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21:公爵子息の隠された実力

 

 アドセン家の別邸を訪問しても、険しい顔の警備が出てきて帰宅を言い渡されるだけだった。

 昨日と同じ。それどころか昨日対応したメイドのような申し訳なさはなく、ライオネル相手だというのに「お通しできません」と冷たく言い捨てるだけだ。


「ヘンリー様にお伝えしておきますので、明日またお越しください」

「いや、今日会いたいんだ」

「このようなお時間です。お通し出来ません」

「時間なんて気にするような仲じゃない。とにかくヘンリーに話がある。ミリーも彼と一緒にいるんだろう。案内はいらないからそこを通してくれ」


 扉の前で立ちふさがる男に告げ、ライオネルが横を通ろうとする。

 だが体躯の良い男はそれを良しとせず、彼の肩を掴んでまで止めてきた。随分と、どころか無礼とさえ言える対応ではないか。

 だがこの対応こそ何か隠しているということだ。

 そしてその何かとは……。


(きっとミリー様もこの屋敷にいらっしゃるんだわ。だけどどうして、会わせてもくれないのかしら……)


 自然の中に立つ厳かな屋敷が、今はただ薄暗く強固な要塞にさえ見える。

 そんな屋敷を見上げ……、シルフィアが息をのんだ。慌ててライオネルを呼び、屋敷の一角を見上げるように指をさして示す。


 屋敷の壁面に並ぶ窓。

 その中の一つ、明かりを漏らす窓からこちらを見ているのは……。


「ミリー!」


 ライオネルが窓辺に立つ人物の名前を呼ぶ。

 窓辺に張り付き、こちらを見下ろしているのは他でもないミリーだ。窓を叩き、声こそ届かないが何かを必死に訴えている。

 久方ぶりに見たミリーの姿。だが安堵など出来るわけがない。彼女は悲痛そうな表情で不安げにこちらを見ている。胸元で手を組んでいるのは不安からか。

 その様子から部屋に閉じ込められていることは容易にわかる。それと同時にシルフィアの胸に焦りが湧く。早くミリーを助けに行かなければ……。

 だが次の瞬間、真っ赤なカーテンが窓を覆いミリーの姿を隠してしまった。

 彼女は両手を胸元でくんでいた。カーテンをひくのは不可能だ。

 つまりミリーが捕らわれている部屋には、彼女の他にも誰かいるということ。


 ならば誰が……。


「もしかしてヘンリー様が……? ここを通してください、ミリー様に会わなくては!」


 シルフィアが懇願するように警備に頼み込む。

 だが男の態度は変わらず、それどころかミリーが屋敷に捕らわれている事を知られたからか険しい顔をよりきつくさせ、敵意さえ感じさせる低い声で「お帰りください」と言い捨ててきた。

 敬語を保ってはいるものの、これでは「早く帰れ」と言っているようなものだ。


「ミリー様の様子は尋常ではありません。今すぐに会いに行かなければ……。ここを通してください!」

「誰もお通しするなと命じられています。お引き取りください。……これ以上食い下がるようでしたら、こちらにも考えがあります」


 もとより鋭いまなざしをよりきつくさせ、警備の男が睨みつけてくる。

 それはつまり無理矢理にでも追い払うと言いたいのだろう。見せつけるように一歩前に踏み出てきたかと思えば、強引にシルフィアの腕をとってきた。

 大きな男の手に、シルフィアの腕はあまりに細すぎる。引き抜こうとしてもビクともしない。


「放してください!」


 シルフィアが声を荒らげて訴える。

 だが警備の男は険しい顔つきで睨みつけてくるだけだ。その態度が、びくともしない腕が、まるで両者の力の差を見せつけてくるようにしか思えない。

 男の大きな手に捕まれる己の腕はまるで細枝のようで、その光景に骨を折られかねないと恐怖さえ湧き、シルフィアが咄嗟に小さな悲鳴をあげた。

 だが次の瞬間、シルフィアの肩に背後からポンと手が置かれた。次いで聞こえてくるのは、


「いくらアドセン家の命令とはいえ、乱暴な真似はやめてもらおう」


 という、淡々としたライオネルの声。

 動転するシルフィアとは対照的に彼の声は落ち着き払っており、そしてどことなく冷ややかにも聞こえる。普段の彼らしい声でいて、その反面、普段にはない厳しさと言い得ぬ棘を纏っている。

 それは警備の男も感じ取ったのか、鋭かった瞳は躊躇いの色を濃くし、シルフィアを……否、シルフィアの背後に立つライオネルに向けられる。はてには、あれほどビクともしなかった男の手がいとも簡単に放された。「これは……」という男の声は弱々しく、先程の威圧的な態度が嘘のようだ。

 シルフィアがほっと安堵の息を吐き、放された自分の腕をさする。

 次いで背後に立つライオネルに感謝をしようとするも、肩に置かれた彼の手が、ついとシルフィアの頬を押さえた。まるでこちらを向くなと言いたげに頬を押してくる。


「……ライオネル様?」

「シルフィア、すまない。少しこちらを向かないでくれないかな」

「かしこまりました。ですが、どうなさいました?」

「さすがに今は取り繕えなくてね。それより、腕は大丈夫か?」

「え、えぇ……。驚いて声をあげてしまいましたが、痛みはありません」


 捕まれた腕をさすりつつシルフィアが答える。

 ……背後に立つライオネルへと。

 振り返って話したいところだが、どうにも彼がそれを拒否するのだ。試しにとそっと振り返ろうとするも、彼の手がポンと肩を叩き、「もう少し待ってくれ」と告げてくる。

 となればシルフィアもそれに従うしかなく、気まずそうに視線を泳がせ「傷つける気は……」だの「命じられているもので……」だのと言い訳をする警備を見るだけだ。

 あげく、警備は的を射ぬ言い訳のすえに「この件はどうかご内密に」と懇願の色さえみせ、そそくさと場を離れてしまった。

 あまりの怯えようではないか。彼の態度が一転した理由も分からない。


 だが今はその疑問を暴いている場合ではない。まずはミリーを助け出すことが先決だ。

 そう考えてシルフィアが告げれば、ライオネルが「もう大丈夫だ」と肩においていた手をさっと引いた。

 振り返れば、普段通りの爽やかな公爵子息。銀の髪をふわりと揺らし、翡翠色の瞳を細めて「待たせてすまなかった」と笑っている。

 怯えとすら言える態度を見せ去っていった警備と、対して爽やかに微笑むライオネル。二人の間に挟まれ、シルフィアの頭上に疑問符が浮かぶ。


「何かなさったんですか?」

「いや、なにも」

「ですが警備が……。なるほど、ライオネル様は”気”を使うのですね」

「気?」

「異国には、手を触れずとも己の気で敵を倒す武術があると聞きました。ライオネル様はそれを習得されていて、気で私を助けてくださったのですね」


 なるほど、とシルフィアが頷く。

 勘違いのすえとはいえ十年間鍛え続けた身だが、異国の武術を、それも触れずに相手を倒す術を得ようとは考えもしなかった。

 それもほんの一瞬で警備を臆させるのだから、相当の気の使い手なのだろう。

 さすが公爵家子息、一筋縄ではいかない。


「ライオネル様に比べて、私としたことが……。あれだけ鍛えていたのに、咄嗟に動けなくなるなんて情けないわ」


 気で警備を退かせたライオネルに比べ、己のなんと不甲斐ないことか。

 十年間鍛え上げていたが、思い返せば鍛えるだけで、誰かと本気で拳を交えるようなことはしなかった。戦いに関してはシミュレーションか、せいぜいルーファスと手合わせだ。

 その手合わせとて、シルフィアは「可愛いルーを傷つけられない」とこれでもかと手加減し、ルーファスも「姉さんが傷ついたら大変だ」と本来の力量の十分の一も出していなかった。

 さながら子どものごっこ遊び。傍目にはじゃれ合っているようにしか映らなかっただろう。


「自身を強いと驕っていました……」

「シルフィア、あまり気にしない方がいい。自分より体躯の良い男に凄まれれば怖がって当然だろ」

「自分の未熟さを痛感しました。これではライオネル様を倒せない……! いえ、違いました。これではミリー様をお助けできない!」

「だから俺を倒す必要はないんだって。それに俺は君を守れて嬉しかった。これで敵じゃなくて味方と考えてもらえたかな?」


 ライオネルに尋ねられ、シルフィアが小さく笑みを零して頷いた。

 確かに、彼は社交界ロワイヤルの公爵ではない。それどころか共にミリーを助けるシルフィアにとっての味方だ。

 彼を強靭な敵だと思っていたが、味方と分かればなんて頼りがいがあるのだろうか。


 シルフィアが屋敷の窓を見上げた。ミリーがいた部屋だ。

 だがその窓は赤いカーテンで覆われ、そこには優しい公爵令嬢の姿は無い。まだ部屋にいるのか、もしくはこの騒動を聞きつけた誰かに別室に移動させられたか……。


「ミリー様、待っていてください。すぐに私達が助けにまいります」


 声が届くわけがないと分かっていても、どこかにいるミリーに告げる。

 そうしてシルフィアはライオネルと共に、アドセン家の屋敷へと入っていった。








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