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6. 愚か者の一撃




「これはつい先日の話だ」




 これは彼が直接見てきたのではなく、誰かがこのギルドで話していたことらしい。


 先日、この街の近くにある森にて、20代に満たない若い男が一人、彷徨っている姿が発見された。


 その青年はここらでは見かけない服装をしていたらしく、そいつを見かけた冒険者は「一人で彷徨くのは危ない」と声を掛けようとしたけど、青年は何かブツブツと聞きなれない言葉を呟いていたため、冒険者達はその様子を不気味に思い、声をかけるのを躊躇ってその場を離れた。



 そして別の冒険者の話によると、その森でとある商人が魔物に襲われたらしく、悲鳴を聞きつけた冒険者達が向かったら、それよりも先に飛び出した一人の青年が瞬く間に魔物達を蹴散らし、商人を助けた。


 その青年もまた、見慣れない服装だった。



 20代に満たない青年。

 魔物が多く生息している森を一人で歩き、見慣れない服装を身に付けていた。


 二つの証言に出てくる青年は、同一人物と見て間違いない。



「証言は先日って話だけど……詳しくは何日前かしら?」


「二日前の……夜だったな。人で騒がしくて詳しくは聞こえなかったが、そんな内容だったぜ。だが、まだ森にいるとは限らない。どこかに行っちまったかもしれないし、もしかしたらこの街に来ているかもしれない」


「その後の目撃情報というのは、無いのね?」


「俺が知っているのは、その二つだけだ」



 情報屋は常にこのギルドに居座っている。


 ここは街の中で一番情報が飛び交う場所であり、情報屋にとっては数少ない稼ぎ場だ。

 そんな彼がこれ以上の情報を知らないとなれば、後は自分の力で『謎の青年』を探すしか、そいつに近づく道はない。



「そいつらは酒に酔っていた。ただの妄言かもしれないがな」


「十分よ。……情報、ありがとう」


 私はポケットから小銭を取り出し、情報屋の前に差し出す。


 すると彼は、それまで気怠そうにしていた表情から一変。

 目を見開いて驚愕し、ガタッと慌ただしく立ち上がった。


 でも、周囲の視線に気が付いて、大人しく座り直した。



「…………おいおい、金貨二枚って、いいのか? 最低でも一年は遊んで暮らせる額だぞ」



 人間の使う硬貨は大きく分けて五種類ある。

 下から非金貨、銅貨、銀貨、金貨、聖金貨となっている。


 非金貨はその名の通り、金属ではない素材で作られている硬貨で『クズ貨』とも呼ばれている。

 これだけでは何も買えず、ちょっとした数合わせに使われる程度だ。


 銅貨は青銅で作られた硬貨で、一般的な宿泊場は銅貨二枚で一泊が可能だ。

 庶民には一番慣れ親しまれている硬貨と言ってもいいだろう。これには非金貨十枚分の価値がある。


 銀貨は、銅貨と合わせて庶民には慣れ親しんだ硬貨で、銅貨五十枚分の価値がある。


 金貨は先ほど情報屋が言った通り、一枚で半年、二枚で一年を遊んで暮らせるほどの大金で、まず貴族以外はほとんどお目にかかれない代物だ。銀貨百枚と同じ価値がある。


 その上にある聖金貨は、王族やそのお膝元にある上級貴族でさえも、持つことは珍しいとされている。

 これ一枚で国が動くこともあるし、持っていれば聖金貨欲しさに暴走した連中が命を狙うことだってあるらしく、『幻の硬貨』という二つ名が存在するほどに貴重な物となっている。金貨一千枚の価値を持つ硬貨で、私も三枚しか所有していない。



 とまぁ、硬貨の説明はこれくらいにして、この中で二番目に価値の高い金貨を情報量として二枚差し出したわけなのだけれど…………




「あら、足りない?」


「い、いやいや! これで十分だ! これ以上貰ったら、怖くて外を歩けねぇ!」


 更にポケットをゴソゴソと探る私に、情報屋は首を何度も横に降りながら土下座する勢いで、これ以上の料金が支払われることを拒絶した。


 貰えるものは貰っておけばいいものを……人間は欲深い癖によくわからない。



「この程度の不確かな情報に、これだけの大金を出すかね普通」


「私にはそれを払うだけの価値があったってことよ」


 ただでさえ転生者は見分けが付かない。

 だからと言って、常に人間の街に張り付いていると危険だし、それでは魔王としての職務がままならない。


 こうして情報を得られるというのは、とてもありがたいことなのだ。


 情報屋が望むのであれば、あと二倍は出しても良かった。



「色々な意味で恐ろしいね……剣鬼ってのは」


「一応、褒められていると受け取っておくわ。それじゃ、有意義な時間をありがと……マリン、いくわよ」


「ぴゅ!? ぴゅ、ぴゅ……ぴゅい!」


 用事は済んだので席を立つ。


 それまで大人しく葡萄ジュースをちびちびと味わって楽しんでいたマリンは、慌ててグラスを飲み干し、私はそれを見計らって両腕に抱えた。




 ──情報は得た。




 このギルド内に『謎の青年』と思わしき人物はいない。

 となれば、まだ森の中を彷徨っているか、この街に来ているか……それともすでにどこか遠くへ行ってしまったか。



「マリン。分体を散らばらせて」


「ぴゅい!」


 まずはこの街の周辺を探索してみよう。

 行き違いになるのも嫌なので、マリンの分体をこの街全体に解き放つ。


「……ぴゅい?」


「ええ、今日は運が良いわ」


 酷い時は、どんなに探しても影一つ見つからないこともある。


 だから今回はとても運が良いと言えるだろう。

 まさかこんな都合良く、転生者らしき人物の情報が手に入るとは。



「……絶対に逃さないから」


「ぴゅい! ……ぴゅ、ぴゅい!」


 ギルドを出ようと扉に触れたところで、マリンが何かに気づいたように慌てて鳴き、直後、死角から飛来した硬い何かが私の頭にコツンッと命中した。






 少し後にコロコロと地面を転がったのは──小さな石。






 瞬間、喧騒のあったギルドは再び、しんと静まり返った。





祝、ランキング入り!

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