22. 魔王会議
私は一人、廊下を歩いていた。
天井は高く、各所に吊り下がっているシャンデリアは宝石のように輝いている。大理石で作られた廊下には、最高級の毛糸で編まれた絨毯が敷かれている。壁には沢山の絵画と肖像画、旗等が飾られていて、豪華な造りとなっていた。
ここはとある城の中だけど、私の城ではない。
何回か訪れてようやく見慣れてきた煌びやかな光景の中、私は悠然とある場所を目指して歩を進め、永遠に続くかのような螺旋階段を登る。
やがて辿り着いたのは、城の最上階に存在するたった一つの扉だった。
不思議な威圧感があるそれを、私は躊躇なく押し開ける。
「……お待たせしたわね」
部屋の中央にあるのは、円卓のテーブル。
それを囲むように座るのは、六人の男女──私を除く魔王達だった。
龍人族──『破壊者』カタストロフ・エルメイア。
吸血鬼──『紅月の女帝』エリザベート・ブラッドフィール。
精霊族──『幻魔皇』レイシア。
獣人族──『牙王』ガロン・デスタ。
有翼族──『空を統べる者』フォリア。
魔人族──『傀儡師』ウッドマン・ディアレイト。
揃いも揃って、私待ちだったようだ。
それは、彼らから注がれる視線で理解した。
私は嘆息し、自らに与えられた席に座る。
「早めに来たつもりだったけれど、皆、早いのね」
「みんな暇人なだけだよ……と言いたいところだけど、状況が状況だからね」
その言葉に反応したのは、リンシアだ。
仕方ないと言っている彼女の顔には『眠い』と書かれている。
それはリンシアでだけではなく、他の魔王達も同じだった。
現在の時刻は昼。
太陽が真上を向いている健康的な時間帯だ。
でも、不健康な生活を何十年と繰り返している彼女達にとって、昼は真夜中と同等なのだろう。
相変わらずの同胞達に呆れつつ、私は席に着く。
魔王の席は序列で決まる。
私の序列は四位。序列一位であるカタストロフの三つ隣だ。
「それで、急に呼び出されて来たけれど、何用かしら? 私は忙しいから、あまり時間を無駄にしたくないのだけれど」
「セリカもわかっているでしょう? 帝国のことよ」
エリザベートは妖艶に微笑み、魔法を行使して円卓の中央に半透明な映像を映す。
そこに映るのは帝国兵だ。
何千と集まっている彼らは、私の城へと真っ直ぐに行進を続けている。
帝国兵の軍隊は幾つかの部隊に分かれているらしく、それらを指揮しているのは様々な格好をした少年少女達。おそらく、部隊の指揮は『転生者』に任されているのだろう。
……そういえば、タイチはどうしたのだろう?
映像を見た感じ、姿は確認できない。
あの男が帝国に入ったという報告は受けている。
居るのは間違いないけれど、映っていないもっと遠く離れた場所に居るのか、それとも紛れ込んで見つけられないだけか。
まぁ、どこに居ようと最後は私が殺すので、別に今は姿が見えなくても問題はない。
「帝国兵は順調に私達の城へ向かって来ているみたいね」
「エリザベートも調べていてくれたの?」
「そりゃあ、ね……相手さんが魔王軍に宣戦布告してくれたのだから、盗み見するなんて当たり前でしょう?」
彼女が、いや……魔王達が何をやろうとしているのか。
それを素早く理解した私は、浮かべていた笑みを盛大に引き攣らせた。
「ちょっと待って。まさかあなた達も動こうとか思っているんじゃないでしょうね」
その言葉に笑い声で返したのは、序列一位のカタストロフだ。
「今回に限っては、セリカちゃんだけでは荷が重いだろう。だからわしらも力を貸してやろうと思ってな」
「余計なお世話よ。帝国の相手は私一人だけで十分なの。邪魔を」
「──セリカ」
心臓を鷲掴みされるような圧迫感と、全身を包む悪寒。
それを発したエリザベートの眼光に囚われ、私は最後まで言葉を発することはできなかった。
「獲物を横取りされたくないという貴女の考えは理解しているわ。でも、今回に限っては相手が悪いわ。帝国は全ての兵力を投下し、更に『転生者』まで出してきた。しかも奴らは魔王の一人であるセリカ・ブラッドフィールへの宣戦布告をした。これは魔王に対しての宣戦布告でもあるのよ。もう貴女一人の問題ではないの」
何も言い返せない。
これ以上の反論は、子供のわがままと同じだ。
やりたいことを否定された子供が、ヤケになって反論しているだけだ。
「…………そのくらいは理解しているのよ」
それでも私は止まれない。
奴らを殺すのは私だ。
私がこの手で殺さなければ、意味がない。
そのために色々な準備を整えてきた。
邪魔されるのだけは──ダメだ。
無謀だと言われてもいい。
浅はかだと嘲笑われても構わない。
たとえ志半ばで倒れたとしても、私はそうやって生きて死ぬのだと、あの地獄で決めたのだから。
「私は一人でやる。誰にも邪魔させない」
エリザベートの瞳は未だ私を鋭く射抜いていた。
「お願い。お義母さん」
「わかったわ」
「私にできることなら……ん?」
「だからわかったと言っているでしょう? 何よ。呆けた顔も可愛いじゃない」
くすくすと、面白そうに人の顔を笑うその表情は、いつも通りのエリザベートらしい笑みだ。
それが余計に私を混乱させ、意地汚い義理の母親を叱る気力さえも奪っていく。
「さっきまで貴女、絶対にわがままは許さないって態度だったじゃないの。カタストロフも……本当に何なのよ」
張り詰めた緊張感から一転、最強の二格は我慢ならないと盛大に笑い出した。
それに釣られ、他の魔王達も笑い始める。
……どうやら、皆は私を試していたらしい。
「本当に意地悪な奴らね」
「セリカが心配なんだよ。傲慢は時に身を滅ぼす。それで死んでいった同胞達も少なくない。だからセリカには、無駄に死んでほしくないんだ」
「義理だとしても私の可愛い娘だもの。もちろん少しでも迷いがあったなら、力付くで止めようと思っていたわ。……でも、ちゃんと考えがあるようね」
「ええ。一人でも多くの転生者を道連れにできるよう、十分な準備は整えるつもりよ」
「たまには仲間を頼ってもいいと思うけれど?」
「それは無理な話ね。まだ私一人で十分だし、余計な借りは作りたくないの」
エリザベートは母親として、リンシアとフォリアは友人として信用している。
でも、今回に限ってはあまり邪魔をしてほしくないというのが、私の本音だ。
これはまだ予想の範囲でしかないけれど、帝国との戦争はただで終わらない気がする。
そうなってしまった場合、初めて私は彼女達に協力を申し込むだろう。
「話は、それだけかしら?」
席を立つ。
こうしている間にも帝国軍は迫っている。
私が誇る配下達は、戦争の準備を最優先で整えてくれていることだろう。
『転生者』どもを根絶やしにするため、手を抜くことだけは許されない。
「それじゃあ、また会いましょう?」
私は一礼し、優雅に微笑むのだった。