01.ハイブリッドオッサン
幼い頃から人とは違うと思っていた。
ゆっくりゆっくり、別の誰かが自分を侵食する。
特別なきっかけがあったわけではない。
徐々に【私】ではない、誰かの記憶が流れ込んでくるのだ。
その度に【私】の一部が遠のき、【俺】と少しずつ入れ替わるような感覚。
これが前世の記憶であると、完全に思い出したのは社交デビューの夜会当日。
【俺】の記憶は深夜アニメのもうちょっとでポロリしそうなヒロインをどうにか見たいと、テレビ画面を下から覗き込んだ時、勢いよく頭を強打したところで途切れている。
オタク、中年、童貞。
三重苦のまま【俺】は死んでしまったようだ。
オマケにあのまま警察に実況検分されたとなると、一時停止した美少女アニメのいかがわしいシーンもそのまま大勢に見られたことになる。
恥ずかしい。死にたい。もう死んでるけど。
もはや前世に未練はない。
* * *
「さあキャサリーンお嬢様、準備ができましたよ。玄関で旦那様がお待ちですわ」
メイド長の声にはっとする。
夜空のような群青色のふわふわした髪に、真っ白で陶器のような肌。パッチリしたアイスブルーの瞳は、長い睫毛に縁取るように覆われている。
どうやらキャサリーンは美少女らしい。
"らしい"というのも、鏡を見ても脳裏に中年のオッサンが薄ボンヤリと浮かぶせいで、どうにも客観視できない。
今世16年に対し、前世のオッサン歴数十年。年季がはいっているのだ。
オッサンに今世の記憶が加えられた状態。ハイブリッドオッサン。
「今日のお嬢様は誰より美しいですわ。殿方の視線が集まりすぎると旦那様が不機嫌になりますわね」
メイド長はうっとりした顔をしているが、ゴツゴツしたヤロウなんざお断りだ。
なにゆえ生まれ変わってまで男に囲まれねばならんのか。
それに引き換え、おっぱいは良い。
きっと柔らかいのだろあ、前世では力士体型のふくよかな男の乳を揉ませてもらった記憶しかないが。
「……」
試しに自分のおっぱいを触ってみたものの、むなしいだけだった。アハンともウフンともなにも感じない。
なんなら力士友人の乳のほうが良かった。
とやかく言える立場じゃないのは分かっているのだが、自前というだけで評価がダダ下がり。
自前装備品という一点だけで、あんなに焦がれていた女体を前に、こんなにも"無"になれるものなのか。
その後メイド長率いる侍女軍団が部屋に乱入してきて、コルセットをぎゅうぎゅうに締められ、女って大変なんだなと虚ろな目になった。
さて、長年股間に連れ添ったのに本来の役割をついぞ果たすことのなかった相棒を失ったものの、目標は決まった。
美少女とのめくるめく百合展開。
百合に混じりたがる男には殺意を抱いたものだが、今世では見た目だけは美少女(※他称)。
なんの問題もない。
今日はデビュタントの初々しい女の子が集まる夜会。男もいるのだろうが知らん、興味ない。それより女の子だ。
自分だけを愛して見つめてくれる、ふわふわおっぱいの女の子はいるだろうか。
キャサリーンの期待は高まるのだった。