24. 始まりの音
──そしてやって来た開戦当日。
「本当に、いっぱい居るねぇ……」
呆れたような口調でそう言うのは、リンシアだ。
私とフォリアは口を開くことなく、眼前に広がる帝国軍を目にして、彼女の言葉に同意するように頷いた。
……まぁ、眼前と言っても、まだ私達の居る城からは十分な距離が離れている。
それでも視認できる距離にまで近付いているのだから、今日が運命の日だと心構えをするには十分だろう。
「こういう時って『フハハッ、人が汚物のようだ!』と笑うといいらしいよ?」
「あいつらを汚物呼ばわりしたら、汚物が可哀想でしょう。ただの肉塊と言いなさい」
「ツッコムところ、そこなんだ。でも確かに、肉塊なのには変わりないよねぇ……あ、そうだ! 帝国兵の何人かを生きたまま拉致していい? ちょうどモルモットが足りなくなってきたところなの」
お願い!
とリンシアは私に両手を合わせた。
「別に構わないわ。転生者じゃない奴らには興味無いし、手伝ってもらった報酬だと思って好きにしなさい」
油断だけはしないようにと、一応忠告しておく。
するとリンシアは、カラカラと笑った。
「転生者はまだしも、アタシがただの人間に遅れを取るわけないじゃん」
リンシアはこれでも、魔王序列では『三位』に位置している。
つまり、カタストロフとエリザベートの次に強い。
そんな彼女が人間に何かされるとは思っていないけれど、それでも万が一ということもある。
……それに、友人を心配するのは当たり前だ。
皆を心配させている私が、こんなことを言える立場ではないけれど、心配するには十分な理由だ。
「フォリア。配下の何人かをリンシアへの監視役に付かせてくれるかしら」
「構わないわ」
フォリアを含む有翼族の援軍には、物資の補給や運搬、各部隊への連絡を任ることになった。
本来は『影』が行う予定だったけれど、私の配下は少数精鋭の部隊が多いため、あまり人数が取れない。そのため指揮だけは配下に任せ、有翼族にはそれに従ってもらうという形となった。
フォリアは作戦の中核を担っている。
世界中の空を見通す『瞳』を持っていることに加え、彼女は他の魔王に負けぬ知略を駆使する。
開戦すると同時に素早く『転生者』を見つけ出してもらい、私の居る戦場へと引きずり出してもらう。という算段だ。
「…………それで、お義母さんは何をしているのかしら?」
異様な気配を感じ取った私が後ろを振り返ると、『セリカちゃん頑張れ!』と書かれたうちわを手に持ったエリザベートが立っていた。奇妙な羽織りにも同じような言葉が書かれている。
一人だけ気合の入り方を間違っているというか、一人だけ場違い感が凄いけれど、そこを気にしたら負けなのか?
「エリザベート。その格好凄いね」
「そうでしょうそうでしょう! 夜通し頑張って作ったのよ」
「夜通しって、それあんたにとっては昼間と同じでしょうが。人が色々と頑張っている裏で下らないことやらないでもらえるかしら」
「リンシアとフォリアの分もあるわよ!」
「やめて。私の友人を汚さないで。というか人の話を聞いて」
戦争する前から頭が痛くなってきた。
流石は魔王……目の前に『大戦』と言うべき軍隊が迫っているというのに、まるで遊びに行くかのような気楽さがある。
「何度も言うけれど、絶対に邪魔だけはしないでよね」
「わかっているわよ。娘に嫌われたくないもの」
エリザベートは最初、どうしても自分も手伝いたいとずっと泣き喚いていた。
ご老人が幼児退行したらこんな感じなんだろうなぁ……と軽い現実逃避をしたくなるほどに、それはうるさかった。
何を言っても聞かない義理の母親に、彼女の配下も困り果てていたので、流石に見過ごせないと思った私は一言。
『邪魔したら家出するわよ』
エリザベートはすぐに泣き止み、見事な敬礼をしたと思ったら部屋に閉じ籠った。
それから姿を現さなかったけれど、まさか変な物を裁縫していたとは……。
「……ったく、緊張感の『き』の字も無いとは呆れたわ」
「あら、緊張しているなら私も参戦してあげましょうか?」
「いらないわよ。あんたが参加したら一人で終わらせちゃうでしょうが」
溜め息を一つ。
腕時計に目をやる。
……そろそろ時間か。
ブオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォ。
野太い笛の音。
開戦の合図と共に、綺麗に整列していた帝国兵は動き出した。
「始まったわね。……各自、予定通りに動きなさい。どんな些細なことでも報告は怠らないように。転生者を見つけ次第、私かフォリアに伝えなさい」
奴らが動き出すのを確認した私は、後ろに控えていた配下達へ指示を出す。
「私達に喧嘩を売ったことを後悔するといいわ」
──ニヤリと、口を歪に曲げる。
ようやく始まる。
このために我慢してきた。
「さぁ──蹂躙を始めましょう」




