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騎士鎧の怪

作者: 鯣 肴

 カシャン。カシャン。カシャン。


 ブルルルル……。


 珍しく肌寒い夏の夜。少女は布団で震えていた。


 それは、金属が擦り合うような奇妙な音。それは日常ではしない音である。けれども、聞き覚えがある。全く同一とはいわないが、似たような音を、ほんの数時間前に聞いたのだから。


 それは、映画。夏だ。だからこそ、怪談だ、と、映画を見た。この自宅で、幼馴染兼彼氏といっしょに。今日は偶々両親がいなかったとはいえ、未だ中学生だからと、清い付き合い。


 だから、別にいい感じになるとか別にそういうこともなく、何事もなく映画を観終わって。……ちょっと期待はしてたよ。けど、何も起こらなかったよ。そういうもんなんだよ? だよね?


 そんなことを思い返しつつも、あの、リアルさまよう鎧みたいな、けど、なんか年季と迫力のあった騎士鎧のオバケ? 空っぽの筈なのに、兜の隙間から漏れる赤い光と、なんか、『ミテルゾォ』的な目力。目なんてないけど、確かに感じたんだ。


 私はこういうのに弱い。こういうとき、自分の中に二人いるんだ。『バッカみたい、はは』っていう、斜に構えてふざけ笑う私。そして、『でももし、今コイツが私たちの後ろから急に出てきたら……』って、背筋に寒気が走って、トイレが近くなるくらい辛くなる私。


 混ざって、よくわからないけど、とにかくこわい、ってなる。想像しちゃうから。ありもしないもしも、を。


 それでもトイレは我慢するし、見るのをやめるのはナシ。こんなじゃあ、来週の廃トンネルでの肝試し、絶対に行けないから。耐えられないから。


 で、『怖かったよぉ……』


 って、ほんと怖くて、彼にすがりついて。私が無きやんで落ち着いて、ようやく彼は帰って、そして――今。


 あの奇妙な音は、ぴたり、と止まった。


 冷たい汗が頬を流れる。涙じゃ、ない。多分。多分。そうであってほしい。だって、怖くなったって、私は叫ぶタイプじゃあなくて、声出ず涙流してその場に崩れ落ちて逃げられなくなるタイプだから。


 ふとんの端をあける。いつも扉から背を向けて横になっていることを幸運に思った。


 ベランダの外。隣の家が見える。丁度、それは彼の家であって、彼の部屋であって。気まぐれにベランダを伝って彼は私の部屋にやってくる。


 今日今こそ気まぐれを発揮してほしいけれど、灯りはついていないし、彼は多分、部屋にいない。


 ……。スマホを別途から1メートルあけた距離にいつも置くようにしていることを不幸に思った。


 がしん。ガチャッ。ぎぃぃぃぃぃ。


 ……。


 ぶるるる。


 汗が滝のように。


 強烈な寒気。自分の体が自分のものじゃないみたいに、震えて、震えて、止まらない。


 わ、わかる。試さなくても。声なんて、絶対に、出ない……。


 がしゃん。がしゃん。


 金属の擦れ音は近くなる。近づいてくる。


 でも、私は何もできない。為す術がない。


 布団が、冷た、暖かく、湿っていく感覚に、もうダメだと、頭が真っ白になっていく。


 出た……。出た……。


 見なくたって……分かる……。鎧の、亡霊……。あんな映画見たからだ……。ごめんなさい……。ごめんなさい……。ふざけて、見て、ごめんな……さい……。


 がしゃん。すぅぅっ。


 布団の中に、のびてきた……。気絶、しちゃいたい。気絶、させて、ください。おねがい……します……。


 カシッ。


 冷たく、無機質な何かが、私の足を、掴んだ。


 力が、抜けていく。


 残っていた手足の微かな感覚も消えるくらい脱力して、力無く、色々と零れ、出ていく。ライオンに捕まった草食動物の気分。


 この前見たドキュメンタリーのことが走馬燈のように鮮明に迸る。足から捕え、下半身から食す。血が沸騰するような衝動が迸る。


『殺され……る!』


「あああああああああああああああああ!」


 残った片足で、胴があるだろう方向を後先考えず、蹴った。


 ガボッ! ブゥオン!


 確かに感じた、蹴り抜いた感覚と、ぶっ飛びに巻き込まれる感覚。


 布団を巻き込んだまま吹っ飛んだから、受け身も何もとれず、すんごいフラフラするけど、絶対に気絶なんてする訳にはいかなかたった。どんだけ気持ち悪くても、隙を晒す訳にはいなかかった。


 幸運なことに、もう足は掴まれていない。


 布団を剥がし、そこにあるものを月光が照らす。


「……。何してるのよ……。この、バカ……」


 そこには見知った顔があった。泡を吹いて気を失って、のびている彼氏がそこにはいた。転がって、べこんとへこんでいる騎士鎧の兜。私の蹴りで強く腹部分がへこんだ騎士鎧の彼。


 色々と泣きたくなって、私は気を失ったままの彼に縋りついて、気が済むまで泣いた。





 数時間後。彼が目を覚まして、どうしてこんなことをしたのか聞いた。


『やっぱ、やめとこう。お前にゃあ、ガチ肝試しは無理だ。こんなじゃあ済まない。それと、ごめん……。やりすぎた……。でも、こうでもしないとお前、みんなの前で粗相……することに……なってただろう……。でもお前、聞かないから……』


 謝られて、意図を知って。


 そして、彼は一つの動画を見せた。


 彼がハンマーで、アルミホイルを継ぎ足して、叩いて、騎士鎧を形成していく動画を。編集されていて、殆どがダイジェストなようなコマ飛ばしで。ひんどい仕込みだなあと、掛かっただろう時間が想像できて、馬鹿らしくなった。


 動画が終わって、くしゅん、と寒気から、せきが出て。


『そんなずぶ濡れじゃあ……なぁ……。シャワー浴びてこい。それまでに後始末はしておくから』


 全部彼のせいだけど、その言葉はとても優しく感じたし、とてもありがたかった。


 シャワーを浴びながら、色々と思い返しながら、彼が頑張って後片付けしてくれている様子を思い浮かべながら思った。


 私ってほんとバカかもしれない……、って。

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