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06:令嬢力を得る方法

 

 気合を新たに部屋を出ていくシルフィアを見送り、一人部屋に残されたクレアは座り直して冷めた紅茶に口をつけた。

 それとほぼ同時にノックの音が室内に響き、顔を覗かせたのはエリオットだ。相変わらず顔が良い。


「クレアさん、なにかあったの? さっきシルフィアが険しい顔で通路を歩いていったけど」

「ドム様から返事がきたから、あの計画を始動させたのよ」

「あ、あの計画を……!」


 エリオットがクレアの話に戦く。

 次いでシルフィアの怒りはそのせいかと頷いた。誰だって親より年上の男と婚約させられかければ怒るというもの。

 だがこれもシルフィアの将来のためだ。非道と言うなかれ。……そもそも。


「ドム様はよくこんな話にのってくれたね」

「婚約を迫るそれらしい手紙と、それとは別に大いに楽しんでいる手紙が届いたわ」


 肩を竦めつつクレアが一通の手紙を差し出す。

 バトソン家からのものだ。一見するとシルフィアが持っていったものと同じに見えるだろう。

 だが書かれれている内容はまったく別物。あちらには結婚の申し出が書かれており、そして今クレアが手にしている一通には……、


 この『計画』に喜んで一役買うという、なんとも楽しげな文章が綴られている。


 ……そう、すべてはクレアが計画したことである。茶番とも言えるだろう。


「シルフィアってば、私が本当にドム様と婚約させると思っているのかしら」

「普通に考えれば有り得ないけど、あの子は少し思い込みが激しいところがあるからね」

「娘にとっては、私は非道な母なのね……」


 悲しい、とクレアがハンカチで目元をぬぐう。相変わらず乾いたハンカチだ。

 本人は『娘に勘違いされる憐れな母』のつもりなのだろう。もちろんこんな白々しい演技に騙される者はいない。


「クレアさん、泣かないで! シルフィアも全てを知ったらクレアさんの優しさに気付いてくれるはずだから!」


 と、妻を慰めるエリオット以外は。


「ありがとうエリオット、優しいのね」

「もちろんだよ。クレアさん、明日も早いしもう休んだ方がいい」

「えぇ、そうね。寝る前のホットミルクを用意させなくちゃ」


 夫に慰められ傷心の妻も癒される……という体でクレアが立ち上がる。

 そうして厨房に行こうと部屋を出れば、隣に並ぶエリオットが、


「そういえば、社交界には夜毎女性の生き血を飲む化け物がいるらしいよ」


 と、まるで噂話のように話してきた。おまけに「こわいねぇ」とまったくの他人事である。

 それに対し、クレアは穏やかに微笑んで「そうね」と返した。


 エリオット・マードレイはとにかく顔が良いが鈍感すぎる。

 そしてそれは、娘のシルフィアにしっかりと受け継がれているのだ。


「あの子もちょっと周囲をみれば自分がモテていることに気づくのに。……それとも、気づかせないようにしてる人がいるのかしら」


 私みたいに、と小さく呟きつつ、クレアはパタンと扉を閉めた。




 母の部屋を飛び出し自室に戻ったシルフィアは、令嬢力を高めるために闘志を燃やしていた。

 ……ダンベルを両手に持ちながら。


「いやっ、やめてっ!!」


 思わず悲鳴をあげ、ダンベルをベッドに放り投げる。ボスンボスンと音がして、柔らかなベッドにダンベルが重々しく沈む。

 その音に、そしてまたも無意識に鍛えていたという事実に、シルフィアが震えながら己の体を自ら抱きしめた。自分で自分が恐ろしくなってくる。

 だが震えていて問題が解決するわけではない。

 そう己に言い聞かせ、布団に埋まるダンベルへと恐る恐る近付いた。持たないように、鍛えないように……とそっと手を伸ばし、指先でツンと突っつく。


「令嬢力を使うのに、あなたは必要ないのよ。今までありがとう、私の素敵なパートナー……」


 惜しむようにダンベルを撫でる。

 そうして盛大に溜息を吐くのは、自分の置かれている状況を改めて考えたからだ。


 日々己を鍛えることに費やしていたため、令嬢らしさは欠片もない。それどころか気を抜くとついトレーニングをしてしまう。

 だというのに、この世界は恋と友情の乙女ゲームで、さらには令嬢力を鍛えないとドム・バトソンと婚約……。


 前途多難どころではない。一寸先は闇。

 しかもその闇には実の母が加担しているというのだから泣けてくる。


「なんとかしなくちゃ……。それにミリー様のダイエットの件もある。……そうだわ!」


 名案が浮かび、シルフィアが拳を握った。

 ……次いで己の拳を「そういうところ!」と叱咤しながら叩く。何かあったら咄嗟に拳を握ってしまう、そういうところが令嬢力から懸け離れた要因なのだ。

 だが次の瞬間にはシルフィアは不敵な笑みを浮かべていた。拳を握りそうになるのを押さえつつ、鏡に映った自分を見つめる。

 細くしなやかな体つき。日中に会ったミリー・アドセンとは真逆といえるだろう。

 だが真逆なのは体形だけではない。


 ミリーは確かに横幅があった。太ましく、ふっくらもっちりとしている。

 だが彼女の所作は一つ一つが慎ましさを感じさせ、微笑めば見た目の柔らかさと合わさって愛嬌がある。纏うものも令嬢らしく、可愛らしい花柄のワンピースに、髪は洒落た編み込み。

 マフィンを食べる際に手を拭いていたハンカチには手縫いらしい刺繍もあった。

 ミリー・アドセンは体形こそゲームのヒロインから懸け離れてしまったが、中身は変わらない。


 小動物のような可愛さをもつ、誰からも愛されるミリー・アドセンなのだ。

 それこそまさにシルフィアが求めている令嬢力ではないか。


「ミリー様のダイエットに協力して、同時に令嬢力を鍛えていただけばいいのよ」


 名案だとシルフィアの声が弾む。

 そうして高ぶるあまりに強く拳を掲げ、


「これぞ一石二鳥。いえ、石なんか投じないわ、一撃二鳥よ!」


 と声高に宣言した。






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― 新着の感想 ―
[一言] いや、シルフィアさん、だからそういうところですって、、、
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