表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/35

10. 講義




 私はタイチを引き連れ、街の近くにある森までやって来ていた。


 まずは奴の実力を測る。

 その為には魔物と戦わせるのが一番手っ取り早いし、ついでに魔物討伐の報酬で金が入る。一石二鳥だ。



「ここら辺の魔物で腕試しをしましょう」


「えっと、魔物って……何かな?」



 ──魔物も知らないの? とは言わない。


 タイチが『転生者』だというのは、ほぼすでに確定している。


 それなら魔物を知らないのも仕方ない。


 こいつらが住んでいた元の世界には、魔物は存在しないらしい。

 奴らは争いの無い平和な世界で育ち、不慮の事故で死亡した。

 そして、何らかの力によってこの世界へと転生を果たし、その際にチート能力を授かると、過去に殺した屑が自慢気に言っていたのを覚えている。


 この世界の常識なんて、持ち合わせているわけがない。


 何度か『転生者』を油断させるために近づき、旅をしたけれど、その誰もがこの世界のことをよく知らなかった。

 そうして何度も教えている間に、私もこの世界のことを教えるのが上手くなっていったのは、なんとも皮肉なことだ。



「魔物というのは、全ての生き物の外敵よ。主に森を生息地としているけれど、たまに森から外れて人里を襲う奴もいる。そういうのは大抵、魔物同士の縄張り争いに負けて森に住めなくなったか、気性が荒いかのどちらかになるわね。面倒なのは考えなくても後者で、端から人を殺すのを目的としているから、被害が大きくなる」


「どうして魔物は森に生息しているの?」


「この世界は魔力で溢れているの。魔物は魔力濃度の濃い場所を好む。……森は空気の通りが悪いでしょう? そのせいで魔力が留まりやすくて、自然と魔物が集まるの。今は誰も住んでいない廃墟とか洞窟とかも、魔物は寄り付きやすいわね。そういうのは『魔窟』と呼ばれて、たまに冒険者を募って攻略する時があるわ。


 一説では、魔物は魔力の残骸から生まれると言われているけれど、生き物の死骸に魔力が蓄積したり、魔力の多い場所に生息していた野生の動物が変異したりと、魔物化する原因は様々あるわね」



「なるほど……魔物については大体わかった。でも、どれが魔物でどれが魔物じゃないかの見分けってつくのかな。聞いた感じだと、普通の動物と変わらないんでしょう?」


「見分けならつくわよ。赤目が魔物。簡単でしょう?」


「え、でも……人でも赤目の人っているだろう? そういう時はどうやって判断するの?」


「人は魔物にならない。だから魔物とは判断されないけれど……それでも一般的に赤目と魔物は一緒くたにされるから、印象は良くないわね。まぁ、私はどうとも思わないけれど」



 相手が魔物だろうと、魔物でなかろうと、正直どうでもいい。


 私は転生者を殺したいだけで、他と敵対するつもりはない。……向こうから手を出してきた時に限り、二度と逆らえないよう徹底的に潰すけれど、それ以外では人間も魔物も等しく扱っている。


 ──と、そう思うのは私が魔王だからなのだろうか。




「じゃあ、魔物と魔族は同じなのかな」




 不意に漏らしたその疑問に、私は立ち止まって後ろを振り返る。


「どうしてそう思ったのかしら?」


「あ、えぇと……魔族も赤目なんだろう? だから一緒なのかなって……」


「…………それ、どこで聞いたの?」



 タイチは言葉に詰まった。



「あなたは魔族を見たことがないのでしょう? なのに、どうして魔族の瞳が赤いと知っているのかしら?」


「……えっと、その……ギルドで、誰かが話しているのを聞いたんだ」



 視線が泳ぐタイチ。

 流石に言葉選びを考えなさすぎだろうと私は呆れ、溜め息を吐き出す。


 どうせそれも異世界での知識なのだろう。

 そう考えた私は、これ以上の追及は無意味だと気にしないことにした。


「たまに勘違いする人がいるけれど、魔族は魔物と関係ないわよ」


「え? そうなの?」


「確かに魔物を従えている魔族はいるわよ。でも、それは魔族も人も同じ。……冒険者の中にも特殊な方法で魔物を使役している人は、極稀にいるわ。世間では『魔物飼い』と呼ばれているわね」



 ──魔族は魔物を従えている。



 そのような認識を最初に持ったのは、転生者だと言われている。


 どこをどうやって勘違いしたのかは知らないけれど、どこかの馬鹿が間違った情報を言いふらしたせいで、魔族は人間から一方的に敵視されるようになった。


 いつの時代からかは流石に把握していないけれど、私が生まれた時はすでに、魔族は人間と敵対していた。


 つまり、古い時代から転生者はこの世界に蔓延っていたということになる。



「確かに魔族も赤目だけど……そうね、私の説明の仕方が悪かったわ。魔物だから赤目になるのではなくて、逆よ。その体内に純度の高い魔力が宿るから瞳は赤くなるの。普通の生物が持つ許容範囲の魔力なら、別に赤くはならない。でも、」


「普通とは異常な魔力を持っていれば、目だけが変化するってこと?」


「ええ、その通り。だから赤目を宿している人は、将来魔法使いとして有望な証なのよ」



 それにも例外はある。



 ──例えば私だ。


 私は元々、母親譲りの青い瞳だった。

 でも今は紅に染まっている。


 義理の母親、エリザベートと契約を交わした影響で変化した。


 魔物や魔族と同じく、体内に大きな魔力を宿したわけではない。

 それを証明するように、私は簡単な魔法しか使えないし、殺傷力のある攻撃魔法は何一つ覚えていない。


 赤目が全員、魔法使いに適しているわけではないのだ。



「魔物と魔族が関係ないってのは理解したよ。魔物を従えられるのは魔族だけじゃないってのも……セーラさんのそのスライムも従えたんだよね?」


「そうよ。そこら辺に転がっていたスライムをとっ捕まえて調教したの」



 本当は適当に言った嘘だけれど、それが真実なのか偽りなのか。相手なんかにわかるわけがない。

 ……そして、私の思惑通り、タイチは素直に信じてくれた。


「…………でも、どうしてスライムなの?」


「スライムは最弱の魔物だから、私が従えているのはおかしいって?」


 頷かれた。

 まぁ、当然の疑問だ。


「私がこの子を使い魔にしたいと思った。それだけよ」


 説明すると長くなるし、面倒だ。

 だから適当な理由を付けて、この話はお終いにする。




「……そろそろ、魔物のことについては理解してもらえたかしら?」


「あ、うん! 赤い目の生き物が魔物……だよね? 実は、この森で迷っていた時、何度か遭遇したことがあるんだ。そいつらが魔物で間違いないなら、多分問題ないよ!」


「へぇ〜、素人の身で森を彷徨くなんて、命知らずなのね」


「……うぐっ、そ、それを言われると反論できないけど、でも俺って意外に強いんだよ!」



「知っているわ」



「え?」


「ああ、いや…………ほら、さっき私を助けてくれたでしょう? その時、片手であの男の拳を止めていたから、それなりに強いんだろうなぁと思っただけよ」


「……凄いね。あれだけで強さとかわかるんだ」


「まぁ、なんとなく、ね……冒険者をやって長いから、人の実力を測るのに慣れているだけよ」


 うっかり失言をしてしまったけれど、どうにか上手く修正できた。



「…………ぴゅい」


 マリンが疑いの目を向けてくる。

 スライムに目は無いけれど、何となくそう思った。


 でも違う。決して『転生者』と話すのが面倒だから判断力が低下しているとか、そういう訳じゃなくて、単に相槌が適当になってしまっただけだ。



 ……一緒か。



「ぴゅい」


 同じことだろうと、マリンにも言われてしまった。

 反論できないのが、なんか無性に悔しい。


「ぴぎゅ……!」


 だからせめてもの仕返しにと、両腕でマリンをキツく絞め上げる。

 乱暴だ、横暴だと抗議する使い魔の訴えは、残念なことに私の耳には届かなかった。




「二人は、仲が良いんだね」


 そう言うのは、私とマリンのやりとりを見ていたタイチだ。


「仲が良い? ──ふんっ」


 腕をブンッと振り、マリンを地面に叩きつけ、地面に跳ね返った生意気な魔物を掴む。

 その際に「ぴゅぐふ」という悲鳴が聞こえたけれど、反応するのも面倒なので、気のせいということにした。


「こんなの、うるさいだけよ」


「ぴゅい!」


「こんな暴力的なご主人は嫌だ? ……使い魔の分際で大層な口叩くじゃない」


「ぴ、ぴゅい……ぴゅい? ぴゅ、ぴゅいっぴ、ぴゅい!」


 やってしまったと後悔するには、遅すぎる。

 慌てて言い訳を始めるマリンに対して、私はすでに投球の構えを取り──



「いっぺん、空を見てきなさい」



「ぴゅいいいい、ぃいい、ぃぃぃ……」


 ビュン! と風を切る音で天高く飛び上がったマリンの悲鳴は、徐々に小さく、霞んで消えていった。


「ふぅ……」


 一仕事終えた私は、ホッと一息。


「さ、行くわよ」


 何事もなかったように、森の中を歩き始めた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ