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5. ギルド




 それまで騒がしかったギルドの中は、しんと静まり返った。


「……ぴゅい」


 マリンは居心地の悪さに身動ぎし、小さく鳴いた。


「いい加減、慣れなさい」


「ぴゅい」


 有象無象の視線がどんなに向けられようと、私は動じない。

 彼らがどうであるかは知らないけれど、私は彼らなんかに興味は無いのだから。


 様々な思考が入り混じった視線の中、私は悠然とギルドの中を歩き出す。



「おい、あれって」


「……ああ、剣鬼だ」


「どうして、こんなところに?」


「知るかよ。おい、お前。声掛けてこいよ」


「やだよ。まだ死にたくねぇ」



 『剣鬼』というのは、私の二つ名だ。

 いつの間に付いたのかは知らない。どうせ誰かがそう名付け、その呼び方が定着したのだろう。


 ……まぁ、どうとでも呼べばいい。

 それで何かが変わるわけでもないので、私は気にしない。


 でも、なぜか怖がられているのだけは納得しない。


 この仮面のせいなのか?

 ……かっこいいと思うんだけどな。



 そんなことを考えていたら、いつの間にか受付まで辿り着いていた。


 このギルドの受付嬢は、獣人の娘だ。

 その中でも『猫人族』という部族で、素早いのが特徴だったか。


 以前、自らを『けもなー』と称した転生者がいて、そいつも猫人族だった。


 とにかく動きがすばしっこくて面倒臭かった記憶がある。

 ……まぁ、片足を切り落としたらすぐに大人しくなったけれど。



「い、いらっしゃいませ、剣鬼様」


 受付の少女は酷く緊張している様子だった。

 三角に尖った耳は力無く垂れ下がり、それでいて尻尾はピンッと立っている。



 私はこれでも、『剣鬼』としてそれなりに高い実力を認められている。


 冒険者に設定されているランクも、最高ランクの『翡翠』を得ているので、場合によってはギルドの最高責任者よりも発言力がある。


 そのため、一介の職員程度は言動の一つ一つに気を付ける必要がある。

 少しでも私が職員を煩わしく思い、ただ一言「邪魔」と言えば、その者の首が簡単に飛ぶ。そのような横暴が許されてしまうのが、最高ランクの『翡翠』だ。


 ……まぁ、高いランクに行くには実力だけではなく、常識的な考えも必要となってくるので、そんな馬鹿なことをするような奴は、上から三番目の『銀』で終わるだろう。



 私が言ったのは単なる例え話で、私の地位はそれが可能になるほどに高いということだ。


 そんな相手が、こうして目の前に立っている。

 少女が緊張するのは仕方ないし、怯えさせてしまって申し訳ないと思う。私だって本意ではないのだ。




「あら、私の二つ名を知っているの?」


「は、はい! 剣鬼様の噂は、かねがね……お会い出来て光栄です!」


「ありがとう。貴女のような可愛らしい子に言われると、私も嬉しいわ」


「可愛いだなんて、そんな……勿体無いお言葉です!」


 少女は頬を赤く染め、尻尾をくねくねと動かす。

 それでも顔は頑張って仕事を全うしようとしているのだから、根っからの頑張り屋なのだろう。



「はっ!? し、失礼しました剣鬼様。それで、今日はどのような用件でしょうか?」


「私、この街に初めて来たのだけれど……ここで何か変わったことはある?」


「変わったこと、ですか?」


「ええ。ギルドに変わった人が登録に来たり、他とは一線を超えた不思議な力を持っている人がいたり。……そういう情報は知っているかしら?」


「えぇと……申し訳ありません。個人情報は職員の口から漏らさず、秘匿するようにと言われていますので」



 少女は申し訳なさそうに、耳を垂らした。


 ギルドの大元は存在し、大まかな規約は決まっているけれど、それ以外の細かな決まり事はそのギルドによって異なる。

 この街のように登録している冒険者の個人情報を守っているところもあれば、逆にそこは曖昧なところもある。


「それに、冒険者のことについて知りたいのであれば、職員よりも本人達の方が詳しいと思います」



 ──なるほど。

 要は地道に探せ、ということか。



「わかったわ。急に変なことを聞いてごめんなさい」


「いえっ……剣鬼様のお役に立てず、申し訳ありません」


「いいのよ。簡単に情報が手に入ったら僥倖程度に考えていたし、相手の立場とか関係なく、自分の仕事を全うする人は素晴らしい人材だと思うわ。……貴女、名前は?」


「め、メル、と申します!」


「メルちゃんね。覚えたわ。……しばらくはこの街に滞在する予定だから、何かあった時はよろしく頼むわね」


「はいっ! お待ちしてます!」



 私は「それじゃ」と手を振り、受付から離れた。



「……ぴゅい」


 マリンは『残念だったね』と、小さく鳴いた。


「仕方ないわよ。最初から情報を得られるとは思っていなかったし、ゆっくりと探しましょう」


「ぴゅい!」


「いい返事ね。そのやる気のまま見つけてほしいんだけど……っと」


 ようやく元の騒がしさを取り戻しつつあるギルド内を見回し、ギルドの隅の方で酒を飲んでいる男性に目を付け、彼の座るテーブルへと足を向けた。




「──こんにちは。昼間からお酒?」




「ぁん?」


 男は鬱陶しげに顔を上げる。


 目付きの悪い顔だ。

 そして雰囲気も暗い。


 第一印象はお世辞にも良いとは言えない男に、私はなるべく明るい声を発した。


「相席、いいかしら?」


「おお、これはこれは……まさか剣鬼様の方からお誘いいただけるとはなぁ……まぁ、座れよ」


「失礼するわ」


 ギルド内には冒険者のために酒場が設置されていることが多い。

 ここもその例に漏れず、正面の男のように昼間から酒を飲んでいる冒険者はそれなりに居る。


 流石に私は昼間から酒を飲むようなことはしない。

 酒場を管理している職員に果実ジュースを頼み、すぐに運ばれてきたもので喉を潤してから、私は本題に入る。



「貴方がここの情報屋でいいのかしら?」



 男の瞳に、ギラリと光るものが宿った。


「──ほぅ? すぐにバレたのは気に食わないが、流石は最高ランクの剣鬼ってところか。どうしてわかった?」


「私、見る目だけは良いの」


「詳しくは教えないってことか……いいね、冒険者らしくて。あんたみたいな性格、嫌いじゃない」


「どうも。……それで? どうせさっきの会話は聞こえていたでしょう?」


「まぁ、急かすなって……そうだなぁ、変な奴ってのは見ないな」


「そう……」


「だが、周辺でそういう奴を見たという情報なら、ある。確かではないがな」


「それでもいいわ。聞かせて」



 転生者に関する情報であれば、どんな些細なものでも貴重な材料となる。


 私は転生者以外を無闇に殺すつもりはない。

 復讐者として狂った私でも、そこはちゃんと区別している。


 奴らは一見すると判別が付かない。

 だから様々なことを照合して、調べ上げるのだ。


 確実に見つけ出し、絶対に殺すため、私はどんな情報でも求める。それが、奴らの喉元へ食らいつくために必要なことだから。




「これはつい先日の話だ」


 情報屋はそう切り出し、話し始めた。






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