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後編

「山村さん、貴女から薬物は検出されませんでした」


「そう...です...か」


 検体を提出して3日後、現れた警察官が私に報告した。

 当然の結果だ、そんな物を使った覚えが無い。


 思い返してみれば、亮一は不倫中、(しき)りに煙草を勧めたが、あれは大麻だったのかもしれない。

 そう考えたら危ない所だった。


「あの...亮...立花は?」


 一応聞いてみた。

 気にならないと言えば嘘になる。


「立花亮一ですか?」


 「は...い」


「随分と乱用していたみたいです。

 禁断症状...まあおそらくですが、その症状だと...あれは多分、分かりづらいですが」


「はあ...」


 先日の弁護士が私に教えた。

 アイツは薬物中毒(ジャンキー)だったのか、だからあの時、車の中であんな行動を。


 ますます怒りが込み上げる。

 結局事故の原因はアイツのせいじゃないか!

 よくも私の人生を...


「以上になります」


 話が終わった警察と弁護士は部屋を出ようとする。

 まだこっちは終わってないのに。


「あ...の弁...護士さん」


 弁護士を呼び止めた。


「はい?」


「私の...事で...すが」


 そう言うと弁護士は困った顔をした。


「私は貴女の離婚担当ではありません。

 立花亮一の薬物に関してですから」


「...は?」


 離婚担当?

 一体何の話だ?

 私はまだ離婚の話をしていない。

 そうだ、私は旦那と離婚するなんて一言も言ってないのに!!


「そう言う訳です。

 後の事は身体を治されてからになると思いますので」


「ち、ち...ょっと」


 弁護士達が部屋の扉を閉める。

 何が起きてるの?

 事故から一週間、あれから両親は一度も面会に来ない。

 着替え等は看護師を通じて届いているので、病院には来ている筈だ。

 看護師に聞いても全く要領を得ない返事しか返さない。


 ひょっとしたら事態は私が考えているより深刻かもしれない。

 全身から冷や汗が噴き出すのを感じた。


 私の入院は3週間に及んだ。


「準備出来ましたか?」


「はい」


 足と腕を固定していたギブスも取れ、ようやく自由になった私。

 僅かな荷物を鞄に詰め終わった頃、看護師が病室に入ってきた。


 この鞄は看護師が両親から預かった物。

 両親はもちろん、旦那や娘すら姿を見せないまま1人切りでの退院となった。


「お世話になりました」


 ようやく自然に話せる様になった。

 お世話になった看護師と先生に頭を下げる。

 この人達が居なかったら入院生活はどうなっていたか。


「これから大変ですが...まあ頑張って下さい」


「はい、次は外科手術をお願します」


 私がそう言うと、先生はなんともいえない顔をした。

 私の顔には縫った傷痕がケロイド状に残っている。

 しかし手術すれば、化粧で誤魔化せるくらいになると聞いていた。


 傷痕は剥き出しにしている。

 包帯は断った。

 おそらくこの後予定される話し合いには、この方が痛々しく見えるだろう。


「すみません、宜しくお願いします」


 病院前で両親が予約していたタクシーに乗る。

 鞄に入っていたメモに書かれていたのだ。

[退院したらタクシーに乗れ]と。

 運転手は慣れているのか、私の顔を見ても何も言わない。

 だが、どうしても気になってしまう。


「かなりの距離ですから、途中で休憩を挟みますね」


 人の良さそうな運転手が言った。

 事故をして運び込まれた病院は自宅から車で1時間程の距離だから、長距離になるのだろう。

 その言葉に何の違和感も感じなかった。


「あれ?」


 しばらくして窓から見える景色に異変を感じる。

 道路の案内標識は自宅の方向と全く違う方面に向かっていた。

 全く知らない道をタクシーは走っているじゃないか。


「すみません!」


「どうされました?」


 運転手は少し驚いた様子で聞いた。


「道を間違ってませんか?」


「は?」


 タクシーは道路脇に停車する。

 運転手は手にした紙を見ながらカーナビの住所を確認した。


「お客様、この道で合ってますよ」


「見せて下さい!」


「あ、ちょっと...」


 運転手から紙を引ったくる。

 慌ててるが、そんなのに構ってられない。


「どこよ、ここ...」


 書かれていた住所は全く知らない場所。

 しかし予約の名前には山村愛奈と書かれていた。


「どうされます、ここで降りられますか?

 それとも近くの駅まで?

 料金は先に頂いてますから、構いませんよ」


「いえ...このままお願いします」


「畏まりました」


 運転手は再び車を走らせる。

 こんな見知らぬ場所で降ろされても自宅までどうやって帰れば良いか分からない。

 それに私は今一文無しだ。


 仮令たとえお金があったとしても、この顔では電車に乗る勇気が持てない。

 包帯を断るべきじゃ無かった。

 例えようのない不安に私の心は折れかけていた。


 タクシーは途中休憩を挟む。

 降りる気にもならないまま、乗車して5時間くらい経った頃、車は止まった。


「着きましたよ」


「ありがとうございました」


 ドアが開き、車を降りる。

 山の奥深く、緑豊かな場所。

 その目の前にそびえ立つコンクリートの高い塀と鉄の門扉。

 その脇にある小さな扉の前で2人の男性が立っていた。


「着いたか」


「久し振りだな」


 「...あの、どうして?」


 見覚えのある2人の姿に言葉を失う。

 1人は以前私が勤めていた会社の上司だった。

 そしてもう1人は旦那の上司。

 旦那を私に紹介した2人。

 更に旦那の上司は私達の仲人をしてくれたのだ。


「まあ入れ」


 元上司は顔をしかめながら小さな扉を開けた。

 中腰で屈まないと入れない位の大きさ。

 そして分厚い鉄の扉だった。


「あの...ここは?」


 怖くて足が前に進まない、ここはまるで刑務所の様なのだから。


 「ここは私の会社が出資している特別保養所だ。

 早く入りなさい、君のご両親と山村君達が待っている」


「...主人もですか?」


 仲人である旦那の上司が言った言葉に、今の私が置かれた状況を考える。

 この施設がどんな場所か、今はどうでもいい。

 とにかく旦那に会える。


 両親を味方に着けるのは難しいだろう。

 だけど仲人達を味方に着ける事が出来たら?


 そうだ、そもそも私が不倫なんかしたのは旦那が出張ばかりして、私を放っといたの原因だ。

 ちゃんと家に居たなら、私だって不倫をしなかった。

 出張をさせたのは旦那の会社なのだから、原因はここにあったんだ。


『よし』

 折れかけていた気持ちが軽くなる。

 意を決し施設内に入った。

 門の中は広大な運動場が広がり、その奥には5階建ての立派な建物が見えた。

 療養所と言ったが、研修センターも兼ねているのかもしれない。


 建物に入ると中には数人の人が居た。

 私達を見るとみんな目を伏せる。

 異常な雰囲気に飲まれそうになりながら先を行く2人に続いた。


「ここだ」


「はい」


 廊下に並んだ一つの扉で立ち止まる。

 何も書かれてない扉。

 中からは数人の気配がした。


「お待たせしました」


「失礼します」


 部屋に入る。

 広い室内に長テーブルが4つ、ロの字の様に並んでいた。

 そして中に居たのは私の両親と亮一の両親、そしてスーツ姿の男性、後は...


 「...雄二さん」


 静かな目をした旦那が私を見つめていた。

 事故をする前、出張していたから会うのは1ヶ月振りだろうか?

 少し窶れているが、紛れもない旦那がそこに居た。


 「まあ、お座り下さい」


 「はい」


 スーツ姿の男性に促され空いていた椅子に座る。

 私の両隣に誰も居ない。

 三方向からの視線に晒された。


 「それでは山村雄二さんと愛奈さんの離婚についての話し合いを始めさせて貰います」


 私が席に座るとスーツ姿の男性が話始めた。


 離婚?

 なんでそんな話から?

 今、やっと旦那に会ったばかりなのに?


 「待って下さい!」


 「なんでしょう?」


 私が叫ぶとスーツ姿の男性は手にしていた紙から視線を上げた。

 一体誰なんだ?


「いきなりそんな話を...第一、貴方は誰ですか?」


「紹介が遅れました、私は山村雄二さんからのご依頼で、この度担当させて頂きます弁護士の山口と申します」


「担当?なんの担当ですか?」


「離婚についてです」


「はあ?」


 淡々と話す男は弁護士だった。

 それより、


「なんで離婚なんですか?」


「貴女が不貞行為をされたからです」


「...ぐ」


 弁護士の態度に怯んでしまう。

 確かに不倫はしたが、先ずは夫婦の話し合いからでは無いのか?


「愛奈、諦めろ」


「...お父さん」


 腕を組んでいたお父さんが静かに呟いた。

 その表情は既に諦めてしまった様。

 どうして?雄二さんを気にいってたのに!

 別れたら彼との同居も終わるんだよ?


「結婚して直ぐ立花と不倫したお前に選択肢なんか無いに決まってるだろ」


「そんな」


 どうやら不倫の期間まで掴まれてしまったのか。

 でもまだよ、こんなのは想定の範囲内だ。


「...その事については認めます。

 ...でも私は立花に騙され、脅されていたのです...」


「ほう脅されていたですか?」


「はい」


 弁護士は私の言葉に興味を示した。

 亮一の両親が驚いた視線を私に向けるが、そんなのを気にしてはダメだ。


「はい、立花と関係を持ったのは確かに5年前からでした。

 何度も関係を終わりにしたいと立花に言いましたが、彼は執拗に私との関係を迫りました。

 別れたら旦那にバラすと。

 ...主人を失う恐怖から私は立花の言いなりに」


 涙を拭う仕草でうつ向く。

 顔の傷痕を触れば痛みから涙はいくらでも出るので大丈夫だ。

 今の言葉が嘘か真実か見抜く事は出来ないだろう。

 亮一の障害は重く、自分の声で話す事は出来ない。


 入院中、病院内で看護師達の立ち話を偶然聞いたのだ。

『立花亮一の咽頭は激しく損傷し、この先自分では声が出せない』と。


「随分話が違いますね」


 私の言葉を書き留めていた弁護士は何やら資料を開きながら呟いた。


「違う?」


 違うとはどういう意味?

 まさか亮一から事前に話を?

 いやそんな筈は無い、奴は喋る事が出来ないし...

 涙はいつの間にか止まり、冷や汗が額から溢れる。


「携帯に残されていた内容と貴女の話がです」


「え?」


 まさかあのスマホ?

 あれを見られては不味い、亮一と交わしたメールやラインは会うたび消していたが、ホテルで撮った録画データーまでは覚えていない。


 セックスの録画は脅されて録られたと言い逃れが出来るかもしれない。

 しかし会話までは...予想外だ。


「私のスマホを...」


「事故当時、貴女が所持していた2台のスマートホンの内容は見てません」


「...そうでしたか」


 良かった。

 私の許可が必要と考えたのかもしれない。

 それでも後で晒されるだろうが、とにかく今はこの場を切り抜けなくては。

 何とか離婚を回避する空気を作らないと...


「私達が確認したのは立花亮一の携帯です」


「まさか!?」


 またしても予想外な弁護士の言葉。

 なぜ亮一のスマホがここで出るの?


「薬物事件の証拠として押収されましてね、中に入ってきたデーターに貴女との会話記録が残されてました。

 確認したのはここ最近の一部でしてね...貴女の方から随分積極的に誘っていた様でしたが」


「脅されたんです!

 そう書かないと大変な事になると!」


 矛盾だらけだが、そんな事は言ってられない。

 この場をなんとか!


「いい加減にしろ」


「雄二?」


「...雄二君」


 それまで口を噤んでいた旦那が初めて声を出した。

 私を見る視線は射貫く様な物だった。


「お前から立花に縋っていたのは間違いないだろうが!

 何が騙された?

 ふざけるな、騙されたのは俺の方だ」


「...そんな」


 こんな話し方をする人じゃない。

 彼はいつも穏やかな人なのに。


「立花がお前の初恋の人だとか、どうでもいい。

 初恋の相手と結ばれる事なんて滅多に叶わないんだ。

 俺はお前と幸せな家庭を、ご両親と一緒に築きたかっただけだ...」


 そんな事まで私は書いていたの?

 いや、そうじゃない。

 亮一の両親か、私の両親が旦那に言ったのだろう。

 余計な事を...


「もう終わりだ」


 大きく息を吐いた旦那は私に言った。


「まさか?」


「離婚に決まってるだろ。

 これだけの事をして、まだ許して貰えると考える方がどうかしてる」


「いやよ!」


 冗談じゃない!

 このままで終わるもんですか!


「貴方にも過失は有ったのよ!

 離婚するのなら、それを償って貰うから!」


「俺に過失?償う?」


 旦那...いや雄二は唖然とした様子だ。

 このまま黙って引き下がれるものか。


「愛奈いい加減にしろ!」


「愛奈ちゃん貴女って人は!」


「止めないか!」


 外野が五月蝿(うるさ)い。

 もう味方なんか期待してないから、どうでも良い。


「財産分与しなさい!

 後、亮子の養育費もね!」


「お前は...」


 雄二は下を向いて首を振った。

 亮子を取られるのを想像したな?

 でも、もう遅いわよ、親権は絶対に手離さないから。


「あの奥さん...それは」


 弁護士も困ってるわね、良いわ聞いてあげる。


「何よ」


「山村雄二さんは親権で争わないと」


「はあ?」


「自分の子で無い以上、親権は必要ない、との事です」


 なぜそれを...これだけは絶対にメールやラインで残して無かった筈だ!


「嘘よ!」


「何がだ?」


「亮子は私達の子よ」


「お前と亮一とのだろ?

 亮子って、まあふざけた名前だな」


 嘲笑を浮かべる雄二。

 コイツまで私にそんな態度を取るのか!


「証拠でもあるの?」


「DNAして親子関係を否定されたが?」


 まさか...そんな事を。


「いつのまに」


「お前が入院してる間にな」


「どうして私の断りもなく!」


「必要か?」


 呆れ顔で奴が笑う。

 頭に昇った血で、目の前が真っ赤に染まる。


「畜生!!」


「全くだ...畜生その物だよ、お前等は。

 畜生に捕まった俺は...糞」


「雄二君」


「山村君、すまない」


 奴...雄二は苦しそうな呻き声を上げた。

 涙?

 まさか泣いてるの?


「俺だってお前と付き合う前に恋人が居たさ。

 だがな、親がいないだけで結婚を向こうの両親に断られたんだ。

 一生1人で良い、そんな俺に部長は....」


「すまん、私達の目が節穴だった。

 まさかこんな人とは...」


「「申し訳ありません」」


「私の息子が一番悪いんです」


 周りの人は雄二に頭を下げた。

 雄二は困った顔をして弁護士に視線を合わした。


 「俺は行きます。

 後は全て弁護士先生に委任しましたから」


 「待って!」


 部屋を出る雄二に叫んだ。

 『これで最後になる!』

 私の心がそう言っていた。


「ごめ...」

「畜生は考える事だけじゃなく、言葉も理解出来ない...いや畜生に失礼か...」


「え?」


「失礼します」


 そう言って雄二は部屋を出て行った。

 最後に見た雄二の目。

 あれは何と言ったらいいんだ?

 怒りでも、汚い物を見るでも無い。


「分からない」


 椅子にへたり込む。

 あの目が焼き付いて離れないのだ。


 「さて、続けますね」


 弁護士は狼狽える事無く話し出す。


 「「はい...お願いします」」


 項垂れたまま、両親が呟いた。

 何を続けると言うの?

 離婚なら応じるつもりなのに...


 「立花亮一さんと山村愛奈さんの慰謝料についてですが...」


 これが新しい地獄の始まりになる。

 観念した私はただ、弁護士の話を聞き流すだけだった。


ラスト、エピローグ行きます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] もうね、おなかいっぱいですwww結局この人は自分しか愛せないんだろうな。 [一言] 屑二人のどちらかの両親と養子縁組させるのが子供にとっては1番いい方法だろうな。
[良い点] 清々しいほどの屑女。同情の余地が皆無。 [気になる点] 娘は屑女の両親に引き取られるか?むしろそれしかない。ただ、屑女に育て上げた両親が娘をまともに育てることできるか? 屑女と屑男の遺伝子…
2021/10/06 20:33 退会済み
管理
[一言] 托卵は慰謝料の桁が一つ多くなる程にヤバいからやっちゃいけないんですよねぇ 慰謝料を借用書の形にした上でちょっと「やり手」な回収屋さんにでも売り払えばあとは向こうのプロがあの手この手で金額分回…
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