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07.イケる気がしたのだ



舞踏会の招待状を手に、戦場へ赴くべく決意を新たにする。

アンナと二人、馬車を降りると黒服の男に出迎えられた。

――いざ出陣。


会場に着くなりアンナは「ひと狩り行ってくる」と早々に人混みに消えていった。しばらくすれば戦利品自慢とばかりにまた声をかけてくるだろう。


(今日はどれほどの憐れな男心が弄ばれるのだろうな……)


思わず遠い目になってしまったが、キャサリーンだって負けてはいられない。今回こそはなにか報告できるような手柄を立てねば。

父にはダンスの誘いは断れとしつこく言われたが、こちらから誘うなとは言われていないのだから。



* * *



「ごきげんよう」

「……ごきげんよう、ブルーノ伯爵令嬢」


少し年上の、気の強そうなご令嬢は挨拶を返してくれた。いかにも不愉快そうに眉を顰められるが、逃げられるよりマシである。


(ふむ、年上ツンデレ属性も悪くない)


前回の敗因はやはり()り好みだったようだ。

胸の谷間から必死に視線を外した点も良かったのかもしれない。


しかしダンスに誘うと

「貴女どういうおつもり?」

ズイ、と眉間の皺を深めた顔を寄せられる。


(あ、顔面が近い。なんかイイ匂いがする。ヤバい、興奮してきた)


失ったはずのチンチンが反応したようで涙目になってきた。


「ちょ、ちょっと……泣かなくてもいいじゃない……失礼するわっ」


美少女は戸惑いの表情になり、結局足早に去ってしまった。

やはりオッサンの興奮した顔は気持ち悪かったらしい。

引き留めたかったが、年期の入ったコミュ障に咄嗟の言葉が出るはずもなく。綺麗な後ろ姿を呆然と見送るしかなかった。


(ちょっとイケるかもと期待しただけに悲しい……)


たった二言三言、会話が続いただけでイケると思ってしまうのは童貞ゆえの習性なので許してほしい。

挨拶だけで逃げられた前回までの悲惨さと比べたらイケる気がしていたのだ。





今日もまたダメかと落ち込むキャサリーン。ふと、入口付近を見やるとボサボサの栗色の頭が目にとまった。


(――グレンだ)


あの猫背は我が協力者に違いない。

彼は今来たばかりなのだろう。誰とも会話せず、足を止めることなくまっすぐ会場隅を目指し歩き始めた。なんと迷いのない、力強い足取り。

しばらく遠目に観察していたが、壁のシミを決め込んでいるのか動く気配がない。地味な見た目も相まって存在感も希薄だ。


(俺が必死に頑張っているというのに、なんという怠慢!)


これは協力者として物申さねばなるまい。


キャサリーンは人混みを掻き分けて壁のシミに向かう。

途中でなんか寄ってきた気もするが、生憎キャサリーンの耳は可憐な女性の声しか拾わないようにできているのだ。何食わぬ顔で雑音を右から左に聞き流し曖昧な返事をしつつ歩みを進める。




「おいこら、いい度胸じゃないの」


声をかけるとグレンは飛び上がり、まるで野生動物が警戒するようにじりじりと距離を取った。

3メートル以上。ソーシャルディスタンスにしても離れすぎだ。


「「……」」


じりじりと睨み合いが続く。

キャサリーンが一歩近付くと、グレンは壁に沿って一歩さがり。また一歩近付けば、一歩さがる。

攻防に堪えきれなくなったキャサリーンが「ストップ! ステイ! そのまま逃げるな!」と叫ぶと、グレンはビクリと肩を震わせ動きを止めた。俗にいう3Sである。


「キャサリーン・ブルーノ……夢じゃなかったのか……」


目を見開いて、たっぷり数秒キャサリーンを凝視するグレン。かと思うと、急にハッと気付いたように慌てて視線を外した。


(まぁオッサンの面影が残る顔なんか見たって面白くはないよな)


さすがのキャサリーンもちょっと傷ついたが、もう慣れた。気を取りなおして不届き者に向き直る。


「本日の我々の目標は、ダンスの相手を見つけることです」

「へ……?」

「ほら、明確な目標があったほうが行動しやすいでしょう?」

「はぁ……」

「ちなみに私は5人に話しかけました。4人に誘う前に逃げられました。1人に睨まれました」

「あ……そ、そうなんだ……」


ずいぶんグレンは戸惑っているようだ。生返事だし、視線を泳がせ目を合わせようとしない。腕を擦ったりポケットを触ったり挙動不審だ。


「唯一マトモに話せた子も途中で気持ち悪さが限界突破したみたいで、逃げられてしまったわ。もう今日の気力は尽きた。というわけであとはグレンが頑張れ」

「あ、あぁ……」


相変わらず視線はうろうろしているし、ソワソワして落ち着かない。まるで思春期の男子が好きな女の子を前にして緊張しているようではないか。


(こんなオッサン相手に何故)


コイツそういえば先日、魔性の妖怪父上を見た時も様子がおかしかったなと思い至る。

まさか……


「グレン、あなた男色なの? しかも枯れ専……」

「ち、違う!!!」


慌てて上げた顔は真っ赤だ。まだ来たばかりで大して酒も呑んでないはずなのに。

やっと目が合ったと思ったが、またすぐに逸らされる。


「ねえ、こないだの約束覚えてる?」

「ごめん、実はあんまり……夢じゃないかと思って……」


君に会った夜からちょっとボーッとすることが多くて、とか言ってるがあの夜やはり父に惑わされたんじゃないのか? 本当に大丈夫かコイツ?


「ビジネスパートナーとして契約内容を確認しなかったこちらのミスもある。グレンの消極的姿勢がわざとではないというのは理解した」


改めて業務内容を見直す必要がありそうだ。

契約書でも作るべきかと思案していると、グレンは恐る恐るといった様子で「とりあえずちょっと……離れておいたほうが……いいんじゃないかな……」などと言い出した。

少しずつ距離をあけて白々しく他人のふりをしようとしている。


――ソーシャルディスタンスの意識高いな!? だが逃がさん!


「おい! 私が使えないからって裏切るんだろう!」

「違っ……! 俺と一緒にいると誤解されると思って……」

「さっさと壁のシミ決め込んだと思ったら、もう相手に困ってませんってことだったのかよ! ちくしょう!」

「声! 声が大きいよキャサリーン嬢!」


グレンの制止も聞かず、キャサリーンはさらに捲し立てる。


「ひどいわ、私の心をもてあそんだのね! 必死な姿を見て楽しんでたんでしょう!?」

「ええー? グレンが弄んだのかい?」


突然、間延びした声が割り込んできた。

二人してその声の主に顔を向ける。


「まさか本当にグレンが女性と話してるなんてビックリしたよー」

「……兄貴」


グレンと同色の髪と瞳。背の高い青年が笑顔で立っていた。



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