15. 親切なご忠告
「お疲れ様でした。セリカ様」
地下牢を出て、階段を上がった私を待っていたのは、ルアンを含める使用人達だった。
皆、平常心を保っているように見えるけれど、数人は微かな震えを隠しきれていなかった。
ルアンも顔色を悪そうにしている。
「片付けは任せるわ。私は疲れたからお風呂に入ってくる」
「かしこまりました。どうぞ、ごゆっくり」
「ええ……」
風呂場に向かい、侍女に服を脱がせる。
この程度は自分で出来るけれど、これも侍女としての仕事らしいので、私は成されるがままになるしかない。
何も纏わない状態になって脱衣所から繋がる扉を開くと、冷たい風が体を打った。
外の風景を楽しみながらお風呂に入れる『露天風呂』というものだ。
寒くなる季節はあまり使用しないけれど、それ以外は基本的にこちらを使うようにしている。
「セリカ様。お背中、お流しします」
体を洗うのも髪を洗うのも、全て侍女に任せっきりだ。
でも今日は──
「たまには一人でゆっくりさせてもらえるかしら?」
「……かしこまりました。何かあればすぐにお呼びください」
侍女達は頭を下げ、風呂場を出て行った。
ようやく一人になれたと、私は一息。
「──それで、何の用かしら?」
露天風呂の周囲に、人の気配はしない。
ただそれは、『人』に限った話だ。
『……おや、気付かれていましたか』
湯船に浸かった私の横に、一匹の小鳥が舞い降りる。
「そんなに気配を濃くしていたら、嫌でも気付くわよ。人の風呂を覗き見するなんて、あなたも男なのね」
『何やら勘違いをされているようですが……まぁいいです』
苦笑混じりの男声。
小鳥が喋っているわけではない。
これは小鳥を通じた通信のようなもので、声の主はまた別の場所に居る。
「にしても珍しいわね。そっちから接触してくるなんて──ウッドマン」
ウッドマンは魔王の一人だ。
彼は戦闘能力があるわけではなく、特別な力があるわけでもない。
唯一他の魔王よりも優れている点を挙げるとすれば、従えている配下の数だろうか。
私のように身の回りの世話をする従者ではなく、彼が従えているのは戦闘や隠密特化の魔物達。
それらを各地に散りばめているため、情報通であることは確かだ。
でもそれは、言い方を変えれば『臆病者』だ。
自分に自信が無いから、戦闘に秀でた配下を沢山従えている。
己の弱点を知り、それを補うことは大切だと思うけれど、それにしてもやり過ぎだというのが私の意見だ。
そんな臆病で狡猾で、かと言って何かに秀でた能力を持っているわけではない。
なのにも関わらず、いつの間にか魔王の座を手にしていた不思議な男が──ウッドマンだ。
『耳寄りな情報を掴んだので、セリカさんに共有しておこうかと』
「……耳寄りな情報?」
『ですが、それは少し遅かったようですね』
「何を、」
『これに見覚えがありますか?』
よく見ると、小鳥の首にはキラキラと光る物が付けられていた。
それを見るのは、今日で三度目だ。
「……なるほどね」
確かにその情報は少し遅い。
タイチからその言葉は聞いた。
帝国の密偵も捕らえて情報を聞き出した。
そしてウッドマンがそのことで接触してきた。
全て今日の出来事だ。
「なんか、偶然が重なっているわね」
『偶然が重なればそれは必然。貴女ならすぐに動いてくれると思っていました』
良いように動かされている感じがして、気持ち悪い。
私は不快感を隠さず、口を開いた。
「……で、それを伝えて私に何をさせようとしているのかしら?」
『いやですねぇ。私だって単純に仲間を思いやって助言をする時だってありますよ』
「どうかしら。申し訳ないけれど、私はあなたを信用していないの」
──なぜだか私は、彼を信用しようとは思えなかった。
魔王は全ての種族から敵視されている。
『仲間』とまではいかなくても、互いに協力するべきなのは間違いない。
でも、どうしてだかウッドマンだけは信用できない。
それは彼の身元が不明というのが一番の原因なのだろうと、私は推測する。
己のことを明かさない奴を信頼できない。
己を隠す奴は何か必ず裏があると、すぐに他人を勘繰る癖がついているせいで、私はウッドマンを信用できていないのだろう。
『そうやって正直に言うところ、セリカさんらしいですね』
はっきり「お前は信用ならない」と言い放った私に、ウッドマンは怒ることなく、むしろ面白そうにくつくつと笑った。
『帝国が動き出しました。セリカさんもお気を付けください』
動き出すって何を。
と聞く前に、小鳥に纏わりついていた気配が消え去る。
後に残ったのは私と、きょとんと首を傾げる小鳥のみだった。
「…………チッ」
舌打ちを一つ。
私はベルを鳴らし、侍女を呼び出した。