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32. 久しぶり




「終わったのね」


 エリザベートが微笑み、手を伸ばして背伸びをした。


「呆気ない終わりだったわ。黒幕の名が聞いて呆れるわね」


 魔王ウッドマン。

 今はもう動かぬ死体となった彼を一瞥し、剣を収める。



「にしても、いきなり『一回死ぬから帝国で復活させて』と言われた時は驚いたわよ。命を粗末にするのは、お母さん良くないと思うの」


「あいつの目を欺くには、そうするしかなかったのよ」


 私は一度死んだ。

 心臓を貫かれては、人間じゃなくても普通に死ぬ。


 だから私は死んだ。

 フォリアに殺されて、ここで蘇った。



 それだけの話だ。



「思った通りに動いてくれて助かったわ」


「それだけウッドマンが愚かだったということよねぇ……流石はセリカ。いつも私の満足通りの結果を出してくれるわね」


「お義母さんとの契約のおかげよ。普通ならこんな力押しできないわ」




 遥か昔、私はエリザベートと契約を交わした。

 彼女の血を分け与えられたことで力を得て、吸血鬼の特性の一つでもある『不老不死』となった。


 ……と言っても、不完全な不老不死だ。


 エリザベートが死ねば私も死ぬ。

 彼女が復活を拒否すれば私は永遠に滅びる。


 そんな縛りはあるものの、私は基本的に死なない体を手に入れた。復活は彼女の近くで行われるので、今回はそれを利用して『転移』に似たことをしてみたわけだ。



「狡猾なウッドマンのことよ。絶対に私の様子は見ていると思った。だから確実にフォリアが私を裏切った場面を見せる必要があるし、帝国に居座っている時に速攻勝負を仕掛けるべきだった」


 全て、思い通りだった。


 ここまでシナリオ通りに動いてくれるとは思っていなかったけれど、終わってしまえばどうでもいい。身の程を弁えずに野望を抱いたウッドマンは死に、帝国が集めた『転生者』も全滅させた。



「ちゃんと、後でフォリアに謝っておきなさいよ。彼女は優しいから、今回のことに負い目を感じているはずよ」


「わかっているわよ。彼女に辛いことをさせたのは理解しているわ」


 作戦を話した時、フォリアは反対した。


 敵を欺く必要があったとしても、私が生き返るとしても、友人を殺すのは嫌だと作戦を否定してくれた。

 でもそれ以上の策は思い浮かばなかったため、フォリアは何度も私に謝りながら、心臓を貫いたのだ。


 今回の作戦は、フォリアが油断して傀儡となってしまったことが原因だ。

 きっと彼女は、自分が油断したせいで……と自分自身を責めていることだろう。


 ……でも、逆だ。


 彼女は操られ、予想以上に上手く事が運んだウッドマンが勝手に油断してくれたおかげで、こちらが動きやすくなった。


 だから私はフォリアに感謝している。



「目障りなウッドマンは死んで、用事は終わったことだし、そろそろ私は帰るけれど……本当に私も行かなくて大丈夫なの?」


「ええ。協力してくれてありがとう、お義母さん。助かったわ」


「可愛い娘のためならお安い御用よ。それじゃ、夕食までには戻ってきなさいな」



 最後に冗談を言い、彼女の体は血煙となって空気に溶けていった。


 吸血鬼の特性『霧化』だ。


 これで何百キロもある道を僅か数秒で移動してしまう。

 しかも霧とかしている時は全てから干渉されず、物理も魔法も受け付けない。


 移動にもなるし緊急回避にも使えるのは、本当にズルい技能だ。

 私も使おうと思えば使えるけれど、それはエリザベートとの契約を心から受け入れ、本物の『吸血鬼』になる必要がある。


 まだ人間である部分を捨てきれていない私は、何百年と経った今でも、契約を心から受け入れられていなかった。



「無い物ねだりをしても無駄よね……」


 私は外に出るのではなく、礼拝堂の更に奥へ通じる扉を開いた。

 地下に続く階段をゆっくりと下って行けば、徐々に空気が冷たくなっていくのを肌で感じる。


 やがて辿り着いた最奥の扉。固く閉ざされたそれを斬り刻んで中に入り、そこに蹲っている人物に声を掛ける。


「こんにちは、ちょっといいかしら?」


「…………今、死んでいった奴らに祈りを捧げているんだ。もう少し待ってくれ」


「私が言うのもなんだけれど、ここに敵が来ているわよ?」


「知っているさ。殺したいなら殺せばいい」


 侵入者が来たというのに、振り返ることなく祈り続ける男。


 男にしてはちょっと長く思える黒い髪と、丸くなった背中を見つめること数分。

 ようやく彼は体を起こし、立ち上がって私に振り返った。



 ──やっぱりね。

 私は内心、そう呟いた。



「あなたが皇帝?」


「ああ、そうだ」


「……久しぶりと、言った方がいいかしら?」


「ああ、そうだな。久しぶりだ。セーラ……いや、セリカ・ブラッドフィール」


「ええ、久しぶり。──津雲タイチ」




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