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04:もちもちの食欲

 

 シルフィアがミリーの問いかけに頷いて返したのをきっかけに、室内にシンと妙な静けさが広がった。見ればミリーは信じられないと言いたげな表情を浮かべている。

 だがしばらくすると事態を理解したのか、次第に表情を柔らかなものに変えていった。

 ふっくらとした頬がほんのりと色付いている。


「そうなのね……。シルフィア、貴女が一緒でよかった」

「えぇ、私もです。ミリー様のお力になれるよう、頑張ります」


 シルフィアがミリーの目を見つめて告げれば、彼女がほっと安堵の息をついた。

 そんな中、「……ちょっといいかな」と控えめな声が割って入ってくる。

 ライオネルだ。彼はなんとも言い難そうな表情をし、シルフィアとミリーに交互に視線を向けてくる。眉間には皺が寄っているが、それも含めて様になっているのはさすがである。


「相変わらず俺は何一つ分からないんだが、シルフィア、君もミリーとおなじなのか? その……前世のゲームとか記憶がどうのってやつだ」


 分からないながらに理解しようとはしているのか、ライオネルが歯切れの悪い口調で尋ねてくる。

 僅かに首を傾げているのは、自分で口にしておきながらも今一つピンとこないと言いたいのだろう。

 無理もない。むしろばかげた戯言だと切り捨てず理解しようとしているあたり、彼の誠実さがうかがえる。

 だが理解しきれていないライオネルに前世の記憶だの乙女ゲームだのと説明するのは難しい話だ。そもそもこの世界には乙女ゲームそのものが存在せず、ゲームといえばカードゲームやボードゲーム程度である。

 これを一から説明するのは……とシルフィアが眉間に皺を寄せた。


「なんと説明すれば良いのか……。ライオネル様を困らせるわけにはいきません。いっそこの件は忘れていただいて、私とミリー様だけで」

「理解した! とにかく前世のゲームとかいうものがあって、それの通りにミリーを痩せさせないといけないんだよな! 俺は理解してるから大丈夫だ!」


 先程まで難しい表情をしていたというのに、突然ライオネルが立ち上がり力強く答える。

 これにはシルフィアもきょとんと眼を丸くさせた。そのうえライオネルがずいと詰め寄ってくるものだから、気圧されて思わず「ご理解いただけたようでなにより」と返してしまう。

 ちなみに詰め寄られたことで咄嗟に拳を握ってしまったが、それはいつもの事である。さっと己の背中に拳を隠しておく。


「理解しているから大丈夫だ。だから俺も協力する」


 詰め寄ってくるライオネルの気迫といったらない。

 爽やかな好青年で通っているはずが、今の彼の瞳には必死な色合いさえ見える。


「そ、そうですか……。でしたら、ぜひライオネル様にもご協力をお願いいたします」

「あぁ、もちろんだ。一緒に頑張ろう。一緒に!」


 妙に『一緒に』の部分を強調しつつ話すライオネルに、シルフィアの胸に疑問がわく。

 いったいどうしてそこまで必死なのか……。

 だがそれを問うより先に、ミリーが「よかったぁ」と声をあげた。安堵を前面に押し出した、なんとも気の抜けた声だ。

 シルフィアも同じ境遇と知って緊張が解けたのか、くてんと力を抜いて椅子に座っている。もとより柔らかな彼女が今は溶けてしまいそうなほどで、このまま蕩けてスイーツになりかねない。


「シルフィアが協力してくれなかったどうしようと不安だったのよ。食事も喉を通らなかったわ」

「まぁ、そうだったんですか」

「もしかしたら、あのままでも気苦労で痩せてたかもしれないわ。お兄様なんか心配しすぎて、私の部屋をお菓子で埋めようとしていたのよ」


 不安が解消された反動なのか、ミリーが大変だったと楽しそうに話す。

 そうしておもむろに鞄からラッピングされた小袋を取り出し、包まれていたマフィンを食べ始めた。

 一口また一口と進め、食べ終えるや二つ目のマフィンを鞄から取り出す。


「不安でマフィンも一日三個しか食べられなくて、それにチョコチップクッキーも一日二箱しか開けなかったの。あとケーキも三切れしか食べれなかったし、夕飯だっておかわりしなかったわ」


 不安ゆえに小食になっていた、とミリーが訴える。


 あくまで小食の訴えだ。

 彼女の基準では、と注釈が入りそうなところではあるが。


 シルフィアからしてみれば想像しただけで胃もたれしそうだ。

 その間もミリーは一つまた一つとマフィンを平らげていくのだ。もはや彼女の豪快な食べっぷりは吸収といっても過言ではない。吸い込まれていく。


「ラ、ライオネル様……ミリー様のこの食べっぷりは……」


 シルフィアがひきつった表情でライオネルに問えば、彼はチラと隣の幼馴染に視線を向けたのち、盛大に溜息を吐いた。


「シルフィア、驚かないでくれ。ミリーはちょっと人より食べるというか、喉を通らないといいつつしっかり食べていたというか、おかわりしなかったと言ってもそもそも彼女の食事は二人前が基本というか……。だが痩せたいという気持ちは本当なんだ、どうか協力してやってくれ」


 頭を下げかねない勢いでライオネルが頼み込んでくる。

 彼の話に、シルフィアは唖然としながらミリーを見つめた。彼女は美味しそうに三つ目のマフィンを食べている。

 流れるような動き、止まることのない咀嚼。もはやマフィンは流動体のように彼女の中に消えていく。

 その光景を眺め、シルフィアは穏やかに微笑んだ。


「ダイエットがんばりましょうね、ピギー(子豚)様」

「シルフィア、ミリーだ。ミリー・アドセン」


 ピギーはやめてやってくれ、とライオネルが切なげに訴えてくる。

 そんな彼の訴えとほぼ同じタイミングで、ミリーが三つ目のマフィンを吸引……もとい、食べ終えた。



 ライオネルとミリーを見送り、夕食もすませた夜。

 シルフィアは母クレアに呼ばれ、彼女の部屋を訪れていた。

 落ち着きがありシンプルながらに気品を感じさせる部屋だ。誇れるほど裕福というわけではないが、それでもセンスの良さと行き届いた手入れが部屋の格調高さに拍車をかける。


「シルフィア、今日は公爵家のライオネル様がお友達を連れていらっしゃったわね」

「えぇ、いらしたわ」

「それで、どこまで進めたのかしら? 首尾はどれほど?」

「……何の話?」


 クレアの言っている言葉の意味が分からず、思わずシルフィアが眉間に皺を寄せて尋ねて返した。

 進めるとは何の話か、いったい何の首尾の報告を求められているのか。

 わけが分からないと説明を求めれば、今度はクレアの眉間にも皺が寄る。麗しく涼やかな印象の母が険しい顔をするとなかなかに迫力があるが、娘のシルフィアが今更それに臆するわけがない。

 それどころかなぜ実の母にこんな顔をされなければならないのかと疑問が募るだけだ。それもまたシルフィアを怪訝な表情にさせ、見目美しい母娘がなんとも言い難い表情でしばらく向かい合う。

 だがそんな沈黙を破ったのは、クレアの「まさかあなた……」という声だった。


「まさかとは思うけれど、ライオネル様に何もしていないの?」

「何も? えぇ、だってライオネル様を打ち倒すには……なんでもないわ」


 言い掛け、シルフィアがおっとと口元を押さえた。

 うっかり物騒なことを言い掛けてしまった。危なかったと自分で自分を律する。

 だがどういうわけか、クレアはシルフィアの言葉に「倒すべきよ!」と賛同してくるではないか。ぎょっとして彼女を見れば、やたらと輝かしい瞳でこちらを見つめてくる。


「お母様、物騒なことを言わないで」

「私の娘ならそれぐらいして当然よ!」

「当然だなんて、相手は公爵家のライオネル様よ!」

「えぇ、だからそれぐらいしないといけないのよ」


 シルフィアとクレアが言い合う。

 次第に熱を持ち、そうして二人揃えて声を荒らげた。


「ライオネル様を打ち倒すには、まだ必殺技を会得してないわ!」

「ライオネル様を押し倒すぐらいしてこそ私の娘よ!」



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