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18:今までがあるからこそ



 今までを受け入れて、この先を考える。

 先日パーティーで告げられたライオネルの言葉は、今までの誰の言葉よりシルフィアの胸に響いた。いや、響くどころか、ストンと落ち、一瞬にして滲み、凝り固まった考えを払拭してくれた。

 大袈裟な表現ではない、それほどまでなのだ。

 シャコロワを思い出してから今日までの十年間は、確かに勘違いではあったが無駄ではなかった。そう考えると晴れやかになる。

 視界が開けた気分だ。


 それと同時に抱くのが、ミリーはなぜこれほど太ってしまったのかという疑問。

 今までを受け入れるために、今までを振り返って考える必要がある。




「なぜと言われても……。とにかく、食べ過ぎてしまったのよね」


 今までの自分を振り返り、ミリーが話す。……クッキーを片手に。

 シルフィアがすかさず彼女の手から抜き取り、「ですが」と話を続けた。

 その動きのしなやかで華麗な事といったらなく、最近では会話を止めることなく攻防をするまでに成長している。お互い微笑み雑談を交わし、手元ではクッキーやマフィンを取り出しては奪ってを繰り広げる……。

 まったく嬉しくない慣れだ。

 ライオネルが「シルフィアが一勝」と呟きつつ手帳になにやら書き込んでいるが、勝敗の結果を書き留めているのだろうか。


「ですが、アドセン家の方々はなにも仰らなかったんですか? ミリー様のご両親は、どこぞの押し倒せ夫人や外見詐欺夫君と違い、まともで誠実な方です。強くは言わずとも、注意ぐらいは……」

「今になってみれば、お父様もお母様も気にかけていたみたいだけど……。お兄様が、ね」


 兄からの溺愛を思い出しているのか、ミリーが苦笑を浮かべる。

 それを見て、シルフィアの脳裏にヘンリーの姿が浮かんだ。

 細身で繊細そうな青年。幼少時から体が弱いらしく、普段は療養の地に引きこもっている。

 彼のことを思い出してか、ライオネルが肩を竦めた。


「ヘンリーは性格も大人しく病弱な体質もあってか、アドセン家夫妻は昔から彼に強く出られないんだ。そのヘンリーの最大の趣味が、ミリーを溺愛し、望むままに食べさせることだからな……」

「なるほど、それは確かに周囲も見逃してしまうかもしれませんね……」


 もとより病弱な兄と、両親を亡くして養子に入った妹。

 そんな二人が食を通じて幸せを得る……となれば、両親も注意しにくいだろう。それどころかライオネルが言うには、夫妻は多少気にはかけていたものの殆ど微笑ましく見守っていたらしい。

 溺愛する兄、見守る両親。その結果、ミリーはすくすくと……だいぶすくすくと育ったのだろう。すくすくもちもちと。

 これは根深い問題、とシルフィアが溜息をつく。

 それとほぼ同時に、「でも、ミリー様は不健康ではないよね」と声が掛けられた。


 ルーファスだ。

 今日も変わらず丸太を担ぎ、窓の外からこちらを覗いている。


「ルーファス、可愛い天使ルー。庭に勝手に建てている小屋の建築はどう?」

「順調だよ。この間、父様が『私はなにも気付いていないけど、ブランコなんかもあれば良いんじゃないかな』って言ってきたから、小屋の横にブランコを作る予定なんだ。父様と母様が二人で過ごせるように二人のりさ!」

「なんていう天使……! 逞しく優しく、そして愛を支えるキューピッド! ところで、ミリー様が不健康ではないってどう言うこと?」


 弟を誉め称えた後にあっさりと本題に切り替えれば、ルーファスが話し合いに割って入ってきたことを侘びて説明しだした。

 彼からしてみれば、ミリーは確かに太ってはいるが健康体。痩せた方が良いには良いが、深刻に悩む程のものでもない……と。

 その話に、シルフィアとライオネルがミリーへと視線を向けた。もっちりもちもちと横幅のあるミリーは不摂生の賜、不健康だと思っていたが……。


「確かに、お医者様に不摂生を咎められた事はないわ。定期的に診て頂いているけど、健康面では問題は無いって」

「そうなんですか? お菓子を食べるけど、そのぶん野菜も食べるからでしょうか? ヘンリー様に付き合って散歩もしていたと仰ってましたよね」

「お医者様には『ミリー様は至って健康です』と太鼓判を押されてるのよ。どう言うわけか、毎年お兄様が誇ってくるくらい」


 ミリーが自分の体を見下ろしながら不思議そうに話す。

 彼女自信、太っている自分が健康体という事に納得がいかないのだろう。試しにとむにりとお腹を揉み、次いで二の腕をもにもにと揉み始めた。

 だが確かに、ミリーは太ってはいるが不健康そうな印象はない。パーティーの時こそ無理が祟って具合を悪くしたが、それ以外で彼女が不調を訴える事はない。


 食事以外を抜かせば生活だって健康そのもの、むしろ理想的である。

 早寝早起き、それに散歩もしている。聞けば避暑地に籠もっていた時も、時間があれば兄の療養をかねて二人で散歩をしていたという。

 思い返してみれば、学園内の散歩をしている時も、彼女の歩みはシルフィアやライオネルと同じ速度、体力が早々に尽きるということもなかった。

 ……食べ物に惹かれて寄り道しかけることは多々あるが。


(ヘンリー様とのお散歩が運動になっていたのね。それにお菓子を食べるけど、野菜も食べているし……。そういえば、ヘンリー様から送られてくるお菓子も、健康に良さそうなものが多かったわ)


 むやみやたらと食べさせていたわけではないのか。

 そう考えてシルフィアがミリーを見つめた。確かにもっちりしているが、彼女は健康だ。

 そしてそれは公爵家夫妻とヘンリーが食べさせていたから……。


「それなら、勘当エンドにならないのかもしれませんよ」

「どうして?」

「だってミリー様のご両親やヘンリー様は、美味しい料理を食べるミリー様を大事にしていらっしゃるんでしょう? むしろ、自分達で食べさせておいて勘当なんて、おかしな話ではありませんか」


 体型以外のことを考えれば、ミリーの生活は不摂生だの不謹慎だのとは懸け離れている。

 それどころか朗らかな公爵令嬢はいまや学園の人気者。

 萎縮しかねない公爵家という立場でありながら、親しみやすく慈愛に満ちている。そのうえ見た目は親近感を沸かせるもっちり……。これが人気の秘訣だろう。もちろん友情に厚い内面が一番の要因だが。


「ゲームの勘当エンドは堕落した生活を咎められてのものです。今のミリー様は真逆じゃないですか」

「そう、かしら……?」


 いまいちピンとこないとミリーが自分を見下ろす。

 むにっと腹部を摘むのは「こんな体型で?」と言いたいのだろう。

 それにフォローを入れたのはライオネルだ。ゲームの話になると着いていけないのか、いまいち分からないと言いたげな顔をしている。


「ミリーが前世の記憶がどうのと言い出した時に、俺も言ったよ。アドセン家夫妻もヘンリーもミリーを大事にしてる。彼等は頼まれたってミリーを手放すわけがないって」

「ライオネル……。そうね、確かに貴方に言われたわ。でもゲームでは……」

「ゲームでは、だろ? 不安ならいっそ家族に打ち明けてみたらどうだ。そりゃ前世だのゲームだのおかしな話だが、ちゃんと聞いてくれるよ」


 抱えて悩むより、いっそ打ち明けてしまった方がいい。

 そう断言するライオネルの言葉に、告げられたミリーはもちろんシルフィアも目を丸くさせた。

 こんなおかしな話を自分達以外に……? と、怪訝に彼をみる。

 だがライオネルはそんな視線を向けてくる方がおかしいと言いたげだ。堂々としており、果てには「当然だろ」と言い切ってしまった。


「ここがゲームだのは関係なく、ミリーもシルフィアもちゃんと今まで人生を歩んできた。そりゃ変な話をむやみやたらと言い触らせとは言わないが、信頼出来る人には打ち明けて相談したって良いじゃないか」

「でもライオネル、こんな話をしたって……」

「俺は分からないけど受け止めたよ。それはミリーの幼馴染だからだ。アドセン家夫妻やヘンリーだって同じはず。むしろ自分に相談せず、勘当されると悩んでいると知った方がショックだと思う」


 ライオネルがまっすぐにミリーを見つめて告げる。

 彼には前世の記憶もなく、乙女ゲームの知識も無い。ミリー・アドセンと昔から親しくしている幼馴染の意見だ。

 だからこそミリーの胸に届いたのか、彼女はほぅと深く息を吐き「そうよね……」と小さく呟いた。肩の力が抜けたかのような表情だ。

 だが次の瞬間、かっと目を開くと共に勢いよく立ち上がった。再び発せられる「そうよね!」という言葉には、先程の安堵の色がない代わりに気合いが満ちあふれている。


「お父様もお母様もヘンリーも、私を不摂生だからと見捨てるような事はしないわ! ちゃんと皆からの愛を感じてる。だからこそきちんと向き合うべきだわ!」

「向き合うって、どうなさるおつもりですか?」

「これからお兄様達のいる避暑地に遊びに行くの。そこで皆にすべて話すわ」


 ガタと勢いよく立ち上がるミリーの表情には、決意の色が宿っている。

 明日から学園は数日の連休に入り、そこで兄達のいる避暑地に遊びに行く予定だったという。その話はシルフィアもミリーから聞いている。

 そこで自分の前世の記憶やゲームの事を話し、そして自分に勘当エンドの可能性があるのかを尋ねるのだという。


 なんとも強引な手段である。話をされたアドセン家夫妻やヘンリーはさぞや驚く事だろう。

 だがこの強引さもミリーらしい。もっちりとした彼女の体には、決断力と行動力が詰まっているのだ。

 シルフィアとライオネルが顔を見合わせ苦笑を浮かべた。こんな真っ直ぐな性格のミリーを、いったいどうして勘当なんて出来るのだろうか。


「きっと受け入れてもらえると思いますよ」

「えぇ、ありがとうシルフィア。でも、受け入れられても私が痩せるのには協力してね」


 お願いよ、と甘えるような瞳で見つめられ、シルフィアが微笑んで頷いた。


「仮にミリー様が受け入れられたとしても、痩せるのには協力いたします。……それに、私達の戦いはきちんと決着をつけましょう。ピギー様」


 闘志を宿しながらシルフィアが告げ、いつの間にかクッキーを手にしていたミリーの手をすんでの所で掴む。

 ライオネルが「シルフィアの一勝」と手帳に書き記した。



 学園の短期休みはたった三日だ。

 戻ってくればまたミリー改めピギーとの攻防が再開される。それは賑やかで楽しい日々だ。


 ……そう、シルフィアは思っていた。



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― 新着の感想 ―
[一言] |お互い微笑み雑談を交わし、手元ではクッキーやマフィンを取り出しては奪ってを繰り広げる……。 クッキーをドライ笹身のおやつとすり替えれば良いのでは? (ドライ笹身のおやつは犬猫用という意見…
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