2 副隊長は過去を回想してみた
僕の生まれは、大国カルデリアの、子爵家だった。
生まれ落ちた瞬間から、暗殺者としての教育を受けた。
「ドライアル、次のテストに落ちたら、君を処分する。意味は分かるな?」
ポリストリー家は代々、王家直轄の暗殺部隊を育てる家だ。基本的に国の裏側の顔を全て担う。当主である父は、女を屋敷に連れ込んでは種付けをした。
女が生まれたら――殺す。
男が生まれたら、暗殺者としての教育を受けさせ、落第すれば――殺す。
それでもその美貌に惚れ込んで、恋に狂うようにして屋敷に閉じ込められた女は多い。僕の母は、僕を生んで、次に妹を生んで、妹が殺されたと知って精神を病んだ。
用済みになった母は、父の命令で僕が息の根を止めた。哀れな女だった。
上に兄弟が何人いるかも分からない。覚えても仕方がない、どうせすぐに処分されるのだから。
僕はその時12歳だった。ここまで生き延びただけでも、かなり上出来な方だ。それでも限界が来ようとしていた。僕は極めて残忍で暗殺者に向いていると言われていたが、肝心の身体能力がそんなに高くなかったのだ。
「ターゲットはこの男だ。屋敷の警備はそこそこ厳重だが、失敗して逃げたらお前を処分する」
「一つ質問がある」
「なんだ?」
「殺しの手段は問わないのか」
「ほう…そうだな、確かに暗殺の手段はナイフだけじゃない。狙撃でも毒殺でも、好きなのを選ぶといい」
好きなのを選べと父は言った。
僕はその男に妻がいて、男が普段から妻をストレスのはけ口に、いじめ通していたことを知っていた。
まだ12歳だった僕だが、顔は大人ぽかった。15歳だと偽り、男の妻と偶然を装って出会い、初めて女を抱いた。
「…ねぇ、僕、このままずっと、君と一緒に居たい…んっ」
女がベッドの上で乱れている中、彼女を永遠に愛することを誓った。そして彼女が今の生活から抜け出すことに手を貸すと約束したのだ。
あとは話すほどのことでもない。女に毒薬を渡して、旦那さんに飲んでもらった。旦那は死に、女は裁判にかけられて死罪となった。彼女が斬首される最後の瞬間まで、存在しない男の名前を泣きながら叫んでいたのは哀れだったなぁ。
――女ほど利用しやすいものはない。
任務を完遂した僕を、父は殺しこそはしなかったが、いい顔はしなかった。
当然だろう。父の目的は、自分の命令を忠実にこなす、洗脳された息子達を作り出すことだ。その点僕は異質すぎる。
…だめだよ、顔に出しちゃ。
僕は何も気づかないふりをして、父の命令に忠実に従っていた。
父は裏で、僕の処分を検討していた。
父の一番弟子であり、暗殺に関して最も優れた腕を持つ兄が、町の娘に恋をしたことを知った。
すぐさま僕は娘を懐柔し、兄をけしかけた。
「あの子なら、父が暗殺者に必要ないと言って、閉じ込めて殺そうとしている」
怒りに狂った兄は父と死闘の末、父を殺した。
当然、娘を閉じ込めたのは僕だ。娘に恋した兄が殺人鬼だということをばらし、君を殺しに来るのだと教えてある。
死闘を終えて娘を救い出した兄は、その手で彼女を抱きしめる前に、彼女の両手に握られたナイフによって命を絶った。
「ああ、今回もまた、僕の勝ちだ」
自分の手は動かさなくていい。駒を使うのだ。
こんなこと父の教育の中にはなかった。父が使うのは洗脳だが、その洗脳は感情を消す方向のものだった。
それじゃ足りないことを僕はよく理解している。
人は欲深い生き物だ。常に何かを欲している。だから、その激しい感情を利用することで、いくらでも自分の駒として動かせることができる。
残された兄や弟たちを、同じような手で相討ちにさせたり利用したりして、僕はついにポリストリー家の当主となった。
国というものに興味があったわけではない。その気になれば国家くらい滅ぼせるとも思った。ただ――大国カルデリアの上層部に潜り込めば、今よりもっとスリルで楽しいゲームができるのだと考えていた。
そう考えて王家親衛隊入隊試験を受けた結果――副隊長止まりだった。
コネは十分に使ったはずだ。王族には会えていないものの、侯爵令嬢と関係を持っているのだから隊長にしてもらう予定だった。筆記試験は当然満点だ。
ゲームとして取り組んだわけではないが、なんだか負けたような気分になって、腹が立った。
「私が王家親衛隊隊長、ヨベル=ベズニードルです。ようこそ親衛隊へ」
隊長と名乗ったのは銀髪の物腰の柔らかい男だった。
彼が抱える秘密をすぐに暴いて見せたが、本人含め、女王そしてこの国の剣姫は何も気にしていなかった。
気に食わない。
今までなんでも思い通りになってきた人たちの中で、彼等だけ上手く動かすことができない。
心が乱される。
女なんて、簡単に落とせると思っていたのに、女王も剣姫も、王族ゆえの能力なのか、人の心を見透かされているような感覚になる。
非常に不愉快だ。
それに彼等は、僕と違って善人であろうとしていた。
「…ねぇ、女王さんって馬鹿なの?戦争に犠牲はつきものだよ?僕は出来るだけこの国に損失が出ないように、弱くて成長の見込みのない奴らで囮部隊を編成したんだけど、なんで撤退させるわけ?」
「……ドライアル。貴方のやり方には、賛同できないわ」
女王はだめだ。僕は静かに剣姫に目を向けた。
剣姫には正直、少し期待をしていた。彼女はちゃんと、人殺しができる人間だ。戦場で舞うのが美しいと言われるような、冷酷さと強さを兼ね備えた女。少なくとも父や兄と同じような、こちら側の人間だと思っていた。
「…たった今より全軍の指揮権をドライアル=ポリストリーから、ヨベル=ベズニードルに譲渡する。ヨベル、籠城戦だ、ユーシティ城を死守しろ」
「――っ」
完全に裏切られた。
僕はテーブルの上にあったチェスの駒を薙ぎ払った。これで作戦を立てていたんだが、もう意味がない。
どうせカルデリアは破滅するんだ。ここまで僕の思う通りに進まない展開は初めてだった。もうどうでもいい。
「承知しました、ソラン様。……あの、ソラン様は?」
忠犬が主の身を心配している。この男が剣姫にベタ惚れなのはどこから見たって分かる。そして剣姫はこの男を信頼している。――僕から駒を全て奪って、この男に渡すほどには。
「それなんだけど、全軍の指揮権はヨベルに渡す。ただ…」
言いながら、剣姫はしゃがんで地面から何かを拾った。そして、その何かを僕に向かって投げてきたのだ。
意図が分からずに、それを受け取ると、彼女は僕に笑いかけた。
「――その代わり、私が貴方の駒になるわ」
手を開くと、そこにはクイーンの駒があった。
「今から貴方の指示に全て従う。方法は問わない、私を使ってこの戦争に勝って見せて。貴方ならできるよね?」
「ソラン様!まさか一人で敵陣に」
「彼がそうしろと言うなら」
「無茶です…!」
「――無茶じゃないよ」
久しぶりに、身体が震えた。
彼女は何て言った?僕の駒になると。
僕は、この手でこの国最強戦力の剣姫を、好きに扱えるって?
――いや、そんなことよりも。
彼女は、一番価値のある、彼女自身を僕に与えてくれた。
それはつまり、それだけ僕を…。
「期待に応えてみせよう。勝率は87%だけど、いいかい?」
「念のため、残りの13%を聞いてもいいかな?」
「僕が王手をかけるよりも前に、隊長さんが負けて城が落ちる確率だね」
「ぷっ……だそうだよ?ヨベル」
悪戯っぽく笑った彼女は、僕の前まで進み出て、手を差し出した。
「それじゃあ行こうか、ドライアル」
彼女に呼ばれた名前は、今までどの女に呼ばれた時よりも、気持ちのいい響きだった。
*
いい香りがする。
どこか懐かしい夢を見たような気がする。
「……ん」
目を開くと知らない天井だった。そして映るのは…。
「ソラン、さん?」
「おはよう」
は。
待って、この体勢、僕はつまり膝枕されているというわけかな?
というかそもそもここはどこだ。僕は――。
「――ねぇ、僕に何をしたの?」
少し低い声で聞く。すると彼女は笑って答える。
「催眠薬を飲ませた。あれから体感時間で半日は経ってるわ」
怒りが湧いた。奇襲で仕掛けるという作戦だったのに、これじゃあ台無しだ。
このまま彼女の膝の世話になるのも癪なので、上半身を起こす。痛みを覚悟したが…そんなに痛むことはなかった。
「ついでに治癒魔法をかけた。クリスタルと経路が開けないって聞いたから、欠片の中で循環させるイメージでやったら出来た。完治はさせていないけど、だいぶマシになったでしょ?」
「……ソランさんの体力は?」
治癒魔法は術者の生命力を削る魔法だ。僕はそこそこの大怪我だったから、その代償も大きくなる。
「…8割方ってところかな。万全とはいかなくて、ごめん」
「………どうして」
彼女に背を向けて、僕は不機嫌な声を出した。
「どうしてなの?君の行動原理が分からないよ。君は僕の指示に従うって言った。僕の言うことを聞いていれば勝てるんだって分かってた。それなのにどうして勝手に動く!」
「……あの時と、同じだよ。勝ったとしても、私の大切なモノを失うのなら、私は全力で止める」
「ああ、あの時は兵士が犠牲になるところだった。けど今回の僕は君以外誰も使っていない!君のことを死なせようとも思っていない!こんな祖国から遠い場所で、君は一体何を失うって言うんだ!」
「………貴方の生存は、作戦に入っていたの?」
……は?
何を言っているのか、初めは理解できなかった。
僕だって彼女のことが分かるようになったと思う。僕が例えば隊長さんを犠牲にして勝つプランを立てたのなら、彼女は全力で阻止しに来るのだろう。だから今回は気が楽だった。彼女が大切に想う人たちは、誰もこの場所にいないのだから。
それなのに。
「僕が…君の大切なモノだというのか?」
声に出してから、しまったと思った。
彼女が何を考えているのか全く読めなかった。こういうときは下手に言葉を交わすと危険だということを知っている。
「…目的はなんだ。君は僕が色仕掛けで誘っても一つも応えてくれなかった。それが僕の常套手段だということも知っているよね?それなのに今更、僕にどうして欲しいと言うんだ」
「……貴方って、すっごく頭はいいのに、自分のことは全く見えてないんだよね」
カチンときた。声を荒げようとする気持ちを抑えて、絞り出すように繰り返す。
「目的はなんだ。僕をこれだけ振り回しておいて、何もないとは言わせない」
「ないわよ」
最高にイラついた。歪んだ顔を見せてくなくて、彼女に背を向けて肩を震わせていると、ふと背中に柔らかいものが当たる。彼女に後ろから抱きしめられたのだ。
「…君が色仕掛けで誘ってくるのは本当に意味が分からない」
「ねぇドライアル」
彼女の声は、至って真面目だった。
「利害関係なしで貴方の味方になる人がいるって、それだけ覚えておいて欲しい」
「…冗談はやめてくれ。僕が人を人だと思ってないって、君だって知っているだろう?僕は味方なんていらない、隊長さんだって女王さんだって、利害が一致しているから僕を王城に居させてくれているだけ」
「少なくとも、私だけは、貴方がこれから何をしようと、貴方の味方でいるわ」
「……僕はね、人を殺すことを厭わない。ここに来るまで、たくさん罪のない人を利用した。死なせた。君達と行動するようになってから更生したとでも勘違いしたわけ?残念ながら、これからも、目的のために多くの人を殺すつもりでいるよ。権力を振りかざしてね」
今更、彼女は何を言っているのだろうか。僕のやり方が彼女の理想に合わないことくらい分かっている。
けれども彼女は、私を抱きしめる力を弱めるどころか少し強めた。
「貴方の目的が、私の大切なモノを傷つけることになった時、私は全力で止めるわ。けれども、貴方のそのやり方自体を、私は否定しない」
「!…どうして」
「それがドライアル=ポリストリーという人間だから。私が見込んだ、お前だからだ」
息が止まった。今まで多くの女性に触れて、彼女たちの理想の男性像を演じてきたからこそ、僕は戸惑った。
胸が高まる。彼女はなんて言った?それが僕だから?彼女の理想から遠く離れているというのに、それが僕だから?
「僕に、僕のままでいろと?」
「私の前でだけは、演じなくてもいい。私は、私だけはお前の全てを肯定する。だから一人で抱え込むな。自分を蔑ろにするな。…私は国のためにお前の駒になったのではない、お前の駒になりたいからなったのだ」
「ぷ、あははははは」
笑わずにはいられなかった。あの英雄と称えられた剣姫が、まさかここまで人でなしだったとは。この悪の塊みたいな僕を、全て肯定するって?
「だったら僕の全てを教えてあげる」
*
とろけるような瞳で彼が私を見つめる。
不意に、胸が高鳴る。もともと美形であるのだから、ときめかないわけではない。ただ、今までの彼はどちらかというと、利用しようと私に近づいてきたのだ。今の瞳は最初の頃のものとだいぶ異なっていて、その変化に戸惑う。
そして、轟音が響いた。
「爆発――!?」
反射的に剣を構える。この倉庫は、随分使われていないようで、大量な本棚や雑貨が積み重なっていた場所だ。辺りを見渡すと、すぐに部屋の端の方で炎が上がっているのが見える。そして…。
「……ドライアルが、二人」
隣にいる彼と、本当にうり二つの顔だった。
「ソランさん、こんなところにいないで、僕とカルデリアへ帰ろう…?」
「……一応聞くけどソランさん、あれとどっちが本物か、証明する必要ある?」
「そうね、それじゃあ一つだけ聞くわ、私のことどう思ってるわけ?」
「守るべき主君」
新しく現れたドライアルは即答だった。対して隣にいる彼は、少しだけ間を開けて、呟くようにして答える。
「…大事な駒」
――駒、だけだと思っていたのに。
少し嬉しいと思いながらも、身体は一瞬の無駄もなく動き、地面を蹴る。
「よっと」
遠くにいるドライアルは慌てて後ろに飛びのく。その先は壁だ、逃げられはしない。
……と思っていた時期が私にもあった。
信じられない光景を初めて目にした。偽ドライアルの身体が壁に吸い込まれていく。まるでその壁が幻だとでもいうかのように、全くの障害になっていないのだ。
一歩遅れて剣を振るが、剣先が彼を吸い込んだ壁に当たった瞬間に、激しい火花を散らして跳ね返った。手が痺れるほどの衝撃に耐え、壁の前で立ちすくむしかなかった。
「距離を取って良かったぜ…。流石剣姫、想像以上に速いんだな」
少し離れた壁から、頭だけ出した偽ドライアルが話しかけてくる。
このまま斬りつけても、すぐに壁の中に引っ込むのだろう。そうと分かっているからこそ、私は黙って彼を睨んだ。
「ゼファリン=ハウスフロー、僕たちをどうするつもり?」
「随分余裕そうだな色男。お前を捉えられなくなって、元に戻ったらもう二度とお前の顔になれないの、困るんだが?暫くずっと君の顔で過ごすしかないじゃないか」
「質問に答えろ。ただでさえ君に苛ついているんだから、これ以上僕を怒らせないで」
「はいはい…。――別に、何もしないぜ?お前らはこのまま退場するからな、それだけ」
「こっちには剣姫がいる。勝てるとでも思ってるのか」
ゼファリンは部屋の中をざっと見渡して、そして細く笑った。
「だから言っただろう、何もしないって」
「!…まさか」
「それじゃあ、俺はカルデリアに帰るぞ、早く城攻めの準備をしないと」
そう言ってゼファリンは首をひっこめた。二度と現れてくる気配はない。
「ソランさん、水龍を火にかけて、今すぐっ!」
「え……す、水龍――!」
…いつもの感覚で能力を使おうとした手からは、何も現れることはなかった。
「ちっ、これも読まれていたか」
ドライアルはふらつく身体で部屋のドアの前まで走り、押し引きをするが、ドアはまるで動かない。
「ねぇ……まさか、私達」
「――閉じ込められたよ。外には恐らくクリスタルで作った結界がある。そして部屋の中の炎、大量の燃焼物……後は分かるね?」
大したことはないと思っていた爆発、小さな炎が、大きな凶器に見えてくる。
「これが彼なりの、剣姫の狩り方なんだよ」




