11. やる気皆無
「ね、ねぇ……さっきのスライム、大丈夫、なの?」
そろそろ森の最深部に来たかなと思い始めた頃、タイチは息も絶え絶えに、マリンを心配するような言葉を口にした。
……他人の心配をしている場合じゃないだろうに、お人好しな男だ。
ちょうど開けた場所に出た私は、適当な倒木に腰をおろし、一言。
「大丈夫なんじゃない?」
「じゃない? って、そんな……使い魔なんだよ?」
「ええ、だから?」
この程度の森を一匹で生き残れないようであれば、チート能力を持つ転生者相手に渡り合えるわけがない。
はっきり言ってそんな雑魚は私の使い魔に相応しくないし、一緒に居られると足手纏いだ。
「マリンなら大丈夫だとわかっているから、ぶん投げたのよ」
「いや、だからってぶん投げるのもどうかと思うけど……」
──転生者如きに正論を言われるとムカつく。
その態度は表に出さず、私は「ここで休憩するわ」と告げた。
すると、張り詰めていた緊張感が解けたのか、タイチは力無く地面に座り込んだ。
今なら簡単に殺せそうだけど、まだ殺すのは早計だろう。
多くの人に、私とタイチが一緒に出るところを見られた。
もしここでタイチを殺し、帰還したのが私だけだと知られたら、変に勘繰られるかもしれない。
魔物に襲われて殺されたと言い訳しても、新人を守りきれない程度の実力だと下に見られるだろう。
それでは今後の活動に響く。
無駄に影響力があるというのも、少し面倒なところだ。
「ねぇ、結構深くまで来たけど……奥に行くほど魔物って強くなる、んだよね?」
「そうね。より多くの魔力を取り込んでいるから、凶暴さも増すわね」
「それって、結構やばいんじゃ……?」
「それが狙いだもの」
「──え?」
「ほら構えなさい。そろそろ、来るわよ」
グルォオオオオオオオ!!!
劈くようなような咆哮に大地が轟き、大気は震え、木々が揺れた。
「な、なんだ?!」
「上、うーえ」
人差し指を上に向け、タイチは上空を見つめ──目を見開いた。
「あ、あれって、ドラゴン!?」
「正しくは竜種ね。……いやぁ、意外な大物が釣れたわね」
「笑ってる場合じゃないでしょ! 早く、逃げないと……」
「なぜ? 今日の獲物はアレよ」
「はぁ!?」
目が飛び出るのではないかと思うほど驚いたタイチ。
その間抜けな顔を仮面の下で笑いながら、私はもう一度上を見るように指示を出す。
「……ほら、竜の口をよーく見なさい」
「よーくって……あれは!」
空を飛ぶ竜種の口。
そこに挟まる青い物体は、少し前に私がぶん投げたマリンだった。
「助けなきゃ!」
「ええ、頑張ってね」
「何言ってるの、セーラさんも……!」
「魔物相手に腕試ししてもらうと、そう言ったでしょう?」
次に何を言われるかを察し、絶望したような表情になる転生者。
──ああ、その顔、最高だわ。
今日、その顔を見られただけでも、我慢した甲斐があったというものだ。
「まぁ、危なくなったら助けてあげるわ」
──ついでに共倒れしてくれると、一番嬉しい。
「だから頑張ってね」
──さっさと死んでくれ。
「はい、わかったらやる」
言いたいことだけを言い、私は傍観に徹する。
グルォオオオオオオオ!!!
竜が急降下してきた。
流石はマリン。
タイミングは完璧だ。
「ああ、もう! やるよ! やればいいんだろう!」
自暴自棄になったのか、それとも覚悟したのか。
迫る竜種に対抗しようと剣を構える。
隙だらけで初心者丸出しだけど、それを指摘することはしない。
どうして相手が強くなる手助けをしなければいけないのか。
──そのままヤられてちょうだい。
とは期待してみるけれど、タイチは竜種を倒してしまうと私は予想していた。
その程度のことで死ぬような弱者だったら、『転生者』相手に苦労していない。
奴はチート能力の持ち主だ。
もし非戦闘能力だったとしても、奴らの体は頑丈に作られているので、竜種の攻撃程度は軽く受け流すだろう。
「うぉぉおおおおお!!」
グルァァァッ!!
タイチと竜が激闘を繰り広げている。
それを観戦しながら、私は倒木の上でくつろぐ。
「──ぴゅい」
「あら、おかえり。ご苦労様」
「ぴゅい!」
「はいはい。途中で美味しそうな木の実採っておいたわよ」
「ぴゅい♪」
小袋に詰めた木の実を渡すと、触手を使って一つ一つ美味しそうに食べていく。
鼻歌まで歌って、嬉しそうだ。
「この程度の木の実で満足するなんて、安い相棒ね」
呆れたように呟くと、「ぴゅい」と鳴かれた。
森の木の実には魔力がいっぱい溜まっているから、とても美味しいらしい。
「ぴゅい?」
食べてみる? という風に、木の実を一つ差し出される。
「マリンが食べなさい。あなたのために採ってきたのだし、人間にとって濃厚な魔力体はただの毒なの。私が食べたら死んじゃうわ」
「ぴゅい!」
私達はゆったりとした時間を過ごしていく。
それはとても穏やかで、とても心地良い。
「ちょっとセーラさん!? 助けてくれないかな!」
特に、転生者が苦しんでいる姿を見ているのは、とても気分が良い。
……あ、避けきれなかった竜のブレスで髪の毛が焦げた。
──ザマァ。
「ぴゅい」
可哀想だと、マリンは鳴いた。
──転生者に情けは要らない。
可哀想?
そんな言葉、奴らに投げかけることは一生無いだろう。
どうせならもっと苦しんでほしい。
もっと絶望してほしい。
醜く藻搔いた末に、無様に痴態を晒しながら死んでほしい。
──要はさっさと死ね。
私が望むのはお前らの死なのだから、助けるわけがないだろう。
なのに、必死に助けを呼ぶなんて無意味なことなのに、ご苦労なことだ。
「セーラさん!?」
…………いい加減、うるさい。
「まだ話せるってことは、余力は残っているってことよ」
「でも、流石にドラゴンは……!」
「竜種よ。……ああそうだ。一回トカゲって言ってみるのをオススメするわ」
「そうなの? おい! トカ──」
「それ、竜種を特に侮辱する言葉で、逆鱗に触れるだろうから」
「危ないよ! もう少しで逆鱗に触れるところだったんだけど!?」
──はい、それが目的です。
とは流石に言葉にしないけれど、正直さっさと死んでくれないかなとは思っている。
「ほら、そろそろ竜種も疲れているわよ。もう一押し」
「ぴゅい!」
「絶対に疲れてないよね! さっきよりも動きが、ちょ、あぶなっ!」
「がんばれー、がんばれー」
「ぴゅいー、ぴゅいー」
私とマリンのやる気のない応援は、壮大な戦闘音に掻き消される。
それでも私達は傍観を決めこみ、戦闘が終わる最後の時まで動くことはなかった。