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4. 街へ




 人間の街に入り、竜車を預けた後、マリンを抱きかかえながら、私はこの街の『ギルド』に向かった。


 もちろん、道中でアイスクリームを買うことも忘れていない。


 マリンがやる気を出すか出さないかで、転生者を探す効率が違う。

 だからってわがままを許すつもりはないけれど……。



「ぴゅい〜♪」


 触手を使って器用にアイスを食べるマリンは、上機嫌に鳴いている。


「スライムの味覚は知らないけど、確かにこのアイスクリームは悪くないわ」


 舌触りがとても滑らかで、甘い。

 家畜の牛から取れた牛乳と卵、それから砂糖を混ぜ、冷やしながら掻き混ぜ続ける。


 それだけでここまでのものを作り出せるとは知らなかった。


 ただ、高級な砂糖を大量に使うため、貧しい思いをしている庶民はあまり手を伸ばせず、裕福層向けになっているというのが残念だけど、それでも購入して味わうだけの価値はあると私は思っている。



「これを考えたのが転生者でなければ、もっと素直に美味しいと言えたのかしらね」


「ぴゅい……」


 異世界の知識は、私達の世界に激震を与えた。


 それは間違いない。

 私だって事実を否定するようなことはしない。


 あいつらが持ち込んだ知識で、この世界が潤ったのは認める。

 新しいものが次々と開発されて、便利になったことは認める。



 ──でも、あいつらの行いを許すことはできない。



 精々、この世界のために知識をひけらかして、その後、無様に死んでいけと、私は切に願う。

 …………いや、その言葉は少しおかしいか。『無様に死んでいけ』ではない。あいつらに勝手に死なれるのは困る。



 ──だからどうか死なないで。

 ──私がこの手で殺しに行くまで、元気に生きて。



 お前達に引導を渡す役目は、私がやってあげるから。

 だからそれまで、仮初めの異世界生活を楽しんでいるといい。




「──ぴゅい」


「っと、殺気が漏れていた? ごめんなさいね。あいつらのことを思うと、どうしても感情を抑えられなくて……」


「ぴゅい、ぴゅい」


「一種の愛情に似ている? ……ふむ。言い得て妙ね」



 転生者に『愛』を向けると考えるだけで吐き気がするけど、世の中には、相手のことが大好きで愛していて殺したいほど好きだという『狂った愛情』も存在する。


 それは盲目に、執拗に、相手のことを考え、追い詰め、そして愛という名の凶器(狂気)を振りかざす。


 今の私は、それに似ているのだろう。



 ──狂っている。



 それは間違いない。


 私は狂っているのだろう。

 静かに、でも確かに狂っている。



 あの日、全ての歯車が狂った日。


 同時に私は狂った。

 転生者を殺すためなら、それでも良いと思った。

 どのような代償を払おうとも、奴らを殺せるのであればそれでも良いと、本気で思っていた。


 当時の私はまだ10歳にも満たない少女だった。


 何の力も持たず、異物を知ることないか弱き少女は、全てを奪われたあの日に、全てを犠牲にしてでも転生者を殺すと誓った。


 だから私は、狂った。狂わなければ、私は今の力を得ていなかった。

 規格外の能力を持つ異世界人と殺り合うために、私は狂う他なかった。



「──ぴゅい!」


「はいはい。もう大丈夫よ」


 …………ダメだ。あいつらのことを考えると、全ての意識がそっちに向いてしまう。


 これは確かに『狂った愛情』なのだろう。私は静かに狂い、そして密かに転生者達へと、この強い『愛情』を捧げている。


 だからマリンの言葉は、言い得て妙だった。



「ぴゅい。ぴゅい?」


「だから大丈夫だって」


「…………ぴゅい」


「うぐっ……あ、あれは、悲しい事件だったわね」


「…………ぴゅ〜い〜?」


「…………ちゃんと反省してるわよ」



 過去に転生者への殺意が高まりすぎて、その狂気が城全域に広がってしまい、そこで働く使用人達が揃って発狂。その日は誰もが再起不能になり、酷い者は数日寝込むことに……という事件があった。


 エリザベートは大爆笑していたけれど、巻き込まれた使用人達からしたら迷惑なことこの上なかっただろう。



 あれは私でも流石にやりすぎたと反省しているし、また危なくなったらマリンに抑えてもらうように頼んである。

 だからあの時のような失態は二度と犯さないと思っているけど、マリンは私自身にも自重しろと言いたいのだろう。


 こうして私が大丈夫だと言っても、疑いの目を向けることをやめようとしない。


 スライムに目があるのかと疑問に思うかもしれないけど、マリンと契約している私はなんとなく感じるのだ。



 ……これは、信じられていないわね。

 一応、何十年と共に行動している間柄なのに、ここまで信用されていないのはおかしい。



「ぴゅ、ぴゅぐふっ……」


「あら、ごめんなさい?」


 気が付けば、両腕に力を入れてマリンを締め上げていた。

 苦しげに声を唸らせたマリンに謝罪し、私は気を取り直してギルドへと足を運ぶ。




「──っと、ここね」




 人間の街各所に置かれている『ギルド』は、自由組合とも呼ばれている。


 そこに所属する人間は主に『冒険者』と呼ばれ、そのギルドの名前に恥じぬ『自由』を求めて活動している。彼らの仕事は主に近隣に発生する魔物の討伐や、薬草などの採取。


 兵士や騎士、傭兵とはまた違った職種で、彼らはギルドに所属していながら、誰にも縛られない。


 だからこその自由組合なのだ。


 魔物狩り専門の人間が集まる場所ということもあり、男ばかりで雰囲気は荒々しい。

 女が一人で入るのは勇気がいるだろう。


 それ以外にも、彼らは魔物を従える魔族や魔王のことも敵視しているため、魔王本人である私がそこに赴くのは大変危険だ。



 でも、私は何度も各所のギルドに赴いている。



 それはなぜか? 理由は二つある。



 一つ、なぜか転生者のほとんどが冒険者登録するから見つけやすい。


 転生者は決まって冒険者登録をしたがる。

 それは奴らの世界で『異世界ファンタジー』という、私達の世界に似た世界観の物語が有名らしく、それに倣って登録をしたがるのだとか。


 つまり私にとって、ギルドは『蜂蜜が塗ってある大樹』と同じなのだ。



 二つ、ギルドには情報が飛び交っているから探しやすい。


 冒険者をやっている人間の中には、ついでに情報屋をやって稼いでいる者もいる。

 そういう人は商売のためにギルドに集う人をよく見ているため、異常な力を持つ転生者を見つけやすい。



 転生者だと判断できる材料は様々ある。


 新人冒険者なのに名を馳せている。

 異常な力を持っている。

 この世界の知識が無い。

 聞き慣れない言葉を使う。

 言動がおかしい。

 見ているとなんかムカつく……と、最後は私の感情だけど、意外とこれが当たる。



 まぁ、ギルドに入れば転生者を探しやすいから、私は何度もギルドを訪れ、情報探しをしているのだ。


 今私が着けている『封魔の仮面』さえあれば、正体がバレることはない。

 たまに鑑定系のチートを持つ転生者が現れるけど、そいつに正体を明かすその時まで、私が魔王だと気付かれることはなかった。



「今日も、良い情報が入っていれば良いけど」


 私はポツリと、溜め息交じりにギルドの扉を開いた。




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