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04.目が肥えないうちが勝負



(なんか疲れたな)

キラキラしたイケメンとシャンデリアは、相乗効果で目がチカチカする。

頭を冷やそうとキャサリーンは中庭に出ることにした。



* * *



さすが王城のガーデンテラスは様々な花が咲いていて素晴らしい。なんの知識もないキャサリーンが見ても素晴らしいと分かる。今夜は満月ではないので薄暗いのだが僅かな光のもとでもこれだけの素晴らしさだ、昼間はもっと素晴らしいに違いない素晴らしさだ。

……コミュ障オッサンの接待用語彙(ごい)力なぞこんなものだ。


しかし目障りな光景を前にキャサリーンの機嫌はダダ下がりだった。オッサンといえど花は嫌いじゃない。問題はあちこちに備えられたベンチにのさばる人間ども。

気分転換にガーデンテラスに来たのに、リア充たちが薄暗いのをいいことにイチャイチャしてやがる。等間隔に配置されたほのかな灯りがムード満点だ。


(くそっ! くそっ!)


先ほど自分が女子に相手にしてもらえなかった鬱憤もあり、わざと足音を立てて足早に歩く。がに股だがドレスに隠れてるし暗がりだし誰も気にとめないだろう。



アベック|(※死語)達を避けてるうちに随分奥まで来てしまったらしい。気が付くと花がほとんど咲いていない区画だった。

幸い人間の気配もない。ヤツ等は雰囲気が大事だからな、こんな草しか生えてない陰気な場所には来ないのだろう。


ようやく落ち着いて辺りを見渡しながら歩いていると、足元のなにか大きな(かたまり)にぶつかり、キャサリーンはよろけてしまう。

背後からの僅かな照明で姿が確認できれば、先ほど蹴飛ばした謎の塊はスーツを着ていた。


(……人間だったか)


黒色のスーツ姿がうずくまっていたので、夜の闇に溶けて見えなかったのだ。


――ひとまず謝っておこう。


「ご、ごめんなさい」

「いえ、お気になさらず」


どうやら年若い青年のようだ。

肌は白皙というより不健康に青白い。栗色の髪には寝癖がついている。

青年からは逆光になっているのだろう、眩しそうにこちらを見上げた後はすぐに足元に視線を戻してしまった。

こいつはコミュ障に違いない。


「何をしているの?」


コミュ障仲間への純粋な興味。(あり)でも食ってたのかもしれない。

青年は顔もあげず面倒くさそうに応えた。


「この辺りでは育ちにくい植物が生えてたから、土を調べてた」

「へえ、詳しいのね」

「国立研究所で働いてるから」


怪しいアリクイかと思ってごめんな。

心のなかで謝っておいた。


「スーツを着ているってことは夜会の出席者? こんなところで土と遊びに来たわけ?」

「夜会なんて好きで来たわけじゃない」


急に機嫌悪くなった。

なんだコイツ。


「私、今日が社交デビューなの。デビュタント」

「……そうなんだ」

「でも今までずっと引きこもりだったからか、誰も相手にしてくれなくて。会話が続かないし逃げられるの」

「おっ俺も……!」


ぼっち仲間を見付けたと思ったのか、青年は勢いよく顔を上げた。

しかし灯りが眩しかったようで、目を細めるとまた土に向きなおり弄りだした。


「俺も、そうなんだ。女の子と何を話していいのか分からない」


先ほどまでの素っ気ない対応から一変、青年はぽつぽつ喋りだした。恐らく仲間認定されたのだろう。

キャサリーンが「まず声をかけただけで変な顔されるのよ」と先ほどの不遇を訴えると、彼も同意する。


「俺もそうだ。明らかにガッカリされるから申し訳なくなる」

「失礼しちゃうわよね! 『ただしイケメンに限る』ってどこの世界でも共通なのね、嫌になるわ」

「イケメンって?」


そうか、この世界に"イケメン"の概念はないのか。うっかりうっかり。


「"顔がいい男"って意味よ。要するに見目のいいモテる男ね、ほんっと気に入らない」

「……君は"イケメン"が嫌いなの?」

「当たり前よ! アイツらが女の子を独占するから世のモテないメンズがあぶれるのよ!」

「えっと、よく分からないけどモテない男の気持ちを代弁してくれてありがとう?」

「どういたしまして!!」


前世でも散々煮え湯を飲まされたのだ。

完全に八つ当たりだが、だんだん怒りのあまりヒートアップしてきた。


「あちこち声かけていい顔しやがって、悔しいったらないわ!」

「……そうだね、羨ましいよ」

「私を選んでくれたら余所見なんてしないのに。こんなオッサンを受け入れてくれる子を見付けたら、一筋になるに決まってるのに」

「オッサン? 俺まだ18歳だよ? そんなに老けて見える?」

「ああごめん、こっちの話よ。とにかく、やたらめったらモテたいわけじゃなくて、いや欲を言えばモテたいんだけど、もう誰でもいいから、いや誰でもというわけではないけど、とにかく誰か!!!!!」


ハーレム願望は多少あるが、童貞オッサンが高望みすべきではない。キャサリーンは基本的にハッピーエンド主義なのだ。


(俺を見てくれる可愛い女の子と愛あるセックスがしたい。いやチンチンないからセックスは無理でもイチャイチャしたい!)


命とイチモツは失ったが、夢は失っていないのだ。


「まあ分かるよ。歯の浮く台詞も言えないし、気の効いたこともできない。女の子に興味ないわけじゃないけど、まぁしょせん俺じゃあね……」


土をいじりながら青年が応えるので、キャサリーンも賛同する。


「アイツら息をするように女の子口説くからな」

「自分の不甲斐なさが余計につらくなってさ。もう一生一人でいいからただ静かに生きたい……」

「まだ若いんだから諦めんなよ」


――こんなオッサンですら諦めてないのに。


そう思うとなんだか後輩を慰めてるようで口調も崩れてきた。

前世のキャサリーンと同じ人種である青年もそうなのだろう、ぶつぶつと話し出す。


「やっと兄が結婚するから、次は俺の番だってさ。デビュタントの女の子を慣れてないうちに引っかけてこいって」

「……うわぁ」

「研究所に引きこもってる根暗には無理だよ。いくら社交慣れしていない箱入りのご令嬢とはいえ、相手にしてくれるわけない」


興奮してきたオタク特有の早口に親近感を覚える。

この青年なら話が合いそうだ、そう思ったキャサリーンはこんなことを問いかけた。


「つまりお前は不特定多数にキャーキャー持て(はや)されたいわけでもなく、複数の女の子を侍らせたいわけでもないんだな?」

「そんな面倒なことしたくない。女の子がたくさんいるとちょっと怖いんだ」

「わかるぞ青年。女子の集団を見るだけでキモいとかクサイとか言われてそうな被害妄想がよぎるもんな」

「同意なんだけど、君も女子では……?」


――おっと、そうだった。前世の傷は根深いってことだな。


「よく聞け青年。悲しいかな、私たちは贅沢を言える立場ではない」

「ものすごく失礼なはずなのに否定できない」

「そう、私たちは仲間になれる。協力者だ」

「協力……」


青年は短く反芻する。


――よしよし、もうひと押しかな?


「私と仲良くなってくれる(ふところ)の広い女子のそのまた友達なら、お前のことも邪見にしないはず。逆もしかり。つまり、どちらかが手柄をあげればいいわけだ」

「おお! ……おぉ?」

「本人に言えないようなことも私が探りを入れれば話してくれるかもしれない。お互いのミスをカバーし合えば成功率は上がるって寸法だ」

「君の評判を俺があげればいいのか。自分でアピールするより良さそうだ」


どうやら納得してくれたらしい。

ちょっと中心がずれたまま会話を続けていた気がするが、大筋合意というやつだ。

この関係はいわばビジネスパートナーなのだから、お互い妥協も必要だろう。


「よし決まり! 抜け駆けはなしだからな? うまく行きそうなら随時報告だ」

「分かったよ。ところで君のその口調は素なの?」

「あら失礼、私としたことがちょっと興奮してしまったようですの。お気になさらないで」

「そっか、君は変わってるな」


青年が初めて笑った。


(栗色の髪と相まって、犬みたいだな)


寝癖がちょっと犬耳に見える。






そろそろ夜会会場に戻らなければ、過保護な父が心配しているだろう。

無事に協力者が見つかったし、今日のところはおっぱいは諦めよう。

急いてはコトを仕損じるのだ。

コトとはもちろん、アンナコトやコンナコトである。


「青年、次の出席予定は?」

「グレンだ。グレン・マローニ」


薄暗いので足元を注視しながら歩く。

グレンと名乗る青年は猫背だ。前世の友人達によく見られたオタクの片鱗。ますます他人とは思えない。


「グレン、今日が終われば私はまた引きこもり生活になる予定なの。でも泣き落として頼めば父がなんとかしてくれるはず。引きこもってられないわ」


せっかく記憶が戻ったのだ。それに仲間も得た。

幸せおっぱい生活のために頑張るのだ。


するとグレンは流暢に応える。


「デビュタントのご令嬢達の目が肥えないうちが勝負だって、この時期は毎年頻繁に夜会の予定を入れられてるんだ。夜のほうが姿が見えにくいからマシだって。無駄なのにな。次はええと、5日後にスミス侯爵家の舞踏会だったな」

「ああ、肩パッドがすごい侯爵ね」


スミス侯爵家の奥様はダンスがお得意だから、頻繁にお屋敷で舞踏会を開いている。

その際ブルーノ家領地の装飾品を使いたいと申し出があり、父と交流が深かったはずだ。

ブルーノ家に来るたびに特注肩パッドが扉に引っ掛かって騒いでいたので、引きこもりのキャサリーンも印象に残っている。


「そうそう、肩幅盛りすぎのご当主んとこ。俺はたまたま母方の親戚だから招待してもらったけど、肩パッドとはいえ侯爵家だからな。開催直前だし簡単には参加できないだろうからその次の予定は……」

「大丈夫! 父に頼んでみるわ」

「侯爵家にそんな気軽に、君はいったいーー」




夜会会場であるホールが近くなり、辺りは会場からの照明で明るくなってきた。

遠くにはしきりに辺りを見回す父の姿があった。目が合うとすごい勢いでこちらに向かってくる。


「ひっ、あれはブルーノ伯爵……?」

「そういえば名乗ってなかったわね。私はキャサリーン。キャサリーン・ブルーノ。じゃあまたスミス侯爵家の舞踏会で会いましょう!」


笑顔で手を振ってその場を離れ、父のもとに向かう。

グレンは驚いた顔をして固まっていた。


(魔性の妖怪親父に魅せられたか?)


事態は少しも好転していないのに、頼りない味方ができたキャサリーンは清々しい気分だった。



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