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24:勘違い(していた)令嬢のようやく芽生えた令嬢力


 騒動から数日後。

 ……といっても、騒動の詳細を知っているのはシルフィア達とアドセン家夫妻のみである。屋敷内の者達には詳細は話さず、「ヘンリーがミリーと離れるのが嫌で暴走した」というライオネルの機転で通しておいた。――この無理やりな嘘を機転と言って良いものか定かではないが、現にこの話を聞いたアドセン家の使い達が皆口々に「そういうことですか」だの「よかった、いつもの事ですね」だのと納得してしまったのだ――


 結果、事実を知るのは極少数。

 それも誰もがすべて終わったことと考えていた。

 ヘンリーは自身の行動を反省し皆に謝罪し、ミリーもまた学園に戻り今日から以前通りの生活を送っている。夫妻は息子に対してしばらくのあいだ謹慎を言い渡したが、そもそも療養している彼にとって謹慎は平時と変わらない。

 つまり、誰もヘンリーを罰することなく終わった……ということだ。



「ミリー様がそれで良いと仰るのなら、私達も何も言いません」


 温かな紅茶に口をつけ、深く息を吐きながらシルフィアが告げる。

 それを聞き、向かいに座るミリーが穏やかに微笑んで感謝を告げてきた。


 場所はマードレイ家の庭園……に、勝手に建てられた小屋の中。

 ライオネルを交えて三人でお茶をしている最中である。

 以前と同じ穏やかな時間。再びこの時間を過ごせることが嬉しく、口調こそ普段通りのものだがシルフィアの胸は喜びで温まっていた。

 なんて楽しく幸せなのか。胸が温まるあまり、ミリーのこの寛大すぎる決断にも同意を示してしまう。この寛大さも含めてミリーなのだ。

 彼女は体ももっちりと柔らかく大きいが、性格も柔らかく器も大きい。


「お兄様の計画があったとはいえ、与えられるままに食べて太ったのは私だもの。お兄様だけが悪いとは言えないわ。それに、お兄様は私の健康の事も考えてくれていたから」


 ヘンリーはゲームに沿った【勘当エンド】を狙い、そのためにミリーに食べ物を与えて彼女を太らせていた。

 だがその反面、ミリーの健康には害が無いようにと配慮していたのだ。自分に付き合ってもらうという名目で散歩を習慣付け、お菓子や食べ物も体に良いものを選んでいた。

 ヘンリーはミリーを太らせたが、健康に太らせたのだ。


「でも、もちろん学園に退学届を出そうとしたり、私を勘当させようとしたことは許せないわ。だからお兄様には罰を言い渡したの」

「あら、すべてを無条件に許したわけじゃないんですね。それでどこを殴ったんですか?」

「殴打はしていないわ。でもお兄様にとっては、それよりも辛い罰よ……」


 ふふ……とミリーが笑う。

 本人はあくどく笑っているつもりだろうが、頬肉が寄せられむっちりとした山を作り、あくどさも迫力も皆無である。それでも一応礼儀としてシルフィアは「まぁ怖い」と慄くふりをしておいた。

 本音を言えばまったく恐ろしくなどなく、むしろミリーが得意げに笑えば笑うほど、その頬をむにりと突っついてやりたくなるのだが。


「それで、ヘンリー様にはどんな処罰をしたのですか?」

「当分は手紙を送るのを禁止したの。もちろん私からも出さないわ。次の休みだって帰らないことにしたの。お兄様には辛い『ミリー断ち』よ!」


 胸を張ってミリーが告げる。

 それに対して、シルフィアは首を傾げ「それが罰ですか?」と尋ねて返した。

 手紙の禁止と、休みに帰らない。はたしてこれのどこが罰だというのか。ヘンリーは療養の地で生活し、ミリーは学園生活を送る、ただそれだけではないか。

 疑問を抱いて首を傾げれば、紅茶を飲みつつ話を聞いていたライオネルが「シルフィアの場合……」と割って入ってきた。


「たとえばルーファスが留学するとして、手紙も送ってこないし、シルフィアからも送れない。そのうえ休み期間も帰ってこないとなったらどうする?」


 ライオネルに尋ねられ、シルフィアが窓の外を見た。

 そこには可愛い弟ルーファスの姿。丸太を担ぎ、ブランコの設置に勤しんでいる。こちらに気付くと眩い笑顔で手を振ってきたので、シルフィアも微笑んで手を振って返した。

 相変わらず天使のような弟だ。丸太を担ぐ姿、遠目でも分かる立派な体躯。それでいて小屋の完成時には一番に招待をしてくれたやさしさ。

 今もルーファスが建てた小屋で過ごしているが、まるで小屋中が彼の優しさで満ち溢れているようではないか。国内どころか世界中を探したってこの小屋にかなう建物はないだろう。

 そんな愛しい弟が留学。それも手紙のやりとりは叶わず、さらには休みに帰っても来ない……。


「下手すると死ぬかもしれませんね……」

「つまりそういうことだ」

「なるほど理解しました。これはヘンリー様にとっては何より辛い……。ミリー様は恐ろしい罰を考えましたね」


 自分に置き換えると罰の壮絶さが分かり、シルフィアがゴクリと生唾を呑む。

 仮に自分がルーファス断ちを強いられたら……考えるだけで恐ろしい。ーーもっとも、相変わらず弟を溺愛しているがシルフィアにはヘンリーがミリーに対して抱いたような恋愛感情はない。それどころか、ルーファスが令嬢のエスコートに成功したと聞いた時は心から喜び、いつ紹介してくれるのかと日々そわそわと待っているぐらいだ--

 だが確かに、これ以上ヘンリーにとって辛い罰はないだろう。

 そうシルフィアが話せばミリーが苦笑と共に頷き……そして、ライオネルが盛大な溜息を吐いた。ガクリと肩を落とし、まるで嫌なことを思い出したと言いたげに眉間に皺を寄せている。


「ライオネル様、どうなさいました?」

「ヘンリーが言い渡されたのは『ミリー断ち』だ。ミリーとの手紙のやりとりは禁止されている。……ミリーとの、だがな」

「なるほど、ライオネル様に矛先が向かったのですね」

「あぁ、俺の家に毎日手紙が届いている。手紙の最後には必ず次の休みには遊びに来いと誘ってくるし、朝一に馬車をよこすとまで言ってくるんだ」


 まいった、とライオネルが溜息を吐いた。

 もとより彼はヘンリーの妹溺愛に振り回され、そして今回の件を経て今度はヘンリーの妹断ちに振り回されているようだ。

 思わずシルフィアが彼を労われば、ミリーが「お兄様ってば」と肩を落とした。

 だが次の瞬間ぱっと顔を上げた。彼女の瞳はキラキラと輝いている。


「実をいうとね、お兄様としばらく連絡を絶って、その間に痩せようと思っているの!」

「痩せるんですか?」

「えぇ、今度はゲームも関係なく私のために。そうしたら、ちゃんと今の私として、お兄様の気持ちに答えられると思うから」


 穏やかに微笑み、ミリーが告げる。

 ヘンリーはミリーに恋愛としての感情を抱いていた。だがミリーは、今まで、それこそ部屋に閉じ込められシルフィアの話を聞くまで、ヘンリーとの関係は兄妹でしかないと考えていたのだ。

 それを覆されれば混乱して当然だ。だがミリーはヘンリーの強引な行動に罰こそ下したが――結果的にライオネルに皺寄せが言っているのはさておき――ヘンリーの気持ちまでは否定はしなかった。

 それどころか真摯に受け止め、そして『ミリー断ち』として向き合う時間を作ったのだ。


「お兄様の強引な考えも行動も許されるものじゃないわ。だけどお兄様の気持ちは否定したくない。……それに、両親を亡くして塞ぎこんだ私を救ってくれたのは、ほかの誰でもない彼だもの」


 ヘンリーに救われた幼い頃のことを思い出しているのか、ミリーの言葉はシルフィア達に向けられているというより、自身に落とし込んでいるに近い。

 そんなミリーを見て、ライオネルが「仕方ないな」と息を吐いた。ゆっくりと紅茶を飲み、まったくと言いたげに苦笑を浮かべる。


「そういう事なら、しばらくは間に挟まれてやるさ」

「ごめんなさいね、ライオネル」

「君達兄弟に振り回されるのは今に始まったことじゃない。それに、今は協力者がいるからな」


 ライオネルの視線がシルフィアへと向けられる。

 それを受け、シルフィアが肩を竦めた。彼の言わんとしていることは分かる。それに、ミリーが上目遣いで様子を窺っていることも。

 ミリーの瞳は、言葉にせずとも「痩せるのに協力してくれる?」と尋ねている。まるで小動物のような瞳に、いったいどうして抗えるというのか。


 乙女ゲーム『トキメキ恋学園』のシルフィアは主人公ミリーのサポート役だった。

 だが今のシルフィアはもうゲームには振り回されないと決めた。今ここに居るシルフィア・マードレイとして生きると決めたのだ。

 だからこそ……。


「親友の頼みなら当然です」


 深く頷いて返せば、ミリーが表情を明るくさせた。

 朗らかで愛らしく太陽のような笑顔だ。もっちりとした頬も含めて、なんて彼女らしく愛らしい笑顔だろうか。

 ……そして、「私、頑張るわ!」という決意と共にサクリとクッキーを食べるのも彼女らしい。相変わらず流れるような仕草で一枚食べきり、白くもちもちとした手が当然のように二枚目へと伸びる。


「これは長期戦になりそうだな。お互い頑張ろう」


 ライオネルが苦笑しつつ片手を差し出してくる。パーティーの時に手を取るのとは違う、これは握手を求めているのだ。

 きっと『共に頑張ろう』という意味なのだろう。察してシルフィアも彼の手を取った。

 男らしく、しなやかでありつつも節の太い手。シルフィアの手は簡単に覆われてしまう。


 この世界が『社交界ロワイヤル』だと勘違いしていた時は、ライオネルはいずれ倒すべき存在だと考えていた。自分は彼と爵位を賭けて戦う男爵令嬢。

 それが間違いだと気づき、この世界は本当は『トキメキ恋学園』だと分かってからは、彼はミリーとの恋のイベントを起こす攻略対象だった。自分はミリーと異性との恋愛を支えるサポート役。


 だがそれはもう関係ない。

 今いるのは公爵家子息ライオネルと、男爵家令嬢シルフィアだ。

 爵位の違いこそあるが、同じ学園に通う友人で……。


 そう考えた瞬間、シルフィアの脳裏に以前に聞いた彼の言葉がよみがえった。

 あれはアドセン家での騒動の時だ。固く閉ざされた扉を前に、ライオネルは自分の胸の内を吐露してシルフィア達の目を覚まさせてくれた。

 あの時に……。


『俺は今目の前にいるシルフィア・マードレイが誰より素敵だと思う。ゲームの記憶がなくたって、ゲームのシルフィアを知らなくたって、君が世界で一番素敵な女性だと断言できる』


 彼はまっすぐに瞳を見つめて告げてくれた。

 あの時の言葉は、『世界で一番素敵な女性』の意味とは……。

 握られた手を見つめて呆然としていると、ライオネルが「どうした?」と声を掛けてきた。顔を上げれば、銀糸の髪を揺らして穏やかに微笑む彼の顔がある。


 彼は自分を世界で一番素敵だと言ってくれた。

 どのゲームのシルフィアでもない、正真正銘、今ここにいるシルフィア(自分)を見つめて……。


 次第にシルフィアの頬が熱くなっていく。鼓動が速まり、心音が体の中で木霊する。

 ライオネルに握られた手が熱くなる。彼に触れているのだと考えればより頬が熱を持ち、自然と力が入り……。


「胸の高鳴り、恥じらい……。もしかしてこれが令嬢力……!」

「いたっ……シルフィア、痛い! 頼む手を放してくれ! やっぱり俺を倒すつもりなのか!?」


 シルフィアが頬を染めて恥じらえば、それに比例するようにライオネルが悲鳴をあげる。

 ただ一人ミリーだけはそれを長閑に聞きつつ、


「長期戦はお互い様ね」


 と肩を竦めてサクリとクッキーを食べた。




『勘違い令嬢ともちもちのヒロイン様』

本編はこれにて完結となります!

ブクマ、コメント、誤字脱字指摘、ありがとうございました!


また短編などちょこちょこあげていきたいと思いますので、その際はお付き合い頂けたら幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ありがとうございました。 みんなの楽しい毎日が、これからも続きそうで、良かったです:-)
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