1. 三日月の嗤う夜
新作です、よろしくお願いします
空には星々が浮かび上がり、歪に笑うかのような三日月が下界を微かに照らす──深い夜。
その街に音は無い。人々は建物に籠り、次の日のため、眠りにつく。
所々には酔い潰れた者や、気晴らしに散歩する者と居たけれど、昼間の喧騒に比べたら、そんなものは音にも成り得ない。
──そのため深夜の街は静寂に包まれていた。
「…………」
それらを一望できる時計塔の天辺に、私は居た。
音を立てることはなく、声を発することもなく、ただ静かに、眼下に広がる深淵に呑み込まれた街並みを見下ろしていた。
「……見つけた」
そしてようやく、私は見つけた。
それは二人組の男性だった。酒を飲んで酔っているのだろう、どちらも足取りは覚束なく、互いが互いを支えるようにして、誰も寄り付かないような路地裏を歩いている。
「見つけた」
私は跳躍し、音も無く二人組の前に降り立った。
二人組は突如として現れた人影に、若干の警戒心を持って立ち止まる。
「なんだ、お前?」
二人組の、図体の大きい方が声を発する。酔っているせいもあるのか、その口調は少し喧嘩っぽい。それが彼の本質なのか、酒癖なのか……そんなことはどうでもいい。
「こんばんは。こんな夜遅くまで飲んでいたのかしら?」
「誰だと、聞いているのが聞こえねぇのか?」
二人組の片割れは、もうすでに剣を抜いて戦闘体制だ。
でも、私はそんなものに興味を示さず、もう片方の男──片割れとは反対に細身な優男の方へと視線を向け、指差す。
「私は貴方に用があって来たの。大人しく付き合ってくれると嬉しいのだけど?」
「君は、誰だい?」
「その質問は飽きたわ。もう少し言葉を選んでくれる? 私、つまらない男は嫌いなの」
「……君は何者だ。僕に何の用だ」
今更警戒したのか、片割れと同じように剣を抜く細身の男。
──遅い。何もかも、遅い。
私は笑う。空に浮かぶ三日月のように、口元を歪に曲げながら、笑った。
「何がおかしい」
私の態度に機嫌を損ねたのか、眉間の皺を寄せる男達。
それでも私は笑い続けた。
──今が楽しくて楽しくて、仕方がない。
──これから起きることを想像すると、笑いが止まらない。
──だって、ようやく見つけられたのだから。
「これから死ぬのだから、名乗る必要が──」
「ウォォォォォ、ラァ!!!」
──あると思って?
次に来る私の言葉は、雄叫びに掻き消された。
先に動き出したのは図体の大きい方だ。猪突猛進なのか、一直線に突っ込んでくる。
でも、その速さは素晴らしいの一言に尽きる。人の身でありながら、よくそこまで己を鍛え上げたものだと拍手を贈りたい。
迷わず斬り込んでくるところも、判断力に長けている証拠だ。
「私、勇ましい男は好きよ?」
私はゆっくりと剣を『出現』させ、構える。
「でもね、」
二人の体は交差する。
「うるさい男は嫌いなの」
剣は根元から断たれ、男は臓物を撒き散らしながら──絶命した。
友人を殺そうとした不審者から、友人を守ろうと即座に行動した男の勇気は、いとも容易く砕かれた。
それは確かに勇気ある行動だったのだろう。
でも、結果を残せないのであれば、それは『無駄な行為』でしかない。
結局、彼の人生は全てが無駄だったのだ。
それは彼の『死』によって証明された。
──馬鹿な人。
私は内心、そう呟いた。
「ああ、ジーク! ……そんな、嘘だ……ジーク!」
一人残された優男は、友人に駆け寄る。その声は酷く狼狽し、震えていた。急に舞い降りた不幸から目を背けたいのだろう。今ここにある現実を受け止めきれないのだろう。
──夢なら覚めてくれ。
そんな思考が男の顔に出ていた。
「すまない。僕のために……すまなか、っ──」
謝罪は、最後まで言葉にされることはなかった。
「男がみっともなく喚かないの。うるさい男は嫌いだと言ったでしょう?」
ゆっくりと、男の胸から剣を引き抜く。
そこから血が吹き出し、男はジークという男だった者の上に倒れこんだ。
「ゲホ、ゴホッ!」
「──あら、心臓を貫かれてもまだ息があるなんて、タフなのね」
流石は神に祝福されただけのことはある。でも、もう時期死ぬだろう。こうして放っておいても、無様に苦しみ、無駄に命を散らすだけ。
もうこの男に興味は無くなった。
私は醜く足掻く命から視線を外し、歩き出す。
「ど、……じで……!」
その背中に投げられた、込み上げる血液と共に吐き出した男の言葉に立ち止まり、振り返る。
「どうして、ですって? ……ああ、どうしてこんな酷いことをするんだと、そう言いたいのね?」
ふふっ、と笑いながら、私は男の前髪を乱暴に掴み、持ち上げ、顔を覗き込む。
「殺したいという感情に、それ以上の理由は必要かしら?」
「ぁ、がっ……!」
「わかっているわよ、そんなことでは納得しないわよね。……貴方『ニホン』という言葉に覚えはあって?」
男の目が見開かれる。
その反応を待っていたと、私は微笑んだ。
「それが理由よ。貴方が『転生者』だから、殺すの。私はお前達の存在が許せないから、殺すのよ」
男の瞳が絶望に染まるのを、私は見逃さなかった。
「この世界を我が物顔で歩くことが嫌で、いやで、イヤで堪らない。──だから、その足を切り取るの」
「ぐ、ぁあああああああ!!!!!」
「この世界でお前達が幸せを掴むことが許せない。──だから、その手を切り取るの」
「っ、アアアアアアアッ!!!」
──良い悲鳴だ。
──心地良い絶叫だ
もっと苦しめ。もっと絶望しろ。
それが私の望みなのだから。
「ああ。そういえば、私は何者か、だったわね?」
──特別に教えてあげる。
男の首に剣を添えて、私はニッコリと微笑んだ。
「私はセリカ。遠い昔、転生者に全てを奪われた──魔王よ」
私の名前は覚えた?
それじゃあ、そのまま地獄に落ちなさい。
大丈夫。お前達を滅ぼしたら私もそっちに行くわ。
だからそれまで──私の名前を忘れないでね?