20. 新たな標的を
「ってことで、来たよ!」
「呼んでないわよ」
「ひどっ!?」
帝国が裏で何か動いている間、特に何もすることがなくて暇していた時──そいつはやって来た。
「……リンシア。来る時は手紙を寄越してって、前にも言ったはずだけれど?」
手に持っていたティーカップを置き、執務室の入り口に視線を移す。
そこには予想通り、魔王であり私の友人でもあるリンシアの姿があった。
「いやぁ、いちいち手紙書くのも面倒臭くってさ。だから直接持ってきたよ」
「貴女は手紙の意味を理解しているのかしら?」
「細かいことは気にしたら負けだよ?」
──ムカッ。
手に握られてぐしゃぐしゃになった手紙を受け取り、そのまま暖炉に放り投げる。
流石に中身すら読まれないとは思っていなかったのだろう。
リンシアは「あぁ……!」と声を上げ、灰と化す紙切れを眺めていた。
「ひっどいなぁ、資源は大切にしなきゃ」
「文句を言うところはそこなの? ……まぁ、いいわ。貴女がここに来たということは、頼んでいた品が完成したと思っていいのかしら?」
その言葉でリンシアは自慢気な表情に切り替わった。
どうやら、私の予想は当たっていたらしい。
「張り切って作ったんだよ。追加注文には驚いたけど、それもバッチリだ」
帝国に向かわないと決定を下したその日、私はすぐに手紙で追加注文を頼んでいた。
忘れていたのではなく、単純に必要になったためだ。
「はい、これが完成品と、こっちが追加注文のやつね」
手渡されたのは青い宝石が埋め込まれた腕輪と、文字や記号が幾重にも刻まれた巨大な画用紙だった。
前者が以前から注文していた物で、後者が新たにお願いしたものだ。
リンシアは何かを作るだけではなく、魔法の知識も魔王一だ。
何かの魔法陣が必要になった時は、彼女に頼むようにしていた。
……でも、流石はリンシアだ。
かなり複雑な魔法陣を、ほんの数日で描きあげてしまうとは恐れ入った。
「追加注文の方はリンシアを信じるとして、腕輪の方はちゃんと機能するのよね?」
「その宝石に魔力を注げば機能するはずだよ。実機試験もやったから安心して。でも、効果が効果なだけに魔力消費が激しくてね」
「私だと、どれくらい持っていかれるかしら?」
「セリカの魔力量だと、半分くらいかな。ごめんね。アタシでも、これ以上の魔力消費を抑えることはできなかったよ」
「半分しか持って行かれないのであれば、十分な必要経費ね」
不敵に笑うと、リンシアは呆れて肩を揺らした。
「流石はセリカ。エリザベートに似て傲慢だね」
「あら、私は事実を言っているだけよ。それに、一応言っておくけど、うちの母親は傲慢じゃなくて怠惰よ。今日も魔王の業務をサボって部屋に閉じ籠っているんですもの。リンシアの方からも何か言ってあげてくれる?」
「勘弁してよ。あの人の眠りを妨げると後が怖いんだ」
「……そう。まぁ別にそこは期待していないわ。とにかくご苦労様。有効利用させてもらうわ」
持ってきて貰った物をマリンに食べさせ、私は一息。
両手を叩き、使用人にリンシアのお茶を出すように伝える。
「アタシはすぐに帰るから、別に気にしなくていいよ?」
「友人をタダで帰すわけにはいかないわ。どうせ暇でしょう? ゆっくりして行きなさいな」
「うーん、相変わらずズバッと言ってくるね。……それじゃ、お言葉に甘えちゃおうかな」
そう言い、リンシアはソファにどっかりと腰を降ろした。
もう少し品のある行動を……と言ってやりたいところだけど、そういうところも彼女らしいので口出しはしない。
「にしても驚いたよ。転生者が居るところには何が何でも行っていたセリカが、急に帝国には行かないって言い出しちゃってさ」
「わざわざ私が出向く必要が無いだけのこと。私の性格を知っている貴女なら、その理由がわかるでしょう?」
「セリカは無駄なことが大嫌いだもんね。今回、そう判断したってことは、もうすでに帝国の目的は判明しているんだよね? 流石はセリカ自慢の諜報部隊だ」
「何よ。教えないわよ……と言っても、聡い貴女はすでにある程度の予想は付いているのかしら?」
リンシアは笑う。
それが何よりの肯定だった。
恐ろしい女だ。
無邪気に見えて、知らぬ間に全てを見通している。
たとえ友人の仲だろうと、彼女にだけは弱みを見せたくない。
私は本気でそう思っている。
「アタシの予想が間違っていないなら、今すぐにでも止めるべきだ。セリカには危険すぎる」
「あら、私の心配をしてくれるのかしら?」
「アタシが気を許せる数少ない友人だよ。心配するに決まっている」
「それはありがとう。大切な友人を持てて嬉しく思うわ。でもね、」
「……わかってる。それでもセリカはやるんでしょう? 転生者を殺すために」
流石は私の友人を名乗るだけのことはある。
心配しているとは言ってみるものの、その程度の言葉では私を止められないと理解している。
だから少しでも力になれるようにと、予定よりも早く完成品を届けに来てくれたのだろう。
「セリカは、まだ転生者を恨んでる?」
「その問い。答える必要があるかしら?」
「セリカの過去を壊した転生者と、今を生きている転生者は違う。それでも殺すんだよね」
「愚問ね。私が奴らを殺す理由は一つよ」
──奴らが転生者だから。
そこに理屈も信念も必要ない。
奴らを根絶やしにできるのであれば、それでいい。
この喉の渇きを癒せるのであれば、それで構わない。
楽しいお話を聞かせてくれるお父さんが大好きだった。
いつも優しく笑いかけてくれるお母さんが大好きだった。
色々なことを沢山教えてくれる姉が大好きだった。
生意気だけど可愛いところがある弟が大好きだった。
そんな家族は殺された。私が望む彼らは、もうこの世に居ない。
だから彼らの代わりに──殺す。
私自ら、この手で殺してやる。
そうすれば私は、皆は、報われるはずだから。
「無駄話はここまでにしましょう」
残りの紅茶を飲み干し、立ち上がる。
ルアンが執務室の扉を開けて入ってきたのは、ほぼ同時の出来事だった。
「セリカ様。『影』より、新たな情報が」
「話しなさい」
「帝国が戦争の狼煙を上げました。その矛先を向けられたのは」
ルアンは言葉を区切り、一呼吸。
「セリカ・ブラッドフィール。貴女です」




