中編
不味いことになった...
再び意識を取り戻した私が真っ先に考えた事、それは今後の事だった。
今は病室に誰も居ない。
もう家に帰ったのか、今後の事を話し合う為に別室へ移ったかのどちらかだろう。
事故を起こした車に私と亮一が乗っていた。
そして父さん達の態度、私と亮一の不倫関係がバレたのは間違いない。
『どうやって切り抜ける?』
旦那との離婚、今は出来れば避けたい。
ゆくゆくは亮一との再婚は考えていた。
なにしろ亮一は私の初恋相手、想い出の多さは旦那の比では無い。
しかしタイミングが悪すぎる。
これで離婚となれば財産分与で不利になる。
それにお金より両親は私を許さないだろう。
なにしろ両親は旦那を気に入っている。
私だって別れを選ぶ程、旦那は嫌な相手で無かった。
なにより亮一は私に嘘を吐いた。
何が天涯孤独だ、ちゃんと両親は居たじゃないか。
不信感が募る。
こんな奴に騙され、子供まで作ってしまった。
これを旦那や両親にバレたら、さすがに離婚は避けられない。
その為に亮一と口裏を合わしたくとも、今の私はベッドの上。
身体中を包帯に巻かれ、腕一本満足に動かす事が出来ないのだ。
それにしても...
「...顔が...痛い」
そう顔が痛いのだ。
目と口を除き、顔全体が包帯でグルグル巻きにされている。
事故直後から記憶は無いが、顔を強打したのは間違いない。
僅かに手足を触ると感覚はあるようなので、麻痺や欠損はないだろう。
「失礼します」
若い女の看護師が部屋に入って来る。
私の顔を見て、意識が戻った事に気づいた様だ。
「検温させていただきます」
機械的に私の脇へ体温計を挟む。
なぜだろう?私と目を合わそうともしない。
「...あの...今日は何...日ですか?」
痛む口で看護師に聞いた。
口の中も結構傷がある様で、相変わらず上手く話せない。
「10月25日です」
「25...日?」
冷淡な看護師の言葉に激しい衝撃を受ける。
事故から3日も経っているではないか!
「どうしました?」
「い...え、そんな..に長く私は」
「3日前に救急で運び込まれ、昨日まで意識がありませんでしたから。
男性も顔を強打されてまして、先ほど意識を取り戻されましたくらいです」
「そう...ですか、彼...は意識を」
亮一の意識が戻ったのか。
余計な事を口走らないか心配だが、こっちは動く事が出来ない。
亮一の方からここに来てくれたら良いのだが、向こうも私との不倫がバレたので、今は無理だ。
すぐ旦那が離婚の弁護士を雇う事は無いだろう。
なにしろ、雄二は私と娘の亮子にメロメロだ。
身寄りの無い旦那がみんなと別れて再び1人ぼっちになる事は選ばない筈。
『気の迷いでした』と亮一と二人で謝り倒せば何とかなる。
ひょっとしたら、亮一に慰謝料の請求もしないかも、それなら迷惑を掛けないで済む。
両親だって、娘と孫の将来を考えたら安易に離婚を迫る事はしないよね。
頭の中で今後の方針が纏まる。
そうと決まれば次に聞くのは亮一の容態だ。
余り長い時間は掛けられない。
「怪...我の...ぐ...あ...いはどうなんですか?」
必死で口を開き、看護師に聞いた。
「全身打撲で左足と右腕はヒビが入ってます。
それとお顔の傷が...」
「そ...れっ...私...の...ですか?」
亮一の怪我を聞いたつもりだった。
しかし看護師は私の状態と勘違いしたのか、身体とタブレットを交互に見ながら言った。
今は亮一より私の事に決まってる!
「ダッシュボードに顔から突っ込まれましたから。
砕けたガラスと車の破片で顔の右半分に30針以上の裂傷を」
「そんな...」
絶望が私を襲う。
それなりに自信があったのに。
「治...るんです...ね?外...科手術...とか綺麗に...」
「それは...私より先生に聞かれた方が」
看護師は言いにくそうな態度。
一体どうして私がこんな目に...
看護師は部屋を出て行き、病室に静寂が戻る。
私の絶望が始まった。
そして眠れない夜が明ける。
今日も家族は来ない。
連絡を取ろうにも、携帯はどこにも無い。
私の携帯だけじゃなく、亮一から持たされていた携帯も。
あの携帯が、もし人目に触れる事があれば...
通話記録やラインの内容、そして録画データが晒されたと思うだけで冷や汗が止まらない。
看護師は私から話掛けない限り、何も言わない。
当然携帯の事なんか聞けないまま、お昼を迎えた。
「失礼します」
殆ど食べられなかった昼食。
食器を片付ける為、看護師が病室に入って来た。
その後に続く数人の人間。
別の看護師、そして医師、後はスーツ姿の2人。
スーツの1人が、鋭い目で私を見る。
ただならぬ様子に緊張が高まった。
「山村愛奈さんですね?
私、沢井警察の風間と申します」
「私は川村弁護士事務所、弁護士の川村と申します」
「は...はい」
1人は警察手帳を翳す。
制服じゃないのは刑事さんと言う事なのか。
それより一体どうして弁護士と警察が?
『やっぱり事故の事?』
『まさかもう旦那と離婚の話?それとも娘の秘密がバレた?』
様々な可能性が頭を巡る。
「立花亮一さんとのご関係は?」
「あ...それは...」
風間と名乗った男性が私に尋ねた。
なんと説明すれば良いの?
「山村さん、事故の際一緒の車に同乗されてました立花亮一さんから違法薬物が検出されたのです。それで」
『薬物?一体何の事?』
声にならない。
「立花亮一さんの持ち物に大麻やコカインが、体内や衣服からも検出されたのですよ」
「な...なんで...すって?」
事態がよく飲み込めない。
薬物?大麻?
亮一はそんな物を使っていたの?
ひょっとして私も使用を疑われるの?
冗談じゃない!
「薬...物なん...か知りま...せん」
大声で否定しようとするが、引き吊った口が痛み上手く声にならない。
「はい、ですから尿検査実施に同意を」
弁護士が淡々と告げる。
『何故?私は知らないと言ってるでしょ?
『亮一に聞いて下さい』
そう言いたいが、私の口はパクパク開くばかりで殆ど声にならない。
こんな屈辱は無い、本当に覚えが無いのだ。
「り...りょう...」
「立花さんは...その現在、意思の疎通が」
警察の歯切れか悪い。
私が使って無いって言ってるのに!
「山村さん」
気まずい空気の中、口を開く弁護士をニ睨み付けた。
「立花さんは事故の際、ハンドルに激しく顔を強打されました。
両腕と両眼、後、喉に強い障害が残ってしまわれたのです。
ですからお願いします」
「そ...そん...な...」
亮一の状態に、薬物検査を了解するしかないと覚悟する。
しかし、これは一縷の望みだ。
なにしろ今、亮一は意志疎通が出来ない。
私は騙されていたんだ。
携帯の有無なんかどうでも良い。
私は亮一に騙され、脅されて不倫した。
これで行ける、そう考えていた。