13. 拷問
私は城に帰宅してすぐ、例の『侵入者』が捕らえられている地下牢に向かっていた。
「何か情報は掴めた?」
足を止めることなく、後ろを歩くルアンに問う。
「…………それが、申し訳ありません」
「別に謝ることではないわ。それくらいは予想していたし」
街に侵入していた人間は、かなりの手練れだったと聞いている。
私の配下が協力してようやく捕らえられたのだ。そんな手練れが簡単に情報を吐き出すわけがない。
「一応聞くけれど、拷問はしたの?」
「いえ。まだしていません。私達では手加減が出来ませんので」
「……そう。賢明な判断ね」
冷たい階段を下り、やがて鉄の扉の前に辿り着いた。
そこを監視していた配下が敬礼し、口を開く。
「セリカ様。ご足労いただき、ありがとうございます」
「挨拶はいいわ。密偵は中に?」
「はい。今は魔法で大人しくさせていますが、いつ暴れだすかわかりません。セリカ様なら問題はないかと思われますが、十分にお気をつけて」
見張り役の配下は静かに扉を開け、私は中に入った。
その後ろにルアンも付く。
流石に一対一は危険だと判断したのだろう。
監視としてなのか、数名の『影』の気配がする。
彼らは私の配下で、情報収集から目的の殺害まで何でもこなす『暗殺集団』だ。
厳重警戒にも程があると呆れるけれど、ここで敵を逃すという間違いだけは起こさないと、彼らの固い意志が感じられた。
「あなたが、帝国の密偵?」
人間の腕以上はある鎖に繋がれた男だ。
「おまえ、は……」
虚ろな瞳で、男は入室した私を見上げる。
黒い髪と茶色い目……ドクンッと私の心臓は強く脈打った。
津雲タイチが貰ったというネックレス。
それと同じ物をこの男も持っていた。
私の予想が正しいのであれば、この男も同じ『転生者』だ。
今すぐ殺してやりたい気持ちはあるけれど、まずは情報を吐かせることからだと、私は考えを改める。
「私はセリカ・ブラッドフィール。あなた達の敵の親玉と言えばわかりやすいかしら?」
「俺を、殺すのか?」
「あら、案外冷静なのね。激しく抵抗して無駄に命を散らすか、命乞いして情報を漏らすかのどちらかだと思ったのだけれど?」
挑発的な言葉に、男は鼻で笑う。
「命乞いをすれば、助けてくれるのか?」
「ええ。それも考えてあげる。大人しく情報を吐いてくれたら、ね」
「敵に情けなんて掛けられたくない。殺すなら早く殺せばいいだろう」
「潔いのは褒めてあげるけれど、生憎、はいそうですかと殺してあげるほど私は優しくないの」
…………やけに大人しい。
自分が殺されるかもしれないというのに、抵抗も無いのはおかしい。
おそらく男は『帝国』の者だ。
国に忠誠を誓っている者なら、こうして捕まる前に自害しているだろう。
もしそれに失敗したとしても、こうして普通に対話しようだなんて思わないはずだ。
──気味が悪い。
男はまるで、『死んでも構わない』と思っているようだった。
自分が死んだところで何も変わらないと諦めているわけではなく、死んでも何かがあると期待しているような……そんな態度だ。
──この男は、帝国は何を企んでいる?
私の知らないところで、何かが進んでいる。
これは長くなりそうだと、私は内心、溜め息を吐き出した。
◆◇◆
いくら質問しても、男は何も答えなかった。
そんな中、わかったことが一つだけある。
やはり男は、死んでも構わないと思っているようだ。
それは私の予想通り、命を諦めているからではない。
死んでも次があると、そう確信している態度だった。
普通、死ねばそこで終わりだ。
魔法で繁栄してきたこの世界でも、蘇生の魔法は存在しない。
常識を覆す『転生者』のチート能力だろうと、それは不可能だった。
──でも、例外は一つだけある。
そいつらとは何度も剣を交え、殺してきた。
とある世界で死を体験し、異なる世界で生まれ変わった。もしくはそのままの体で蘇生した。
そんな奴らが存在する。
『輪廻転生』とも言うべきその現象は、確かに実在する。
──奴らはそれを信じている?
私はそこまで考え、そんな都合の良い話があってたまるかと、自らを否定した。
死んだ者全てが転生するわけではない。
もしそれなら今頃、この世界は『転生者』で溢れかえっていることだろう。
必ず次の人生が待っているわけではない。
男が信じて疑わないのは、とても小さな奇跡だ。
…………なのに、この自信は何?
考え過ぎかもしれない。
でも、もし本当に蘇生魔法が存在するとしたら?
「帝国は何を得ている。お前達は何を知っている」
「さぁな」
「──答えろ!」
男の顔を蹴り飛ばす。
骨のひしゃげる音が、狭い部屋に響いた。
「……ははっ、暴力的な女だな」
「お前がさっさと吐けば、暴力を振りかざす必要はないのよ」
「いいねぇ、その考え……悪役らし、っ!」
もう一度、顔面を蹴り上げた。
白い欠片が二つほど宙を舞い、地面に落ちる。
なのに、男は薄く笑った。
「それだけか?」
「本当に、情報を吐き出す気は無いようね」
「ああ。何度もそう言っているだろう? だから殺せよ。早く」
「…………わかったわ。そっちがその気なら」
こちらも本気を出させてもらおう。
「あれを使うわ。下がりなさい」
「…………かしこまりました」
ルアンは別の配下にも指示を出し、彼らの気配が遠のく。
それを確認した後、私は一振りの魔剣を出現させた。
剣身が半透明で、簡素な作りをしている剣だ。
「何だ? 次は直接傷付けようってか? ……いいぜ。それだけ俺は死に近づける」
「ええ、殺してあげる。お前を本当の意味で、お前は終わるのよ」
「どういう──ぐぅ」
前髪を乱暴に掴み、男の瞳を覗き込む。
「お前は奥の手を隠しているようだから、まずはそっちから潰すことに決めたわ」
「──何だと?」
男の瞳が初めて、揺らいだ。
「この剣は物質を斬り裂く能力はない。無機物に斬りかかっても、ただすり抜けるだけの変な魔剣よ」
「それに、何の意味が」
「でも、お前にはとてもお似合いだと思うの。だってこれが斬り裂くのは肉体じゃなくて──魂だから」
「魂、だと……?」
「ええ。たまに居るのよ。痛みに慣れて、拷問で締め上げても何とも思わない人が。そんな時に使うのが、これ」
私はわざとらしく、半透明の魔剣を見せつけた。
「これは凄いのよ。魂は言わば、その人の核。最も重要な部分にあたるわ。それを直接傷付けられるのだから皆、すぐに根を上げるの。彼らが第一声に発したのは、どれも断末魔の叫びに似ていたわね」
でも、一つだけ困ったことがある。
魂を傷付けられている者は心の底から恐怖し、絶叫する。
身体中の全てから液体を撒き散らし、嘆き、許しを乞う。
配下達はその狂気に耐えられないらしい。
何が何でも私の元を離れないと言いそうなルアンですら、私がこれを使うと言った瞬間、素直に従ったのがその証明だ。
「魂を傷付け、絶望を糧とする。名前を『魂喰い《ソウルイーター》』」
「…………ハッタリだ。俺を怖がらせようとしても無駄だ」
「あら、私、嘘は言わない主義なの」
無機質だった男の瞳には、恐怖の色が滲み出ていた。
声も微かに震え、歯がぶつかり合う音がカチカチと鳴った。
この変わりようは間違いない。
男は転生を信じていたらしい。
でもそれは、死者の魂がこの世界に残り続けるからこその奇跡で、その魂が消失してしまえば転生は不可能。
それを理解したことで、初めて焦りが生まれたのだろう。
「──さぁ、良い声で鳴いてね?」
私はゆっくりと、半透明の切っ先を近づける。
「や、やめ、っ────!!!!」
絶望を報せる絶叫が、城全体に響き渡った。




