前編
家から車で2時間のラブホテル。
私と亮一は朝から3週間振りのセックスを楽しんでいる。
旦那は先週から出張。
娘は朝一番から保育園に預けている。
夕方まで心置きなく過ごせる貴重な時間...
「愛奈!」
「来て!亮一!!」
激しく欲望をぶつける亮一。
彼は絶叫と共に果てた。
「ふう...」
亮一はベッドから身体を起こし、上手そうに煙草をふかす。
一足先にシャワーを浴びた私は急いで服を着た。
私の家族は誰も煙草を吸わない。
臭いが着いたら大変だ。
「もう帰るのか?」
「ええ、早く帰らないと、電車が来ちゃうから」
この後ホテルから近くの駅まで送って貰う。
急がないと託児の終わる時間に間に合わなくなってしまう。
そうなったら両親に連絡が行くのだ。
同居する私の両親に不在がバレたら都合が悪い。
「そうか、次は来月な」
「分かった、また連絡して」
亮一との連絡は、彼が持たしてくれた携帯で行っていた。
「娘に宜しくな」
ホテルから駅に向かう車内。
運転する亮一が笑顔で言った。
身体の火照りは治まり、娘の顔が浮かぶ。
その顔に罪悪感が心を掠めた。
「...うん」
罪悪感は娘だけじゃない。
旦那にも、そして私の両親にもだ。
両親に旦那は良くしてくれている。
6年前、結婚後同居を希望する両親に快く応じ、1年後生まれた娘と暮らす幸せな家族なのに...
眠気が私を襲う。
昨夜は興奮して余り眠れ無かったのだ。
加えて長時間に渡った亮一とのセックス。
いつの間にか私は眠りに落ちていた。
私と亮一は近所に住む幼なじみ。
亮一は昔から私の事をなんとも思って無かったが、私は亮一がずっと好きだった。
でも初恋は実らず、亮一の家族はいつの間にか引っ越し、私は別々の人生を歩んでいた。
再会は地元で行われた小学校の同窓会。
私は亮一と13年振りに会った。
『結婚してたのか...』
二次会のバーで隣に座った亮一は私の左指に填められていた指輪を見て呟いた。
『ええ、今年ね。亮一は?』
『いや、まだだ』
『どうして?良い人居ないの?』
『居ないよ』
寂しそうにグラスを傾ける亮一に胸騒ぎを覚えた。
『だって、俺は愛奈がずっと好きだったんだから...』
『え?』
不意な告白に言葉を失う。
身体中の血が頭に集まるのが分かった。
『じ...冗談でしょ?』
「冗談なんか言うもんか、今日だって愛奈に会えるかもって、期待してたんだから」
尚も寂しそうに亮一は続けた。
『愛奈は今幸せか?』
『え...ええ』
上手く返事が出来ない。
旦那の雄二とは会社の上司からの紹介で知り合った。
ちょうど2年前に恋人と別れ、フリーだった私。
同い年の雄二は見た目は私の好みでは無かったが、穏やかな人柄と堅実な性格は正に結婚相手にはうってつけだった。
雄二を私の両親も気に入り、1年の交際を経て私達が28歳の時に結婚した。
それなりに幸せな結婚生活。
煙草も博打もしない。
ただ雄二は出張が多いのが不満だった。
それだけが...それだけだったのに。
迷いを振り切る為に酒を次々と呷る。
お酒に強い私が、あの夜は酔いの回りがいつもより早かった。
頭に血が昇っていたからだろう。
『あれみんなは?』
気づけいたら私はカウンターに突っ伏していた。
どうやら寝てしまっていた様だ。
『気がついたか』
『亮一?みんなは?』
『帰ったよ』
『そう、じゃ私も』
立ち上がる私の手を亮一が握った
『...亮一』
『好きだ、今も...ずっと』
熱い瞳に声が出ない。
『最後の想い出に頼む』
亮一が何を欲しているか、考える間でも無かった。
『ダメ...もう私は...』
『一度だけ、一度だけで良いから』
『うん...待ってて、電話するから』
携帯で両親に電話をする。
旦那は出張で自宅には居ない。
両親には飲みすぎたから小学校時代の女の友人とホテルに泊まるからと連絡する。
疑う事なく了解する両親。
....こうして私は亮一と一線を越えてしまった。
「...ん」
車の振動に目が覚める、どうやら寝ていた様だ。
「駅はまだ?」
目を擦りながら亮一に尋ねる。
結構長く寝ていたのに、ホテルから駅まで30分程で着く筈だ。
「今日は送ってやる」
「いいわよ、見られたら大変だし」
亮一に断る私。
地元で亮一と居る所を見られたら大変だ。
彼は今は1人暮らしで隣の県に住んでいる。
人妻が男と一緒の車に乗っていたなんて、知られたら面倒な事になる。
「構わないだろ、もし見られたら偶然会った事にすれば良い」
「イヤよ」
「頼むよ、俺の娘にも一度会いたいし」
亮一の言葉に眠気が搔き消される。
そう、娘は旦那の子じゃない。
亮一との子供なのだ。
「俺は一人っ子だろ、親も死んだし、天涯孤独なんだ。
血のわけた自分の子供に会いたい」
「...亮一」
托卵は亮一に頼まれた。
結局不倫を続けてしまった私に亮一は結婚を迫らなかった。
私が離婚は出来ないのを分かってくれたんだろう。
『結婚出来ないなら...俺の子供を頼む』
悪魔の誘いに再び乗ってしまった。
旦那とのセックスにはピルを飲み、亮一と子供を作る。
私は亮一との子供を妊娠し、出産した。
「...分かったわ、くれぐれも保育園で変な事言わないでね」
「俺が本当のパパだよってか?」
亮一の軽薄な言葉に怒りがこみ上げる。
とんでもない、そんな事して全てが知られたら破滅だ。
人生が終わってしまう。
「旦那も哀れだな、生まれた子供をずっと自分のガキだって、騙されてよ」
亮一の様子が変だ。
いつもはこんな事言う人じゃないのに。
「...そんな事言わないで」
「最愛の娘は他人の子ときた、可愛いんだろな。
何にも知らねえで」
「...」
嘲ける様に話続ける亮一。
私は得体の知れない物を見ている気分になる。
「やべ、興奮してきた」
「な...なにを」
亮一は運転しながら下半身を露出させる。
一体何を考えてるの?
興奮する亮一の物に嫌悪感が私を支配した。
「なあ頼むよ」
「ふざけないで!!」
思わず亮一の下半身をひっぱたく。
冷静さは失っていた。
「うわ!」
「え!」
亮一が叫ぶ。
ハンドルから手を離した車は制御を失い対向車線に飛び出す。
...私が見たのは目前に迫るトラックの姿だった。
「....ここは」
今度は激痛に目が覚めた。
全身が痛い。
私の身体中に包帯が巻かれていた。
「...気がついたか」
「お父さん...お母さんも?」
目の前に居たのは両親と...あれは誰?
いや見覚えがある、もう2人の男女の姿。
「久し振りだな愛奈さん」
「え...?」
男性は厳しい視線を私に向けながら呟く。
この二人は...
「お前が不倫した立花亮一の両親だ」
両親?
『嘘、亮一は天涯孤独だって!』
そう叫びたいが、口が上手く開かない。
「馬鹿が...何の不満があって、お前は...」
お父さんが呻き、お母さんは私を睨んだまま涙を流していた。
「亮一の意識が戻りましたら...」
「そのまま死んで欲しかったですよ、コイツも連れてね」
吐き捨てる様なお父さんの言葉に私は再び意識を失った。