12.ついでに婚約指輪も(sideグレン)
翌朝、マローニ家のリビングには兄アレクの興奮した声が響いていた。
「それでね父さん母さん。キャサリーン嬢が他の男と踊れないように、徹底的に足を踏みつけていてね。いやぁ、グレンがあんなに情熱的だとは思わなかったよ」
「まぁ! 手段を選ばないマローニ家の血がついにグレンにも!」
「それでこそマローニ家!」
――マローニ家なんなんだよ。詐欺どころか呪われた血筋なのか?
両親の目は輝き、代わりに俺の目からは光が消えていく。
「ていうか兄貴も見ただろ、あのキャサリーン嬢だぞ」
あのあと地位も高くて見た目もいい男に囲まれ会場は騒然となっていた。あれが見えなかったとは言わせない。
誤解されては彼女にも迷惑だ。俺は半目で補足する。
「たまたま俺が一番最初に誘っただけだよ。彼女にはフィリスの王子とかもっとお似合いの相手がいる」
「相手は深窓のご令嬢なのだろう? 何とかうまいこと言いくるめて騙すのがマローニ家の本領だろう」
――本当になんなのか。こんな家系は滅びるべきでは。
脈々とこの迷惑な血を繋いできたマローニ家現当主の父は、なおも顎を擦ってこんな事を言う。
「足をわざと踏んで次の会話の口実にするとは、我が息子はなかなか策士だな」
「そんなわけないだろう!? 俺はもう嫌われた!」
――完全に八つ当たりだ。
だが諦めの悪い家族はなおも捲し立てる。
「でも気づかいは大事よ?」
母の言うことはもっともだ。
だがこの流れで素直に認めたくない俺は、眼を合わさず「お見舞いの手紙は書くつもりだけど」と頷く。
すると詐欺師の親玉こと親父がすかさず便乗してきた。
「花束くらい贈る甲斐性を見せろグレン! ついでに婚約指輪も!」
「婚約指輪を"ついで"に!? やらかした男からいきなり贈られたら可哀想だろ」
「じゃあ花束だけでも贈りなさいね。女の子は花束を贈られると、私を想いながら選んでくれたのねって喜ぶものなのよ」
「はぁ、もうなんでもいいよ」
気のない返事をしつつも、キャサリーン嬢の瞳と髪の色であるブルーを基調にした花束に、俺の瞳と髪色と同じ栗色のリボンを付けてもらった。
――少しでも俺を思い出してくれたら……。
どうせもう彼女とはこれきりなのだ。自意識過剰な男の主張を許してほしい。
花束に手紙を添えブルーノ家に贈る手配をしたところで、急ぎの手紙が届いた。
差出人は同僚。内容は【キャサリーン・ブルーノ嬢が友人とともに研究所を訪れたいと申し出ている】というもの。
「はぁ!?」
俺は思わず声を荒げた。
――意味が分からない。
俺の不相応な気持ちも、薄汚い欲望も、彼女は知っているはずなのに。
――おかしい。絶対におかしい。
どうして彼女は俺に構う?
いつの間にか俺は眉目秀麗になっていたのか。
いつの間にか一国の王子にでもなったのか。
いつの間にか裏山が金山どころかダイヤモンド鉱山に化けたのか。
――本当に職場に来るのか? なんのために?
期待してはいけないと自分に言い聞かせながらも、その日は念入りに髪をセットして白衣も新しいものに替えた。
何度も諦めようとしているはずなのに、僅かに見える希望にすがりついてしまう。
(我ながら必死すぎて笑えてくるな)
それでも約束の日を指折り数え、就寝前に思い出しては悶絶するのを止められなかった。




