14. 絶望の救いを
「も、ゆるし、ゆる……し……」
一時間の拷問の末、男は帝国の情報をようやく吐き出した。
瞳の焦点が合わず、呂律も怪しくなってきた頃だ。
言葉を聞き取るのは苦労したけれど、それなりに有益な時間だった。
私が彼にやったのは、とても簡単なことだ。
『魂喰い』で男の魂をノコギリのように削っていった。
一気にやるのでは勿体無い。少し削って休憩、傷が癒えた頃にまた削り、休憩。
これをゆっくりと何回も繰り返し、心に魂が狩られる恐怖を植え付ける。
「……でも、期待していた成果には程遠いわね」
男は帝国の密偵だったが、あまり核心部分の情報は与えられていなかったらしい。
彼が吐いた情報の中で、新しく入手したものは二つ。
まず、男が死んでも構わないといった態度を取っていた理由だけれど、驚くことに帝王の側近が『蘇生魔法』を扱えるらしい。
私はそれを聞き、あり得ないと思った。
蘇生魔法は今まで一度も目撃されなかった魔法で、魔法の超越者である私の友人でさえ、未だ術に辿り着いていない。
なのに、人間如きが蘇生を使えるというのか。
詳しく話を聞くと、彼らは実際に死んだ人間が生き返り、普通に話したところを見たらしい。
だから彼らは、死んでも生き返ると信じた。
男から話を聞いた私でも、まだ疑っている。
それだけあり得ないことだから、戸惑っていると言ってもいい。
実際に蘇生を実演されたのだから、術者の姿は見ているのだろう。
そう思って帝王の側近のことを聞き出そうと思ったけれど、そいつは目元までフードを被っていたらしく、一度も顔を晒していないとのことだった。
声が遠かったせいで男か女かすらもわからず、骨格からして多分男なのだろうと思われているらしいが、まさしく『謎の男』と呼ぶに相応しい。
そんな謎の男が、どうして帝王の側近なんてやっているのか。
私は、おそらくその側近が今回の黒幕だと予想を付けている。
帝王の側近という立場を利用し、蘇生という規格外の魔法を扱う魔法使い。
奴の正体を暴くことが、帝国の狙いに気付く手がかりになるかもしれない。
蘇生があるおかげで、帝国兵は死ぬことを恐れない兵士となった。
しかも帝国兵の中には『転生者』も混ざっているのだから、何度も生き返られたら面倒だ。
流石に連発はできないだろうけれど、五回くらいは考慮して戦った方がいいだろう。
次に、帝王についてだ。
……と言っても、こちらは役に立つような情報ではなかった。
今のうちに帝王の姿を知っておきたかったけれど、どうやら帝王は終始、全身鎧を見に纏っていたらしく、顔は誰にも見せていないようだ。
現在の帝王が即位したのは、一年前。
それから一度もヘルムの下を明かしていない。
私のように顔を見られたくない理由があるのか、それとも別の目的があって顔を見せないのか。
気になるところだけど、要は全て皆殺しにすれば問題ない。
帝王の声は若かったらしい。
ヘルムで少しだけ声が籠っていたけれど、年寄りのような威厳ある声ではなく、まだ成人したての青年のような声だったとか。
それが本当ならば、帝王は素晴らしい人材なのだろう。若くして帝王の座に就く実力はもちろんのこと、反乱を起こさせずに統治している。
──でも、だからこそわからない。
敵だとしても帝王の実力は認めよう。
そんな男が、どうして『転生者』を集める?
奴らはチート能力を保持している。欲に溺れた者が反旗を翻せば、すぐに帝王の座は奪われるだろう。
帝国は実力主義。
一番強い者が帝王になる。
『転生者』と兵力として集めるのは、帝国にとっては諸刃の剣となるだろう。
情報を聞き出すつもりが、逆に謎が増えた。
……でも、いつかは知らなければいけなかったことだ。
帝国に『転生者』が居るのだから、私が行く理由はそれで十分だ。
混乱している暇があるなら、さっさとこちらの準備を整えておいた方が得策だろう。
「もう十分よ」
そうして、私の拷問は終わりに向かう。
「…………さて、お前への罰だけど」
男は短い悲鳴を上げる。
歯を鳴らし、涙を流し、言葉は嗚咽となって口から漏れ出した。
「死にたく、なぃ……おれが知ってる情報は、言った……命だけは、ゆるしてください」
最初の頃との変わりようが激しい。
死んでも生き返れるという認識があるだけで、人はここまで態度が異なるのか。
…………私だったら、どうなったかな。
蘇生が使えても、私はそれを使わなかっただろう。
一番生き返らせたい人達は、もうとっくの昔に土に還った。生き返らせたいとは、今更思わない。
私が死んだ時だって同じだ。
もし私が死ぬならば、それは転生者に負けた時だ。
きっと悔しいだろう。
奴らを殺さなきゃ、死ねない。そう思うだろう。
でも、生き返りたいとは思わない。
それよりも、ようやく家族の元へ逝けると、私は嬉しく感じると思う。
中途半端に終わらせることになったとしても、やはり私は家族に会いたい。
それは、私に唯一残された『少女』の願いなのだから。
「お前を見逃すことはできるわ」
男の瞳に、僅かな光が宿った。
「でも殺すわ。『普通のやり方』で、お前を殺してあげる」
私は『魂喰い』を霧散させ、また新たな剣を出現させた。
何の変哲も無い、そこら辺に売っているような銀剣だ。
これで首を刎ねれば、大抵の生き物は死ぬ。
「い、いやだ! 普通に死ぬのは、いやだ! それだけは許してくれ、それだけは……!」
最初は普通に死ぬことを願っていた男は、普通に死ぬことさえ恐怖していた。
私はあえて無自覚を演じ、首を傾げる。
「どうして? また生き返られるのよ? ほら、お前も望んでいたでしょう?」
男の眉間に、剣の切っ先を突きつける。
「お前は死にたがっていたわよね。お前は生き返りたがっていたわよねぇ。情報を吐き出してくれたお礼に、そのお願いを聞き入れてあげましょう」
そして、と……私は微笑を浮かべながら言葉を続ける。
「お前はまた私に殺されるの。何度も、何度も何度も何度も何度も。私に殺され続けて、二度と消えない傷に怯え続けるの」
「どうして、何でそこまで……」
「どうして? それはお前が転生者だからよ」
男の目は、力一杯に開かれる。
会話の各所に、それらしき発言はいくつかあった。
虚ろになってブツブツと呟いた言葉の中に『前世』という単語があったのも聞き逃さなかった。
「私はお前達を根絶やしにする」
だから、獲物を沢山集めてくれている帝王には感謝している。
「この、悪魔……!」
男は憎々しげに、吐き捨てるようにそう言った。
それに対して私は、強者の笑みを崩すことなく答える。
「私は悪魔でも天使でもない。ここに居るのは、お前達に全てを奪われたただ一人の復讐者」
──裏切りの魔王よ。
「さようなら。名前も知らない転生者」
絶望に歪んだ顔が、ぼとりと、地面に落ちた。




