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3. 出発準備




 朝食はとても美味しかった。


 私に支えてくれている使用人達は、どれもその道のプロだ。

 魔王に何か不自由が無いようにと、何百人も住める私の城は常に綺麗に保たれているし、いつでも最高の料理を出せるようにと、絶対に手を抜こうとはしない。


 最初の方は仰々しい態度にあたふたしていた私だけど、年々もこの生活をしていれば流石に慣れるもので──



「……ふぅ、ご馳走さま。今日もとても美味しかったと、シェフに伝えてちょうだい」



 優雅に布で口を拭き、今日もシェフへ感謝の言葉を贈る。


 魔王は時に品格を問われる。このような細かな仕草でも、淑女の礼儀作法は忘れない。

 ……これも男の転生者を騙すことに役立っているのだから、尚更だ。



「かしこまりました。きっと喜ばれるでしょう。……セリカ様、この後はすぐにお出掛けになられますか?」


「そうね。ちょっとだけ支度をして、それから出ることにするわ」


「私がお送りしましょうか?」


「竜種の中でも最高峰にいる貴方が飛んできたら、街は大混乱よ。少しは自重なさい」


 嗜めると、ルアンは一瞬だけ残念そうに表情を曇らせた。



 私は、はぁ……と溜息を一回。



「私が安心してこの城を出られるのは、ここに貴方がいるからよ。それを忘れないで」


「っ、ええ……申し訳ありません。少し、勝手でした」


「許しましょう。その代わり、留守中は任せたわよ」


「はい。お任せください」


 こうして部下の望みを叶えてあげるのも、魔王の務めだ。


「ふふっ、セリカは優しいのね」


 エリザベートは目を細め、私達の会話を面白そうに眺めている。


「貴女もたまには部下に優しくしてあげたら?」


「必要無いわ。私の下僕はその程度で揺らぐほど、やわじゃないから」


「……そうだったわね。いらないお世話だったわ」



 私は「それじゃ」と立ち上がり、食堂を後にする。




「ぴゅい、ぴゅい!」


 支度を整えるために自室に戻る途中、私の腕に抱えられたマリンは、機嫌が良さそうに声を弾ませた。


「え、街に行ったら、いつものアイスを食べたい? ……あなた、さっき食べたばかりでしょう」


「ぴゅい」


「デザートは別腹って……都合のいいスライムね。別腹も何も、食べようと思ったら永遠に捕食するじゃない」


「ぴゅい!」


「デザートは美味しいから問題ないって、いや、スライムに味覚は無いって言ったばかりじゃ…………ああわかったわよ。アイスくらい食べさせてあげるわよ!」



 人間の街に行くのは観光が目的ではない。

 それをマリンも知っているはずなのに、なんとも呑気なスライムだ。



「ちゃんとアイスを食べたら、転生者探しを手伝ってよね」


「ぴゅい! ぴゅい、ぴゅい」


「ええ、頼りにしているわ」


 マリンにはいくつもの分体が存在する。

 すでに各所の人間の街にそれらは放たれており、今も転生者らしき人物を探してもらっている。


 …………実はマリンが一番の働き者なのだ。


 いつも働いてくれているご褒美のアイスだと思えば、とても安い。



「マリン。これとこれ……あと、これも頼んだわ」


 部屋に戻り、必要となる物をマリンに向けて放り投げる。

 すると、マリンは大きな口を開けて、それを呑み込んでしまった。


 これはスライム固有の特性『収納』というもので、スライムは胃袋の中に物を保管することができる。

 中に仕舞われたものは常に鮮度が保たれるので、食材の持ち運びも可能だ。これがあるおかげで、私は荷物を持ち運ぶ必要がない。何か必要になれば、マリンの中から自由に取り出せる。



 私は基本、ものぐさだ。

 便利になるのであれば、なんでも利用するタイプの人間だ。



「──よしっ、これで準備は」


「ぴゅい」


 そろそろ出発しようと一息ついたところで、マリンは身体を触手のように伸ばし、私の肩をちょんちょんと突いた。


 その先端には、白い面に怪しげな紋様が刻まれている仮面が握られている。


 この不気味な仮面は『封魔の仮面』と言い、身に付けている者の力を封じ込める効果がある。

 これは私の友人に頼み、特別に作って貰ったものだ。


 魔法の力で紐が無くてもピッタリと張り付き、激しい動きをしても剥がれることはない。

 私以外の者が無理やり剥がそうとしても取れないようになっているし、それでいて装着感は皆無。その仮面に穴は開いていないのに、仮面を被っていない時のように視界は良好だ。



 こんな薄い仮面でも、普通に生活していれば20年は暮らせるほどの価値があるらしい。


 実際、何度か街に降りた時、貴族や商人に売ってくれと頼まれたことがあるけど、全て断っている。倍額払われても、答えは同じだ。財産は腐るほど余っているし、数少ない気の知れる仲間に作って貰った物なのだから、他人に渡すわけがない。


 私の素顔は魔王の一人として広く知られている。人間の街に降りる時、この仮面は必須なのだ。

 それをわかっていながら、その場で売るなんて愚行はしない。



「……ありがと」



 そんな大切な物を忘れるなんて、まだ私は寝ぼけているのかもしれない。

 最後に指を鳴らし、人の街に降りる用の動きやすい服装に着替える。



「それじゃ、今度こそ行きましょうか」


 部屋に鍵を掛け、城を出て正門に向かうと、そこにはすでにルアンを含めた全ての使用人達が、左右に分かれて並び、まるで凱旋の時のように道を作っていた。


 道の終わりには竜車が見える。


 …………エリザベートは見送りに来ていない。

 どうせ、また眠くなったとかで部屋に戻ったのだろう。

 いつものことだ。娘のお出かけに顔を出すほど暇……な奴ではあるけれど、面倒臭がりな彼女らしい自堕落さだ。



「忙しいんだから、見送りはしなくていいっていつも言っているのに……」


「そうはいきません。主人を見送るのも従者の仕事です」


「あっそ……まぁ、見送りたいなら勝手にすればいいわ」


 私のために仕事を投げ出して無理しているのなら、魔王の権限でやめさせようと思ったけれど、これすらも仕事だと言われてしまえば、もう勝手にしろと言う方が平和だ。


 諦めにも近い溜め息を吐き出し、私は竜車に乗り込む。



「行ってらっしゃいませ、セリカ様」

『行ってらっしゃいませ』




 そして竜車は走り出す。

 人間が使うような馬車と比べて、竜車は何十倍もの速度で走る。


 普通ならば台車の方が耐えきれずに木っ端微塵に吹き飛ぶけれど、そこは魔法で強化してあるので問題はない。

 決して壊れることはないし、音も振動も伝わってこない。


 でも、馬車の何十倍もの速度で動いている。


 それを可能にしている魔法は、本当に便利だと思う。

 私も自由に扱えれば、転生者をもっと殺しやすくなったのだろうか……と、無い物ねだりをしても意味はない。



「ぴゅい〜♪ ぴゅい〜♪」


「あのねぇ、何度も言うけど遊びに行くわけじゃないのよ?」


「ぴゅい〜♪」


「……全くわかってないわね、こいつ」


 それからもマリンの妙に甲高い歌声が、竜車の中に響く。

 私はそれを聞き流しながら、一瞬で流れ行く景色を眺めるのだった。




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