30. 歓喜と食い違い
「やった、やったぞ!」
私は両手を挙げ、歓喜に打ち震えていた。
「ようやく、邪魔者を一人排除できた。あの生意気な女を殺せた!」
セリカ・ブラッドフィール。
人間のくせに魔王まで登り詰め、序列四位の座をほしいままにしている女。
「前からその傲慢な態度が気に食わなかったんだ!」
だが、奴は死んだ。
生意気な女は、最後までフォリアが仲間だと思って油断していた。
最初からフォリアはこちら側だということを疑うことなく、背中を見せた。
フォリアは心臓を貫いた。
ただの人間があの状況で生きていられるはずがない。
「よしっ、よしっ! これでようやく一人目だ。私の野望に一歩近づいた! 私が魔王の全てを支配するその第一歩だ!」
私は全てが思い通りに行ったことを皇帝に伝えるため、部屋を飛び出す。
彼が居るのは、城に作られた礼拝堂だろう。
不機嫌な時はいつも決まってそこに行き、何をすることなく目を瞑って座っている。
時間の無駄だと言っても、ここが一番落ち着くのだと言って聞きはしない。
「聞いてくれ! 皇て、い……」
私は興奮していた。これまでにないくらい感情が昂ぶっていた。
──だから気が付かなかった。
いつもは礼拝堂の前に待機している兵が居ないことに。
いつもはクラシック音楽が聞こえていた中が、不自然なくらい静かだったことに。
私は意気揚々と扉を開き、言葉を失った。
そして、私はこの場から逃げるべきだったと、すぐに後悔することになる。
「──あら、久しぶりねぇ、ウッドマン」
黄金に輝く艶やかな髪。
それをなびかせ、優雅に微笑むのは──最強の吸血鬼。
不敬にも祈りを捧げる台座に腰掛けるだけでも、男を魅了する妖艶な雰囲気が漂う。
そんな彼女の周りを彩るように散らばった人間達の肉片すらも、彼女の妖艶さを強調させていることが、私の目には酷く不気味に映った。
「エリザベート・ブラッドフィール!? なぜおまえ……いや、貴女がここに?」
「あら、私が何をしようと、お前に教える必要があって?」
くすくすと、小馬鹿にするように嘲笑うエリザベート。
──まずい。
まずいまずいまずいまずいまずいまずい!
私は幸せの絶頂から一変して、絶望の淵に立たされていた。
エリザベート・ブラッドフィールは、セリカ・ブラッドフィールの母親だ。
本当の親子ではないとしても、エリザベートの娘に対する溺愛ぶりは本物だ。
そんな娘を、私は先程殺させた。
このことがエリザベートに知られたら、私の命は無い。
「な、何はともあれ、ようこそいらっしゃいました。お茶をお出しするので、どうぞ客室の方へ」
「必要無いわ。私は話に来ただけだもの」
「──っ!」
有無を言わさぬ濃厚な殺気を受け、私は悟った。
もうすでにセリカの『死』は知られている。
心臓を貫かれたあの女を映像で確認してから、まだ3分しか経っていない。
彼女の住む城と、私が今いる帝国との距離は、お世辞にも近いとは言えない。
それでもエリザベートはここに存在して、この礼拝堂を血に染めた。
あり得ないことだが、エリザベートならば可能だと思ってしまった。
「さて、うちの娘が世話になったわね」
足を組み替える。
たったそれだけの動作で、私の心臓は大きく跳ね上がった。
汗が止まらない。
足が震えて立っていられない。
息が苦しい。
「ま、待ってください! 私は何もしていません!」
「…………へぇ?」
「皇帝は古くからの知人でして、知恵を貸して欲しいからと相談に乗っていただけです。決してセリカさんを殺そうなどとは考えていません。戦争を仕掛けたのだって皇帝の提案で、私は一切の関与をしていませんでした。それに、戦争相手もわからず、まさか魔王に向けての進軍だったとは。私も魔王です。仲間が苦しむ姿は見たくない。だから今すぐにでも止めるようにと忠告したのですが……!」
……なんだ。
なんだこの感じは。
何かがおかしい。
何がおかしい。
わからない。
わからないのに怖い。
息が苦しいのに、震えが止まらないのに、とても安心する。
怖い怖くない苦しい苦しくない嫌だ嫌じゃない。
ぐるぐると頭の中で何かが回って混乱しているのに、今の私は沢山の言葉を話している。
「セリカさんのことは本当に残念でした。まさかフォリアが裏切るとは、」
「──あら、彼女は裏切っていないわよ」
「どうしてそう言い切れ──っ、なぜ!?」
背後から聞こえた声に振り向き、私は今度こそ混乱した。
背中までさらりと流れる、雪のように白い髪。
爛々と輝く紅の瞳。
死神のような漆黒の軍服に身を包み、腰に剣を差す彼女は──
そんな、嘘だ。ありえない。
どうしてお前が。
どうして、お前がここにいる……!
「セリカ・ブラッドフィール!」




