなお話ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。


11年後にあたる本編を、のっそりコツコツ書いております。

その間の短めなお話二編も予定しております。


ファンタジーな世界で、人の内側、見えない壁や葛藤。

後悔、喪失感。何かを失った者たちが、どう生きていくのか。

そういったものを書こうと思いました。


レオの今後が気になるな、と少しでも感じて頂けましたらぜひブックマーク、↓【☆☆☆☆☆】評価などで教えて頂けますと幸いです。


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