8. 邂逅の時
二人の間を遮るように差し出された手は、酔っ払いの手を受け止めた。
「二人とも、やめるんだ」
先程聞こえたのと同じ、落ち着いた男性の声がした。
二十代未満の若干高めの声。
少し伸びた艶のある黒い髪。男っぽくない女性のような細い腕。
ここら辺では見慣れない、少し変わった服装。
──ドクンッ!
と、心臓が大きく鼓動する。
……ああ、見つけた。
「あぁ!? なんだテメェ! 退け、ゴラァ!」
「退かない。女性相手に殴りかかるなんて、恥ずかしくないのか?」
「んだとぉ!? 部外者は引っ込んでろ! これは、こいつとの喧嘩だ!」
「だからって見過ごすことはできない。…………大丈夫だった?」
青年はこちらに振り向き、私は頷いた。
「……よかった。ギリギリ間に合ったみたいだ」
ああ、間違いない。
会いたかった。
あなたに、お前に──転生者に。
私は、運が良い。
今日はとっても、運が良い。
まさか、こんな早く見つけられるなんて……。
仮面の下で笑う。
口を大きく歪ませ、狂気に満ちた笑みを、この顔に貼り付ける。
「待っていて。今、こいつを退かすから」
「ふざけんな! こいつが俺の手を斬ったんだ!」
「彼女は刃物を何も持っていないだろう。嘘はやめろ」
「嘘じゃねぇ! ──くそっ! なんなんだよテメェ!」
ここまで来ると、流石に酔っ払いが可哀想に見える。
男は都合の良いように解釈してくれている。
ここで真実を言えば面倒臭くなりそうだと判断した私は、口を挟まず傍観に徹することを決めた。
「彼女に謝れ」
「なんで俺が、ッ、ァアアアアア!!」
ミシミシと、骨の音が鳴る。
「謝れ」
「悪かった! 俺が悪かった──くそっ!」
ようやく解放された男は、恨みがましく私を睨んだ後、逃げるようにギルドを出て行った。
「大丈夫だったかな。怪我とかは」
伸ばされる男の手。
私は──
◆◇◆
伸ばされる男達の手。
力無き少女は抵抗することも叶わず、簡単に組み敷かれた。
少女は服を引き裂かれ、男達は腐り切った欲望をこの身一つに打ち付ける。
助けは居ない。
彼女以外の女は全員、ピクリとも動かなくなっている。
三日月のように曲げられた口元から覗く、粘ついた唾液。暗く澱んだ瞳の中に見える、醜い欲望の色。
そこに反射するのは、少女のあられもない──
◆◇◆
「触らないで」
私は、伸ばされた手を払いのけた。
パシンッ、と乾いた音が響き、手を弾かれた男は驚きに目を見開いた。
「男性に触れられるのは、あまり好きじゃないの」
転生者に心配されることは、私にとって何よりの屈辱だ。
……気に食わない。その顔も声も体も存在も何もかもが、気に食わない。
「あ、ご、ごめんなさ──」
「謝罪は必要ないわ。聞きたくもない。あなたが割り込んで来なくても、私一人でどうにでもなった。だから礼も言わない」
──余計なことはしないで。
私は吐き捨てるようにそう言い、男の横を通り過ぎる。
「そこの職員。上の空いている部屋を借りるわよ」
ギルド職員が頷くのを確認して、私は階段を登った。
「マリン。予定変更。ルアンに報告するわ」
「ぴゅい」
奴らを発見したら、まずはそれを報告する。
私一人で動くのも可能だけれど、万が一、私が返り討ちにされた時のために連絡は欠かさないことになっていた。
「…………さて、と」
部屋に入り、マリンの体内から手の平に乗る程度の装置を二つ、手にする。
これは『封魔の仮面』を作った友人から、ついでにと作ってもらった『音遮断器』だ。
装置に魔力を流している間は、私を中心とした一定範囲の音を遮断してくれる。
内緒話をするには必須だ。
もう一つは、遠くにいるルアンと会話が可能になる装置だ。
どんなに離れていようと、これ一つで報告が可能なので重宝している。
「もしもし、ルアン?」
『…………セリカ様ですか? どうしました?』
少しして、装置からルアンの声が聞こえた。
「少し予定が変わったから、行動する前に伝えておこうと思って連絡したのだけれど……どうやら、そっちも忙しいみたいね」
装置から聞こえてきたのは、ルアンの声だけではなかった。
周囲から誰かが走る音や、指示を出している大きな声も混ざって聞こえる。
そのどれもが怒気を含んでいて、日常的な仕事風景とは思えない忙しさが、その背景から伺えた。
「手短に伝えるわ。早速『転生者』を見つけた。軽い接触はしたけれど、まだ手を出していない。でも奴はこちら側に来たばかりのようだから、早めに動くことにするわ」
『かしこまりました。どうか、無理だけはなさらないように』
「ええ、もちろんよ。……それで? そっちでは何が起こっているの?」
『セリカ様が出立なされてすぐ、城下街の方で侵入者が発見されました。人間です』
「──なんですって?」
ルアンの口から放たれた言葉は、こちらの耳を疑うものだった。