12. 分かつ道
「セーラさんって、すっごくスパルタだよね」
突拍子も無くそう呟いたのは、竜種との死闘を繰り広げ、惜しくも生き残ってしまった男──タイチだ。
「あら、倒せたのだから良いじゃない。報酬金も沢山手に入ったでしょう?」
今は夕食時。
竜種を殺した報酬で金が入った私達は、そのまま適当な飲食店に入って食事を共にしていた。
もちろん、出された料理の味は感じない。
ちなみに報酬は金貨1枚と銀貨10枚、銅貨15枚が支払われた。
半年は十分に遊べる金額だ。竜種はそれだけ強力な魔物で、今回の報酬は妥当だったと言える。
その報酬金は全て、タイチに渡した。
私は何もしていないし、別に金貨1枚程度、増えたところで腐るだけだ。
「…………うん、お金が手に入ったのは嬉しいんだけどね、なんか……それと引き換えに寿命が何年か縮んだような気がしてさ」
「良いことじゃない」
「え?」
「…………あ、っと……寿命が縮んだということは、それだけ濃厚な体験ができたという証拠なの。最初の内からそういった経験を積んでおくと、大切な場面でも動けるようになる。だから、それを学べたというのはとても良いことなのよ」
「……そうか。そういうことか」
完全に気を抜いていたせいで、うっかりと本音が口から出てしまった。
上手く誤魔化せたことに内心ホッと息を漏らし、料理を口に運ぶ。
マリンの責めるような視線は、無視した。
「でも、いきなり銀等級になったのは驚いたなぁ」
「竜種を倒した人をいつまでも最低ランクにしておくのは、ギルドの見る目がないと認識されるわ。だから、特例として銀等級が与えられたのよ。もっと喜べば?」
「すっごく目立ったのは恥ずかしかったけれど、僕の力が認められたってことだよね……うん。そう思うと、なんか嬉しくなるな」
──笑うな、うっかり殺したくなる。
「ギルドの人が言っていたよ。セーラさんの推薦があったから、この特例は通ったって……ありがとう」
「別に、それだけの実力があると判断したから、事実を言っただけよ」
「でも、ギルドの人を動かせるってことは、セーラさん、実は凄い人なの?」
「……何、今まで知らずにいたの? ああ、そうか。田舎から来たから、冒険者ランクのことも何一つわからないのね」
この世界で無知は罪だ。
知らなければ騙されるし、騙されれば損をする。
訴えることはできない。
だって、騙される方が悪いのだから。
情報を得るのは当然のことで、だから情報屋がそこら中に居る。
知識を得られる機会はそこら辺に転がっているのに、それを拾わなかった奴がいいように騙されるのは、単なる自業自得ということになる。
「私は『翡翠』よ。一応、最高ランク。やろうと思えば、ギルドの決定を捻じ曲げることだってできるわ。後処理が面倒だからやらないけど」
「そういえば、ギルドの受付の人が言っていたよ。『剣鬼様を怒らせないほうが身のためです』って……その二つ名? だけ聞いていたから、セーラさんの強さとかはあまり知らなかったな。最高ランクだったなんて、凄い人なんだね」
今更自慢するようなことではない。
だから平然と食事を続けたけれど、タイチの方は完全に食事の手が止まっていた。
「……え、それじゃあの時助けたのって、もしかして本当に余計なお世話だった?」
「これ以上ない余計なお世話だったわね。……でも、あなたが出てきてくれたおかげで、穏便に済んだのではなくて?」
「…………もし、あの時に僕が出ていなかったら?」
「あの男の四肢を切り落として、二度と私に歯向かえないよう、恐怖を植え付けていたところだったわ」
「うわぁ……やることがえげつない」
「そうかしら? 翡翠に喧嘩を売ったのだから、殺されないだけ幸運だと思うけれど?」
当然のようにそう言ったら、更に引かれてしまった。
「ぴゅい……」
マリンが呆れたように、小さく鳴いた。
どうやら、おかしいのは私の方らしい。
「まぁ、どうでも良いわ。結果的にあなたは私と知り合えて、こうして大金を手に入れた。今はそれで満足するべきでしょう?」
「…………うーん、そうだね。セーラさんと知り合ったことが、僕の幸運なのかもね」
疑うことなく、タイチは笑い、ジョッキの酒をぐいっと飲み干した。
顔は赤く染まり、良い塩梅にふらふらしている。
まだ正気を保っているけれど、目が徐々にトロンと柔らかくなっていた。
…………仕掛けるなら、この夜か。
私は内心でそんな計画を立てながら、ワインに口をつける。
「ねぇ、セーラさんはこの後、どうするの?」
「……私? 適当に街を回って、また別の街に移る予定よ」
この街でやることは、もう少しで終わる。
そしたらここに用は無いので、次の獲物を探すため、別の場所へ行こうと思っている。
いつも通りのことだ。
「だったらさ、一緒に帝国に行かない?」
眉を吊り上げる。
誘われたことに対して反応したのではない。
ここではあまり聞かない『帝国』という単語に反応したのだ。
「……あなた、どこで帝国を知ったの?」
こいつがこの世界に来て、まだ日が浅い。
この街は帝国領とは遠い場所にあるので、聞く機会も無いだろう。
──なのに、どうして帝国を知っている?
「いやぁ……さっき、誰かからギルドで言われたんだよ。なんかね? 帝国が今傭兵を集めているらしいって。その中には僕みたいな変な名前の人が多いんだって。もし僕と同郷なら、会ってみたいなぁって思って、さ」
「…………なん、ですって……?」
帝国が傭兵を集めている理由は、十中八九戦争だろう。
そこは別にどうでも良い。
帝国はどこの国よりも武力を誇るところで、『弱肉強食』という言葉が一番相応しい国家だ。傭兵を集めるのはそこまで珍しいことではない。
人間同士の戦争?
魔王には関係無いし、むしろご自由にどうぞと言いたい。
でも、タイチのような名前が多いというのは、どういうことだ?
「大金も入ったし、ちょうど良いから帝国に行ってみようかなと思うんだ。だから、セーラさんもどうかなって思ったんだけど……どうかな?」
私は考える。
帝国が転生者を集めているかもしれない。
これは偶然ではないだろう。
転生者は多いけど、それでもこの世界の住民の一割程度だ。
それが同じところに集まっているなんて、偶然で起こり得るはずがない。
──流石に話が出来すぎている。
罠の可能性を考える。
でも、誰に罠を仕掛けると言うの?
私は誰にもバレないように転生者狩りをしてきた。
周囲の目を考え、転生者が狙われていると疑われないよう、全ての復讐は不慮の事故に見せていた。
だったら、本当に偶然?
それとも、皇帝は転生者の力を利用しようとしている?
「これも、貰ったし」
様々な考えを巡らせていた私は次の瞬間、全てが吹き飛ぶことになる。
それはタイチが取り出した一つのネックレスが原因だ。
怪しげな紋様が刻まれただけの、他には何の変哲もないただの飾り。
それは、ルアンの言っていた『侵入者』が持っていた物と、全く同じものだった。
「そ、れは……」
「これ? なんか帝国のことを教えてくれた人に、『君にはその証が必要になる』って言われて貰ったんだよ。必要になるって、これに何があるんだろうね?」
別のところで同じ物を見た。
これは単なる偶然で済ませていいものではないだろう。
──結論を出すのは早計だと、私は考えを改める。
まずは様子を見るべきだ。
今日で仕留めようかと思っていたけれど、あえてタイチを泳がせてみるのも良いかもしれない。
こいつは私と親しくなったことで、様々な情報を喋ってくれるだろう。利用する価値はある。
帝国の情報が本当なら、奴らが『転生者』を使って何かを企んでいるのは間違いない。
偶然が重なり合ったのだ。
このチャンスを逃すのは勿体無い。
「…………ごめんなさい。私は一緒に行けないわ。まだ私はやることがあるの」
「そっ、か……残念だな」
「でも、帝国には前から興味があったから、近いうちに行くかもしれないわ」
「じゃあ、いつかまた会えるかもしれないね!」
「そうね。そうなると、良いわね」
私は金貨を五枚取り出し、タイチに差し出した。
「これは餞別よ。これからも頑張ってちょうだい」
「こんなに……いいの?」
「折角知り合ったのだから、これくらいはさせて」
「──うんっ、ありがとう、セーラさん! 大切に使うよ!」
「ええ。……その代わり、簡単に死んだら許さないから」
金貨五枚もゴミ箱に捨てたのだから、それに見合った働きをしてくれないと困る。
精々頑張ってくれ。
利用して利用して、最後に殺してやる。
──お前を殺すのは、私だ。
「何から何まで、本当にありがとう。絶対に死なない。だから、帝国でまた会おう!」
「楽しみにしているわ、タイチ」
私は手を差し出す、その意図を察したのか、タイチはその手を握り返した。
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
「行ってきます。セーラさんも、お元気で」
その夜、私達は別れた。
タイチは帝国へ。
私は、私の城へ。
お互いにやることを成すため、互いの道を進む。