21. 狂喜に舞う
帝国が戦争を大々的に発表した。
奴らの狙いは『セリカ・ブラッドフィール』、裏切りの魔王だ。
帝国は全兵力をかき集め、発表した一刻後、帝王自ら先陣を切って国を出た。
敵の数は、少なく見積もっても千以上は超えているだろう。
その中に『転生者』も混ざっているのだから、過去に例を見ない帝国最強の布陣と言っても過言ではない。
奴らは少しずつ、私の住む城まで歩みを進めている。
帝国と魔族領は離れている。
このままのペースで移動するなら、城に到着するのは二日後。
それまでにこちらも準備を整える。
「聞きなさい。私の配下達」
王たる証を持つ者にのみ、座ることが許される玉座。
私はそこに腰掛け、眼下に並ぶ配下を眺めていた。
「帝国が私に戦争を仕掛けたわ」
沈黙が場を支配する。
配下達は皆、首を垂れ、ピクリとも動かない。
「私もナメられたものね。人間だからと真っ先に矛先を向けられたわ。彼ら、私が魔王だということを忘れているのかしら?」
軽く冗談を言ってみるものの、やはり反応は返ってこない。
私は嘆息して、口を開く。
「さて、こうしている間にも奴らは着実にここへ近づいている。帝国の軍事力は他国よりも手強いから、こちらも対策を考えなければいけないわ」
──何か、良い案は無いかしら?
そのような言葉を投げかけると、最前列に座る一人が手を挙げた。
「ルアン。発言を許可するわ」
「お言葉ですがセリカ様。その質問には意味があるのでしょうか?」
「…………なんですって?」
ルアンの後ろに控える使用人の、息を呑む音が聞こえる。
彼らは戦闘員ではない。
私の気に触れたが最後、その首は物理的に飛ぶ。
それを理解していながら、彼らの上司が魔王に口出ししたのだ。
生きた心地がしないだろう。
「セリカ様はとても落ち着いていられる。すでに、こうなることを予想していたのでしょう?」
帝国が裏で集めていた物は『聖遺物』だと判明した。
それは魔王や魔物といった『邪悪なる存在』に対して有効手段となる武具で、彼の国はそれを商人から買い占めていたのだ。
他国との戦争では、まず必要の無い物だ。
聖遺物は人に対して、その効果を発揮しない。
だから私は、帝国の狙いが『魔王』なのだと判断した。
帝国──人の住む領域から一番近いのは、私とエリザベートの城だ。
私が頻繁に人の街に行くからという理由で、そこに城を建ててもらったのだ。
事情を知らない者からしたら、敵国と隣接している位置に建てられている場所は『前線基地』だと思われやすい。
帝国はまず最初にここを落とせば楽に進めると判断し、なおかつ魔王の中で唯一の人間である私を標的にしたのだろう。
「ルアンの言う通り、私は狙いに気付いていた。それは間違いないわ。全ては『影』が集めてくれた情報のおかげよ。その働きは素晴らしいものだったと評価するわ。ご苦労様」
諜報部隊『影』に所属している配下達は感激に打ち震え、平伏する勢いで頭を下げた。
「そろそろルアンの質問に答えるとしましょう。確かに私は、私なりの案を考えていた。……でも、こうしてわざわざ皆に出させたことは、ちゃんと意味があるのよ」
「それは、どういったお考えでしょう? 我らに教えていただくことはできますか?」
「その前に、まずは皆の案を聞きたいわね」
手を挙げる者は、居ない。
誰もが、私の出す案に従おうとしているのだろう。
主人の意見だから、きっと正しいのだろうと、盲目になるのは酷く愚かなことだ。
だがまぁ、彼らがそう望んでいるならば、私は遠慮なく当初より予定していた計画を話させてもらおう。
「全ての帝国兵は、私が相手するわ」
配下達に激震が走った。
これにはルアンも目を丸くさせ、声を荒げる。
「セリカ様、それは流石に──!」
「誰も案を出さなかった。つまり他に考えがないのだから、私の案には賛成してもらうわよ?」
「そ、れは……い、今から我らで他の案を」
「すでにこれは決定したわ。……それとも何? 配下如きが私の、魔王の決定に文句をつけるつもり? さっきは自分の意見を言うことすら放棄したお前達が?」
「…………っ、失言を、謝罪いたします」
ルアンは顔を下げ、黙ってしまった。
「他に、何か私に文句のある者は居るかしら?」
誰も口を開かない。
……では、これで決まりだ。
「当日の作戦を詳しく説明するわ。戦闘部隊は二手に分かれて街の守護と城の警備を。飛べる者は偵察に専念し、諜報部隊と連携を取り合い、敵の動きを逐一報告すること。非戦闘員は決して外に出ないこと。自殺願望があるなら止めはしないわ。そして私は、敵を全て引き受けるわ」
奴らの中には『転生者』が居る。
私の配下は優秀だとしても、チート能力の前では無力に等しい。
無駄にこちらの戦力を失うわけにはいかないので、私一人で全てを相手するのが一番だと思った。
帝国兵が持つ聖遺物も脅威だ。
魔王の配下は、ほとんどが魔物で構成されている。
どれだけ強くても、立て続けに聖遺物とぶつかれば消耗は激しくなるだろう。
──いや、それらは少し言い訳に近い。
本音を言うのであれば、独占したい。
獲物を盗られたくない。
奴らを殺すのは、私でなければいけない。
──それが私の復讐なのだから。
「影はすぐに魔族の街に行き、代表に『これ』を渡しなさい」
リンシアが届けてくれた一枚の巨大な画用紙をマリンから取り出し、影はそれを恭しく受け取った。
「それで街を守り、戦争中は絶対に結界の外から出ないようにと、伝えて」
「御意」
「よろしい。行きなさい」
「ハッ!」
影は消える。
これで街に被害が行くことはないだろう。
「他の者も、準備を整えておきなさい」
『ハッ!』
「以上、解散」
配下達を置き去りにして、私は玉座の間を後にした。
──転生者が居る。
ならば、決して油断はできない。
確実に奴らを追い詰め、殺す。
「ふふっ……」
私は一人、笑う。
「あは、はは……アハハハハハハッ!」
ようやくだ。
ようやく、動き出せる。
ここまで我慢したのだ。
どうか、私を楽しませてくれ。
どうか、いい声で鳴いてくれ。
それが私の──私達の望みなのだから。
「一人残らず、殺してあげるわ」
ひとしきり笑った後、私はポツリと、呪詛を吐き出した。